5、ポイント集めと魔法
「……翔希君。まず、ポイントについて説明します。私が貯めることになってるポイントは、人間力をあげることによって貯まる。
人間力っていうのは、人間らしさ、というイメージでいいです。わかりやすく言うと『女子力を上げる』みたいな感覚ですね。
何のために貯めるかっていうと、そういう風にプログラムされたからです」
「そのポイントをためるとどうなるんだ……?」
「……人間になるかならないかの選択ができます」
アイは淡々という。
人間になるかならないかの選択。人工知能が人間になるなんてできていいのか。そもそも人間になるってなんだ。
「…………その、人間になるっていうのは」
「……それは私にもわかりません。でも実際に人間になった人もいます。どうやるとか、そういうのはわかりません」
「はいはいはーい、そこまでー。どうやって人間になるとか、そんなの今どうでもいいじゃん。大事なのは、アイがその“ポイント”を貯めなきゃいけないってことと、私はその手伝いができるってこと」
いきなり妖精が口を挟む。いつのまにかアイ呼び捨てにしてるし。
そもそもなんでこいつはポイントのこと知ってたんだ。それも魔法か。
アイと二人そろって妖精の方を見る。
口を開いたのはアイだった。
「……手伝いができるって、どうやってですか?」
「決まってんじゃん、魔法だよ、魔法」
ものすごいドヤ顔だ。
「……あの、もう少しわかりやすく」
「んーっとねー、私が魔法で、アイを人間にしてあげる」
「そんなことできるのか?」
「うん、できるよお兄さん。基本的に魔法は何でもアリだから。ああでも、リアルに人間にするんじゃなくて、アイの今の映像を実体化するってところね。
あと、見えるのは私とお兄さんだけ。そういえば、私もお兄さんたち以外には見えないから」
そうなのか。
いや待て、アイがもしほんとに人間になったら俺が「人工知能育成プロジェクト」に協力するって話はどうなるんだ。しかもなんで俺たちだけ妖精が見えるんだよ。
なんで魔法で実体化されるとポイントを稼げるのかもわからない。
人間力をあげるのと実体化がどうつながるのか。
妖精は本棚から出してきた本をぱらぱらとめくりながら「どう?」と首をかしげる。
本のタイトルは「未来の見つけ方」。こんな本俺買ったっけ。一人暮らしを始めるときに親戚の誰かからもらったのかもしれない。
どうって言われても、こんなぶっ飛んだ展開ありか? と思っているとアイがきっぱりと言った。
「……お願いします」
「魔法でアイを実体化してもいいってこと?」
「……はい」
「オッケー。んじゃ、いくよっと!」
彼女の掛け声と同時に、また、空気が揺れる。地震でもなく、立ちくらみでもなく。不思議な感覚だ。
今度はさっきよりも長かった。
10秒くらいの視界が定まらない状態のあと、「終わったー」という妖精の能天気な声が聞こえる。
彼女は何事も無かったかのようにまた本をぱらぱらと眺める。
沈黙。ページを繰る音だけが聞こえる。俺の隣でカタッという音がした。
俺ははっとして隣――アイの方を見る。
アイは――――
「……どうかしましたか?」
平然と俺に向かって首をかしげる。さっきの音はアイが椅子を動かしたようだ。
パッと見さっきまでと何も変わらないが、よく見ると淡く光っていたのが消えている。映像だったころから立体感はあったが、実体があるのとないのとじゃやっぱり違う。
「ああいや、ええと、ほんとに人間になった……?」
「……みたいですね」
しゃがんだり、手を開いたり握ったりしながらアイが答える。
「……じゃあ、彼女は本当に妖精……?」
「だーからさっきからそういってるじゃない!」
いやまあ、確かにそうなんだけれども。
彼女が妖精だったということは“悪魔の証明”にケリがついたわけか。妖精って実在したんだな。
「じゃ、そういうわけで私は魔法で彼女を人間にした。これで交渉成立! 正確に言うと人間じゃないけど。まあそれはいいよね。というわけで、お兄さんたちには私が妖精界へ帰る手伝いをしてもらうからね!」
交渉成立……なのか?
そもそも手伝いって何すればいいんだ。
「ああでも、ポイント集めの手伝いするって言ったんだからアイを人間にしただけじゃダメか。よし、じゃあ帰る方法を探す手伝いをしてもらいながら、アイのポイントをためていこう。完璧なプランでしょ?」
何が完璧なのかよくわからない。
アイはアイでさっきからずっと歩き回ったり椅子に座ってみたり、冷蔵庫の扉を開けてみたり、水道から水を出してみたりと落ち着きがない。
実際に人間の体を持ってどんなことができるか試しているのだろう。
「……人間の体になるといろいろなことができますね」
「でしょ! 感謝してねー」
「……はい。ありがとうございます」
アイは深々と頭を下げる。逆に妖精は戸惑っているようだ。
「いや、そんなマジで感謝しなくても」
「……ええと?」
アイがくるっとこちらを向く。妖精の戸惑っている空気を察したはいいものの原因がわからず、といったところか。
だが俺が何か言う前に妖精が「ま、いっかー!」と言ってまた台所に行き冷蔵庫を開ける。
「ねーなんか食べていいー?」
「別にいいけど。何、そんなに腹減ってんの」
「そうなの! 一週間くらい前から何も食べてないから。この茶色い奴食べるねー。あっためた方がいいのかな」
「……それはハヤシライスです。昨日翔希君は温めて食べていました」
「ふーん。ね、これどうやってあっためるの? 火?」
いつの間にかちゃっかり皿とスプーンまで取り出している。
茶色い奴、というからには妖精界にハヤシライスはないのだろう。まずい、とか言われないといいけど。
そんなことを思いながら、お玉で皿によそって電子レンジに入れる。
「火でもいいけど、面倒だしレンジでいいだろ」
「へえ、これであっためるんだ! こういうの妖精界にもあるよ」
「……あの、私も食べていいですか。ハヤシライス」
そういえば昨日アイは食べていなかったか。食べられなかったのだから。
「あーじゃあちょっと早いけど夕飯にするか」
もう温め終わった皿を妖精に渡し、食器棚から二つ皿を出す。
一人暮らしで、友達を呼ぶことも無かったから食器の種類は違う。母が「ふたつみっつは揃いのお皿持ってた方がいいと思うけどねえ」と言っていたのはこういう時に備えてだったのか。
「……あなたの、名前は何ですか?」
出来上がるまでの間にアイが妖精に問いかける。
唐突にどうしたのだろう。
「ないよ?」
「……じゃあ、名前を決めましょう」
「んー別にいいけど。でも名前って必要? 別にこのまま、妖精って呼んでくれてもいいけど」
妖精はハヤシライスを食べながら言う。
アイはゆっくりと首を振った。サラサラの髪が軽く揺れる。
「……いえ、あなたを妖精と呼ぶのは、翔希君のことを人間、私のことを人工知能と呼ぶのと同じです。分類的にはそうですが、呼びかける場合には――――」
アイが急に言葉を切った。
クーラーが風を吐き出す音だけが聞こえる。
「……どうした、アイ?」
「……あ、ええと……」
やっぱりアイは口ごもる。また沈黙かと思ったら、今度は妖精が口を開いた。
「まあ、私も別に妖精って呼ばれることにこだわってるわけじゃないからいいんだけどね。私は何でもいいから、アイとお兄さんで決めてよ」
「決めてよ、ってもなあ」
そう簡単に思いつくものじゃない。
妖精は、「これおいしー!」といいながらあっという間にハヤシライスを平らげていく。
「なんか、ないのか?好きなものとか、入れてほしい漢字とか」
「んー」
考える気ないだろコイツ。
「じゃあ好きな言葉とか」
「んー特にないかなー?」
「……あなたは、何の妖精ですか? 泉の妖精とか、風の妖精とか、あるのでしょう? そういうの」
確かに。それがわかればもうちょっと決めやすくなるかもしれない。
「えっとねー、花と、空と、水の妖精だよ!」
「は?」
思わず声を漏らす。普通、妖精っていったら花は花、水は水、と別々にいるもんじゃないのか。
妖精は俺の意をくんだようにうなずく。
「ああ。妖精界今人手不足だから。私みたいに三つくらい兼任してる人はよくいる。すごい人は、さらに妖精界の医者とか店長とかも兼任してるよ」
「なんつーか……大変なんだな、妖精も」
「まあね。で、名前決まりそう?」
そうだった、名前だ。花、空、水か。どうしようか。そのまま「ハナ」とかじゃさすがにまずいだろうしなあ。
考えているとアイが「……あの」と俺の腕をつつく。
「ん?」
「……これとか、どうでしょう」
小声でそう言って、アイを映し出していた機械を指し示す。液晶画面には花の写真とその説明が表示されていた。
「うん。ええと?」
「……アイリス。アヤメ科ですね。この花は彼女に似合うと思います。髪とかにつけたら。そこからもじって、名前にしたら」
「うん。いいね」
アイリス。アイの言うとおり、なんとなく妖精にぴったりだ。なぜ彼女がこの花を選んだのかはわからないけれど。
色は、紫っぽいのから青っぽいものまである。
問題は、どうもじるか。アイリスだからアイ、とするとAIのアイと紛らわしい、というか区別がつかない。
「じゃあ、アイリか、アリスとか?」
「んー。どっちでもいいけど。でもアリスだと妖精界じゃなくて不思議の国に住んでそうだからやだ!」
「……じゃあ、アイリさんですね」
アイリと、アイ。なるほど、なんだかしっくりくる。
電子レンジがピー、ピーという音を鳴らした。
アイに皿を渡すとすぐに食べ始める。おいしいらしい。よかった。
「そういえば、アイリさんにもう一つ聞きたいことがあります」
なに? とアイリが首をかしげる。
「……あなたはなぜ人間界に来たのですか?」