素人はPVやブクマが伸びない。だからこそ逆に『読まれないというメリット』を考えてみるべきだと思う
真面目に書いた小説
設定を練って、読者様に楽しんでもらいたいと思い頑張った作品。それは異世界物だろうがラブコメだろうが、このエッセイだって関係ない。
ニーズに合わせ、考え抜いた最良の選択をしたにも関わらず。どうして適当に……それこそありえないほどクソったれた小説のほうが読まれ、濃い作品がちり紙のように捨てられるのだろうか?
ただ単純にムカつくし、読者が何を望んでそれを評価しているのか1人の作家としては理解が出来ない。
ランキング上位者の才能ある作者様は、確かにどれも素敵な世界観で面白い。それは読んでみて分かるからこそ自分も評価をしたいと思った。
だから前に述べた『クソったれ小説』とは、まさに自分の作品のことである。他者を誹謗中傷した訳ではない。
つまりだ、適当に書いたその場限りの作品がブクマと評価を得ている現実に、ただただ気に食わないのである。
自分の書いた小説の方向性を変えてみるべきなのか、それとも我を通してこのまま突っ切るのか。
選択肢は二つであって、成功の道は一つしかない。
———などと、考えていた時期があった。
挫折を繰り返し、一定の期間が経ってまた「書いてみようかな」と筆を走らせている。こういう経験が何度も、それは『小説を書く』という愚行を犯す限り、きっと永遠に続く拷問のような精神疾患に他ならないのだろう。
故に、視野を広く持つことこそが大事なのだと、作品を続ける上では一番大事と言っても過言ではないのである。
何度だって考えを改めたほうが、心の平穏を保つ為の第一歩。
だがそれでも。
人に見られたい、読んでもらいたい。
——そう言いたくなるのも当然だ。
だって自分もその気持ちが痛いほどに分かるからこそ、辛いのだから……。
ああでも、逆に読まれないからこその利点ってなにがあると思う?
その答えは単純明快で、自分の作品を冒涜する『アンチ』がいないこと。
たとえば異世界物をテンプレ『俺TUEEハーレム無双』を書いていたとしようか。
同じような作風でも、僅か1%の壁を越えた成功者は莫大な富と名誉を与えられる代償に数多くの『敵』が現れることになる。
成功者は謂れのない、罵詈雑言の非難の嵐が重石のように降りかかる。
もし自分がそんな状況に立たされたとしたら、間違いなく失踪したくなるであろうし、褒め称える『味方』に対して、圧倒的に押し寄せる敵側の重圧が、またたく間に熱く燃える心を凍らす。
一体どこでどれほどの目にさらされた結果、心にもないことを言われるときが訪れるなんて……自分が満足するために楽しく書いているにも関わらず、気づけば何かに追われるようにして筆を走らさなければならなく日々はどれだけ辛いことだろうか。
これは想像でしか分からないが、自分は嫌だし、きっと嘆くに決まってる。
見られない、読まれない時が作品を書いているときが一番楽しい。
そうすれば『見えざる相手』と戦うこともないし、無駄な心労に見舞われる必要もないのだ。
要は心の持ち様である。
病は気からという言葉があるように、読まれないことをマイナスに考えるのは好ましくはない。
読んでもらえないからこそ、自分の悪い点や改善するところが何度も読み直していく内に気付ける才能は素晴らしい。そして文章をもっとより良く改稿できるだろう。なにも自分の作品が「つまらないから」と考えてしまうのは駄目だ。
面白いと思ったからこそ、夢中になって筆を走らせたんだろう?
ならその自信を無下に扱う必要はないんだ。
考えついた自分自身を否定したって、いいことなんか一つだってありはしない。
PVやブクマ、そしてポイント。
それが作品の存在証明と言わんばかりの決定的な証拠である。
でもその小説は、お客の期待に答えられるような料理に仕上がっているだろうか? そのポイントやブックマークに追加するを「いいや、限界だッ! 押すねッ!!」と、そこまでして押してくれる方々の期待を裏切る準備は出来ているのか?
軽はずみな期待は作者自身を破滅に導く。
これは自分の経験のとして、やってしまった愚かな行為の一つである。
ファンがいるのに、そのファンの重要性に気付けることが出来なかった。
上に、上にと……目指すための夢物語に思いを馳せて、その結果さらに落ちる一途を辿ることになるとは、無知とは時に残酷な仕打ちを提供する。
見てくれた読者を、一人でも二人でもその作品が『評価』されたという事実は覆らない。
だからこそ、ポイントやブクマ登録が増えたのならばそのファンの為に今ある技術を持ってして対応するのがそれ相応の礼儀。
結局の所、自分が何を言いたいか。
一つは、読まれない利点を考える。
二つは評価されたのなら、上を目指さずその人達の為に小説を書き続ける。そして完結まで持っていくのが大事。
最後に。
長々とどうでも良いことを書いたりもしましたが、今回のエッセイは『自分が言いたいこと』と『自らに言い聞かせるため』に執筆させて頂きました。
確かに自分は『読まれないことを楽しむ』と言いましたが。やはり創作活動しているならば、承認欲求を満たしたいと思うのは当たり前だと思います。
中には「それは違うよ」なんて、思う方もいると思います。ですが、大多数の人間がそう思ってしまうのは、紛れもない事実です。
もしこのエッセイを読まれた方は、その作品をブックマークではなく、『ポイント』として作品の存在を証明してあげるのが作者側としては一番嬉しいと思います。
ブクマはなんと行っても荷が重い。
その人達の為に書き続けるのが礼儀だとしても、結局のところ伸びなければ書く気は失せるし投げ出したくもなる。
だからこそ、一度目に通したのなら『1pt』という最低の評価だとしても、作者はとんでもなく喜ぶし「書いていて良かった」と胸が暖かくなります。
そしてランキング上位者だけではなく、たまには発掘してみるのも、読者として作品を見極める力量が大事なのではないかと思います。
エッセイこそただ自慰行為。
だけどこの文章を書き終えた途端、スッと自分の中にあった気持ちが楽になりました。
今連載中の作家様、気が向いたら是非ともエッセイとして自分の心情を吐露してみるのもいいかもしれません。




