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3、変化

 アイが家へきてから三日。


 遅刻した一昨日は、夜アイと話し合った。


 こう言われたらこういう反応をした方がいい、こういうことを言うのはよくない、という感じで。


 だけどアイはまだ、『常識』が身についていないと俺は思う。


 俺に常識があるのかといわれると自信はないけれど。常識とはなんだといわれると答えられないけれど。


 昨日は一昨日よりも普通になった。あくまで一昨日よりは、だけど。

 そして今日だ。昨日と同じように朝起こしてもらう。早すぎず、遅すぎず、ちょうどいい時間だった。


 だが昨日までと違うのはそれだけじゃない。「おはようございます」と言ったアイが、「……眠そうですね」と言ってきたのだ。


 機械っぽさが抜けた、人間のような声で。


「ああ、うん。眠い」


「……でも、もう起きないと。また遅刻しますよ?」


 またって、前は誰のせいだよ、と思うが起きなかった俺も悪い。素直にのそのそと布団から出る。眠い。


「アイ、なんか変わった……?」


 着替えながら聞いてみる。なんかって何が、とか質問されるかなと思っていたら、アイは答えた。


「……サンプルが集まったので」


 昨日までのアイなら絶対にこんな話し方はしなかった。

 今までは、誰がどうした、こういう理由だからこうした、という感じだったのだ。


「サンプルが集まったから私は変わった」、といった具合に。


 学習が速いというのは本当だったんだな、と思う。


「なら、よかったけど。サンプルって何?どこで集めたの?」


「……学校で。話し声が聞こえたから、女子の平均的な声の高さ、話し方をデータにして私のプログラムを書き換えました」


 なるほど。確かに声だけ聞くと普通の女子高生のようだ。機械のようなカクカクした感じはほぼない。うっかり本物の人間だと錯覚しそうになる。

 だが見た目はやっぱりよく見ると少し光っていて、アイは映像が映し出されているだけだということを思い出す。


 朝ご飯を食べ終えた俺は昨日と同じように、機械を操作してアイの映像を消してからカバンに入れ、イヤホンをつける。


 イヤホンをつけて自転車に乗るのは確か違法のはずだが、アイにこうしてほしいと言われたのだ。


 イヤホンからはアイの音声が聞こえる。アイも周りの音が聞こえているから、知らない音がしたり知らない単語が聞こえると俺に聞く。


 ちなみに昨日は「ヤバい」という単語が多く聞こえますがそれ以外の言い方をしないのはなぜですか、と聞かれた。そんなの俺だって知らない。


 なぜか知らないから「ヤバい」って言うしかないんじゃない、と答えたら「意味がわかりません」と言われる。うん、俺も自分で何が言いたいのかわからない。





「……妖精は実在するんですか?」


 今日はこんな話題だった。俺が自転車で追い越した二人組の女子が妖精が出てくるアニメの話をしていたのだ。


「さあな。俺はいないと思うけど」


「……どうしてですか?」


「なんとなく。会ったことないし」

「……じゃあ、例えば翔希君はアフリカ人と会ったことないからアフリカ人は実在しない、って思うということ?」


「いや、そうじゃない。アフリカ人はいると信じてるよ」


 会ったことはないけれど。


「……じゃあなぜ妖精は実在しないと思うんですか?」


「だって、妖精とアフリカ人は違うじゃん」


「……違うから、実在してない? アフリカ人は存在しても象は存在しない、ということですか?」


「…………違う」


 アイは話し方は変わっても内容は大して変わっていない。疑問に思ったことはすぐ口にする。

 アイの言うことは間違ってはいないのだが。


「人間はそれを悪魔の証明っていうんだ」

「……知ってます。あることを証明するのは簡単だけど、ないことを証明するのは難しい」

「そう。だから――」


 話の途中で学校に着く。いまどきイヤホンをつけて電話している人が多いから街中では普通にしゃべれるけど学校ではそういうわけにもいかない。


 AIと話していると正直に言うこともできないし。


 この前読んだ注意事項に書いてあったのだ、「他言無用」と。

 一昨日友達に話さなくてよかった。


「続きはあとで」


 そう言い置いて俺はイヤホンをポケットにしまう。


「おはよー」と友達とあいさつを交わしながら教室に行く。こうやって生身の人間と話すと、アイの話し方はほぼ完璧に人間を再現しているんだと実感した。


 現代の技術はここまで進んでいるのか。


「はい席ついてー」

 俺が教室へはいるとその直後に担任がやってくる。いつもと同じだ。


 だが隣の席の友達に「なあ、妖精っていると思うか?」などと聞いてしまうあたり、今日の俺はいつもと違った。





 授業中も、アイはカバンの中で周囲の音を拾っている。もちろん映し出されてはいないから今の見た目はアイというより機械と言った方が正しいかもしれない。


 人工知能であるアイがこんなの聞いてて面白いのか、もうすでに全部知ってるんだろうななどとぼんやり考える。


 『悪魔の証明』も知ってたし。

 妖精がいることを証明するには妖精を一人連れてくればいい。いないことを証明するには。


 妖精は、いない。なんとなく。根拠はない。それに『妖精はいる』派の人もいる。だがそっち派の人も『なんとなく』いると思うのだ。または、いる、もしくはいないと信じたいほうを信じている。


 アイがその『なんとなく』を理解できれば、こんなややこしい話にならなかった――そこまで考えて気づく。


『人工知能の育成』といってもAIは俺以上の知識を持ってるし、何をすればいいのかまだよくわかっていなかったがこういうことか。


 アイと一緒に暮らすようになって、悩まされていること。その本質は


 人間の『なんとなく』が人工知能に理解できない。


 ということに通じるのではないか。だから人間同士だったらしないような質問もされるし、妖精の話から悪魔の証明の話になる。


「だとしたら俺は、アイに『なんとなく』というものを理解してもらわなくちゃいけないのかよ……」


 授業中にもかかわらず俺は思わずつぶやく。


 『育成』がどこまでのレベルを求められているかわからないが、恐らくそういうことだろう。


 いいバイトだと思って協力を決めたが、案外大変かもしれないぞ、これ。





「……翔希君、今日授業中寝てたでしょう」


 夕飯のハヤシライスを食べながらアイに言われる。とりあえずしらばっくれておく。授業中寝てたというのは学校の友達以外にはばれたくない。

 まあ、アイは親とかじゃないから別にいい気もするけれど。


「え、何の授業で?」


「……体育以外全部、各教科十五分は寝てました。地理はずっと寝てましたね。体育は知りません、私は教室にいたので」


 ばれてるのかよ。しかも時間まで。

 寝てたよ、という意味を込めて頷き、スプーンを口に運ぶ。


「……授業中寝るのはよくないのでは?」


「うん。そうかもしれないけど俺は、寝ててもテストで点取ってればいいかなっていう派」


「……そういう派ばつがあるのですか?」


 いや、ないけど。授業中生徒が寝てても平常点を引かない教師と引く教師がいる、というのと同じようなものだろう。どちらが正しいわけでもなく、どちらでもよい。


「……授業中寝るのはよくないというのは翔希君のクラスメイトの会話から分かったけど、なぜよくないのですか?」


 アイが質問を重ねる。ちなみにアイは食事をしない。当然だ、映像なのだから。


 寝るのはよくないみたいな真面目な話するやつクラスにいるかな、と考えて思い当たる。

 大方誰かが、次の授業寝たら怒られるよな、いや案外大丈夫じゃね? みたいな話をしていたのだろう。


「一応、授業をしてくれている先生や学費を払っている親に失礼だから、というのが一般的だね」


「……よくわからないけれど、まあいいです」


 いいのか。


 いいのか? まあアイが納得しているんだからいいか。

話の進みが遅いよおおおお


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