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2、一日目

「おはようございます」


「……あー……おはよ……」


 今朝、俺を起こしたのは目覚まし時計ではなくアイだ。


「……遅刻しますよ」

「わかった……今何時……?」


 相変わらず無機質な声には慣れない。だが、こうして自然に話せているだけ昨日よりましなのだ。昨日は、本当に大変だった。



◆◆◆



「アイ」


 田橋さんが帰った後、俺はアイに呼びかけた。


「……はい」

「できるだけ一緒に日常生活を送れって言われたけど。俺はAIと生活したことはないし、最近じゃ一人暮らししてたから人と生活してすらないんだ」


「……はい」

「だから、どんなふうに生活したらいいか教えてくれるか?田橋さんの話だと過去にもこうやって人間と生活したことあるんだろ」


 田橋さんは「アイは前にもこのように人間と生活したことがあります。なので分からないことがあればアイに聞いてみてください」と言っていた。


「……わかりました。三十秒ほど待ってください」


 そういって彼女――アイは目線を俺から外した。

 記憶でも探っているかのような感じだ。

 アイの場合、データを探っているとでもいうのだろうか。


 少しして俺に視線を戻す。


「……過去には、生活が乱れていても口出しししないでくれ、とか、学校の課題に困っているときは助けてほしい、まずこのアニメを見てこの子のような喋り方をしてくれ、などといった要求から始まりました。

 そのあとも細かいルール決めをしました。それからはそのルールに従って生活をし、必要に応じてルールを変えながら生活しました」


「なるほどね。じゃあ俺たちもルールを決めよう」


「……はい」


 アイは何を言っても、はい、と答える。できればなんとなくやめてほしいが、しょうがないだろう。どうして「はい」じゃいけないのか、と言われたら説明できない。


「まず、話し方は何でもいい」


「……何でもいいというのは、このままでいいということですか」


「別にいいけど、できればもう少し感情を込めた方がいい」


「……できません。私には感情がありません」


「じゃあ、もう少し人間らしいイントネーションの方がいい」


「……サンプルが足りません。サンプルが集まり次第話し方を変えます」


 無理に変えなくていいけどね、と言いながら俺は内心ため息をつく。これは疲れるぞ。それサンプルってなんだ。あとで取説を読もう。


「次に、俺は一応君を“育成”することになってる。どうすればいいのかわからないけど、なにか不備があれば言ってほしい」


 “育成”の仕方は一緒に生活すること。おそらくアイは俺から人間との接し方を学ぶということだろう。


「……あなたの行動に不備があっても私にはわかりません。不備があれば田橋さんから連絡が行きます」


「……わかったよ。じゃあ君が、俺と生活するに当たりわからないことがあったら言ってくれ」


 こういったのが間違いだった。いきなり新しいところに来てわからないことだらけなのだから当たり前といえば当たり前だが、質問攻めだ。


 しかも曖昧な結論じゃ終わらない。普通聞かないだろうということまで聞いてくる。


 この家の構造、生活費、朝ご飯に何を食べたか、どうしてここに住んでいるのか、今朝起きてから何をしたか、俺の通う学校名やその場所、俺の着ている洋服について、一人暮らしをしている理由、など。


 ちなみに年齢や出身地、身長や体重などはもうデータとして読み込まれているらしい。


 アイの質問が底をついたとき、俺は訊いた。

「そんなに聞いて、どうするんだ?」


「……どうもしません。私は分からないことを訊いただけです」


 その一言でどっと疲れが出た。



◆◆◆



 だから今こうして、質問攻めではなくごく普通の会話ができていることに俺は軽く感動する。

 昨日アイに、「明日の朝俺が学校に遅刻しないように起こしてもらえる?」と頼んだのだ。俺は朝が苦手だから。


「……八時〇分三十二秒です」

「わかった…………って、え? 八時?! 遅刻じゃん!」

「……いいえ、あと二十八秒以内に家を出れば遅刻しません」


 冷静にアイは言う。その自信はどこからくる、どう考えても今日は遅刻だ。


「……あなたは昨日学校まで自転車で十四分だと言いました。今日は雨が降っていないので自転車で学校に行くことが可能です」


 通学にかかる時間を聞かれて、十五分かからないくらいだと言ったら「十四分という認識でいいですか」と言われたのだ。


 確かに学校へは十四分で着く、だけど。


「俺は学校へ行く前に顔洗って、着替えて、できれば朝ごはんも食べたい。朝ごはんはあきらめるにしても、二十八秒以内に出るなんて無理!」


 慌てて支度を始めた俺にアイは平然と言った。


「そうですか」


 そうですかって、それだけ?!

 まあ人工知能だから、感情がないからなあ…………。






 リュックが重い。アイを映し出していた機械が入っているからだ。もちろん今は映されていない。

 だがアイの人工知能としてのプログラムはこの機械にあるから学校に持って行かなければならない、らしい。取説に書いてあった。


「おーい、遅刻すんなー」

「はあ、すいません」


 自転車をとばしてきてももやっぱり間に合わなかった。

 担任が間延びした声で注意する。

 なんとかホームルーム中に着けたから、あとで呼び出されて事情を訊かれるなんてことにはならないだろう。


「んなこといったってなあ……」


 小さな声でぼやく。

 まあ、俺が自分で起きなかったのが悪いんだけど。起こしてくれる人がいると思ったせいか起きられなかった。昨日までは頑張って目覚ましで起きていたのに。

 まあ、起きなかった俺が悪いんだけどさ……。


「おい、矢沢。何ぼーっとしてんの、次移動だぞ」


 前の席の奴が俺の頭をはたきながら言った。


「え、一限古典じゃないの」


「ちげーよバカ。美術だよ、美術。授業変更。お前担任の話聞いてなかったろ」


 聞いてなかった。課題の提出をしましょうみたいなこと言ってたのは聞いてたけど。あーはいはいと思って聞き流していた。


「つーかお前今日何持ってきてんだよ」

「え、何が?」


「お前がさっきカバン机に置いたときゴトッってなんか重そうな音してたぞ。お前教科書おいてく派だろ? 何そんなに持ってきてんのかなーと思って」


「あー……まあ、ちょっとな」


 機械の大きさは大体、縦三十センチ、横四十センチ、高さ二十センチだ。重さは知らないが、普通の生徒のカバンの中身よりずっと重いはずだ。


 ちなみに、機械の色は黒でタッチパネルとカメラの穴が付いている。角はちょっと丸い。


 それが入ったリュックをいつもと同じようにドカッと置いたのだ、そりゃ中身気になるわな、と思う。だがそれに気づいたところですでに遅し。


 アイのことは話していいのだろうか。田橋さんは口外しないでくださいとは言っていなかった。だが説明書や契約書のどこかに書いてあるかもしれない。

 やっぱり昨日隅々まで読んでおくべきだったか。でもあの量を一日で、というのは無理だ。


「なんだよ、ちょっとって」


 どうこたえるべきか考えあぐねているとちょうどよくチャイムが鳴った。予鈴ではなく、授業開始のチャイムだ。気が付けば教室にはもう誰もいない。


「やべ、遅刻じゃん」


 二人で呟いて慌てて美術室へ向かう。

 走りながらアイのことをどう誤魔化すか考える。このままコイツが忘れてくれればいいんだけど、人の荷物置いた音に気付くぐらいだからきっと忘れてはくれないだろう。


「俺今日バイトでさ」

「は? バイトしてたっけお前」

「始めたんだよ、古本屋で。だから家にあったもういらない本売ろうと思って」


 ああそういうこと、と言った後そいつは階段を駆け降りながら俺の方を振り向いた。


「頑張ってな」


 ああ、いいやつだ。嘘を信じた上にバイトの応援までしてくれる。だけど――


「おい、そっち美術室じゃないぞ」


「いや、お前ほんと人の話聞いてないのな。前回の授業で次は木工室ですって言われたじゃん」


 全然知らなかった。


 そういえば教室に機械――アイを置きっぱなしだがいいのだろうか。さすがに移動授業のたびにあれを持ち歩くわけにもいかないけど。


 カバンの中だし、あんなデカいの盗む奴もいないだろうと結論付けて俺は友達の後を追った。

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