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2話 クトゥルフちゃんと初エンカウント

今回からほのぼの系が進行して行きます。

では、クトゥルフちゃんの奮闘をご覧下さい。

 ◇


「うぅぅ〜〜……」


 木漏れ日の差す森のなか、一人の少女が呻き声を上げる。


 声を上げた少女をもし誰かが見たのならこう思うだろう。


 その姿はまさに妖精のようだと。


 とこどころ汚れてはいるがそれでも輝きを失わない白い肌。


 淡い青色の瞳と同色の腰下まで届く長髪、さらに先端に行くほど濃い青色となっていく幻想的なグラデーション。


 声は鈴を鳴らすように響きに聴いた者の心を癒す美しさ。


 庇護欲を誘う幼い少女。


 そんな妖精が如き少女が、


「ァ"ァ"ァ"ア"、みずぅ〜我にみずをよこせぇ〜」


 と屍のような声音で水を欲し、すっぽんぽんでミノムシのように這っているのである。


 彼女がこの森で目覚めてから二日が立つ。


 その間ずっと飲まず食わずである。


 最初は自身の身に何が起こったのかと混乱し、暴れていた。


 そして落ち着いて考えて、また暴れた。


 しかしだんだんと暴れるだけの力がなくなり、今では立つことすら億劫なのである。


「あり得んぞぉ〜、この我が…このような無様な醜態を〜……ぅう…許さん。許さんぞぉ〜、のーでんすぅ〜…ぅぅ」


 少女はポロポロと涙を流す。


 それは見る者の悲哀を誘う表情であるが、悲しいかな。


 素っ裸の少女が地べたを這いずり回りながら呻く様は悲哀よりも、困惑や恐怖を生むであろう。


「……うぅ…どうしたものか…」


 少女は這いずるのをやめ、仰向けになり空を見上げ、改めて自身の現状を考える。


 両手を天に掲げて手をぐーぱーぐーぱー、にぎにぎとする。


 小さく真っ白でぷにぷにとした腕。


 頭を起こせば、ポテっとしたお腹に手と同じく真っ白ぷにぷにの脚。


 自身の背中をくすぐる草以外の感触、その源である青く長い髪。


 自身の顔は反射する物がないため確認できてはいないが、この身体からして、


「まさか…この我が、『クトゥルフ』である我が…人間になってしまうとはなぁ……ガクッ」


 そう、彼女の名は『クトゥルフ』。


 水を司る者であり、最近というか、つい二日前まで支配者(グレート・ワン)として地球を絶対的な力によって支配していた邪神達の一人である。


 しかし、その支配も星の護り手である古き神々『旧神』との戦いによって終わりを告げた。


 最後は巨槍に体を貫かれ、次元の狭間へと追放されたはずだった。


 しかしそれが今では見覚えのない森の中で人間となってしまっている。


 彼女は進みながら不満の声を上げる。


「そもそもここはどこなのだ!我は何故このような森の中にいるっ! 」


 何か目立った物があるわけでもない森の中。


 彼女は進みながら不満の声を上げる。


 既に目覚めたところからは遠く離れている。


 なにせここまでひたすらに進んできたのだから。


 確かに進んではいる、しかしそれが前にか後ろにか…。


 ーー彼女は迷子であった。


 今までは巨大な体躯を使い全てを薙ぎ倒しながら移動していたため迷うなんて事はなかった。


 圧倒的質量による蹂躙。


 力こそが至高。


 ぶっちゃけ脳筋なのは拭えない。


 しかし今は人の身。


 どうにかして木々を薙ぎ倒せないかな〜?もしかしたら見た目がこれなだけで力はあるのかもな〜?とも考え、試しに腕を木に振るってぶつけてみたりもしたが、


「ひうぅっ!」


 ぶつけてもうんともすんとも言わないどころか逆に腕に痛みが走り、赤くなってしまった。


「くぅぅぅ…ぅ、ひぅ…ぅぅうわぁぁぁあああん!」


 幼い少女の身体になったせいで感情が昂りやすくなっているのか、そこからの復帰に半日要してしまったことは彼女の中では黒歴史扱いとなっている。


 自身の権能である水を操ろうにもあたりに水源の気配もなく、雨が降ってくれるわけでもなかった。


 そもそもこの身では水をしっかり操れるのかすら不安になった彼女は移動を始めたのだった。


 あてもなく、完全に気の向くままに移動した。


 しかし、感で出れる程、浅い森の中ではなかったらしい。


 完全に道に迷った彼女は途方にくれるしかなかったのである。


「くそぅ、下等な人間の身体が怨めしい!うぅっ… 我のあの美しく、逞しい身体を返せぇ〜!」


 涙が再び滲む。


 やはり感情が昂り易い。


 中身は邪神とは言えど、人間の子供になってしまったことで子供ならではの感性に引っ張られる。


 数千年以上生きている身としてはそれが情けなくなってしまう。


 そしてストレスが溜まり、また涙が出る。


 まさに悪循環。


 再び怒りが沸々と湧き上がってきたクトゥルフは、その怒りを発散するために涙を拭い転げ回り始める。


 既に立ち上がる気力はここに来るまでの間に暴れたりして空っぽだが、転げ回る程度の元気は残っていたようである。


 ゴロゴロ…


 地に裸で転がっているため体中が汚れていくが、ここまで這いずって来ているのだ。


 今更であるし、本人も気にする事は無い。


 最早恥も外聞捨てた。


「うんぁぁあ"あ"あ"あ"!」


 感情の赴くままに叫びながら転がりまわる。


 ゴロゴロ…


 ゴロゴロ…ゴロゴロ…ゴロゴロ…


 "ガサッ"


「…あ"あ"あ"、んぅ?」


 "ガサッ…ガサガサ…"


 怒りで我を忘れ転げ回っていたため、周囲の警戒を怠っていたが、何かがいる。


 クトゥルフはふらつく身体を起き上がらせ警戒を強める。


 邪神である我を害せる者など同じ神であるあの憎たらしい旧神どもしかいないと思っているが、しかし今は人間の、しかも子供の身体。


 疲労も蓄積している。


 この状態では何が自分の身を脅かすのか見当もつかない。


 "ガサガサ…ガサガサッ"


 音が近づいて来る。


 もう茂み一つ分しか距離は離れていないだろう。


 人間だと思って侮っていろ、邪神の底力見せてくれると意気込みながらクトゥルフは身構える。


 "ガサッ!"


 それと同時に丸い影が飛び出してくる。


「ふぎゅっ!」


 それはクトゥルフの顔へダイブして来た。


 避ける暇もなく押し倒される少女。


 そして顔に感じる冷んやり、ぷよぷよとした感触。


「ん〜!?ん〜!」


 混乱の渦の中、クトゥルフは顔からそれを引き剥がそうと必死に力をいれる。


 しかし悲しいかな、子供の姿になった今では物理的に強い力があるはずもなく、抵抗虚しく顔に張り付いたそれは一向に離れない。


 力を入れて踏ん張った所為で赤くなっていた顔が酸素を摂取できないために青くなり始めたころ。


 "きゅぽんっ"という音ともに顔に張り付いていたものが離れていく。


「ぷはぁ! ぜー、はー、ぜーはー…んくぅ…にんげんの…身体めぇ、呼吸ができないくらいでここまでとはぁー…はー…」


 彼女は息も絶え絶えに起き上がる。


 そして気づく。


 何故か顔の周りが濡れており、つやつやする。


 悪くない不思議な感触、そして心なしか力が湧くような感覚。


 ボーっとしていると、さっき襲って来た敵がいないことに気づく。


 急いで辺りを見回すが見当たらない。


 また顔に張り付かれたら堪らないと焦るなか、自分の足元にさっきのぷよぷよとした感触を感じる。


 びっくりして足下を見下ろすと、


 そこには、まん丸の形をしたツルツルの水の塊のようなものがいたのである。


 ギョッとして思わずそれを踏みつける。


 しかし、その奇怪な生物とも思えない球体は、"ぷるるんっ"という気の抜けた効果音とともにその攻撃を躱したのだ。


「うわぁぁぁあ!!!離れろぉ!」


 彼女は何度も何度も謎のぷよぷよ生物を踏み付けようとする。


 しかし、当たらない。


 ぷるん、ぷるんと動き一向に当たらない。


 絶妙な距離と速度で足元をくるくると回避するぷよぷよ生物。


 ぷよぷよを目で追っている内に目が回ってきてしまう。


 そのせいか、誤って自らの足を踏ん付けてしまう。


「んきゅ!!!」


 あまりの痛みにしゃがみ込み、ヒリヒリと痛む足を抱えうずくまる。


 その様を見て、ぷよぷよ生物は愉快そうにぷるぷると揺れている。


 時折ぴょんぴょんと跳ねているところを見れば煽っているのは間違いない。


「き、貴様ぁ〜!」


 涙目になりながも立ち上がり、ぷよぷよに向かって跳びかかる。


 ぷよぷよはぷるんっと震えると横に跳んでいき、そのまま茂みの中へと消えていく。


「あっ!待てえぇー!」


 怒り心頭の彼女は、すぐさまその後を追い、茂みの中へと入っていく。


 草木を掻き分け、その跳ねる液体の背を見逃すまいと。


 進んで行くと、辺りの茂みは段々と深くなっていく。


 最初は腰くらいの高さだった草が今では肩の高さまで伸びている。


 最早どちらの方角から来たのかさえ分からない程に。


 構わずクトゥルフは追う、追う、追う。


「ふぅっ、ふぅっ、ふぅう!」


 息が苦しい。


 胸が足りない酸素を求めてキリキリと痛む。


 人間になったことで始めて経験する種類の苦しみ。


 しかし、彼女は歩みを止めない。


 その心象は、


(おちょくりおってからに…この我を小馬鹿にしたのだ、意地でも逃さんぞぉお! そのふざけた体、喰らって腹の足しにしてくれる!)


 穏やかではないようである。


 しかし、そんな逞しい心とは裏腹に身体は悲鳴を上げていく。


 足下がふらつき、手足の感覚が薄れる。


 意識に靄がかかっていく。


 それでも止まらない。


 逆にスピードを上げていく。


 既に身体の限界を超えているというのに、何が彼女の力を引き出しているのか?


 それはもう二度と負けてたまるものかという邪神としての矜持だろうか?


 それとも馬鹿にされたことに対する怒りか?


(うぉぉぉお! ぬっころす、ぬっころす!)


 悲しいかな、後者である。


 感情に素直な邪神であった。。


 ◇


 走る、走る、走る。


 その後も底力を見せ、ついにぷよぷよの背に迫るクトゥルフ。


 そして、丁度胸の辺りの高さに跳ねたぷよぷよをキャッチする!


 クトゥルフは余りの嬉しさに叫ぼうとしたが、


(こ、声が…出ない…⁉︎)


 呼吸すら忘れての全力疾走。


 気の抜けた瞬間、火事場力が切れる。


 限界を超えていたボロボロの身体を支えていた一本の柱が折れたのだ。


 崩れ去るのは一瞬であった。


 今度こそ意識が遠のく。


 身体が支えを失い、今での疾走の慣性によって前のめりに倒れていく。


 意識が途切れる瞬間、周りの草木が開け、一瞬だが綺麗な泉が見えた気がした。


 果たしてそれは彼方(二日前)の記憶の幻想か…それとも


 そんな中、クトゥルフの心に去来する思い、それは


 (このヘンテコどう捌いてやろうか…むっふふー)


 というなんとも俗物的な感情であった。

ぷよぷよに追い詰められたクトゥルフちゃんの明日は…一体どっち?

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