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哀をください  作者: your
3/3

後編

気が付くとそこは病室だった。 どこの病院かはわからないが。 自分の下にある硬いベッドがこれを含めてこの室内に4つある。

雪奈は思考を回復させる。 今まで何があったのか。 自分の身に何があったのか。

そして思い出す。 理沙のことを。

「理沙…………―っ!」

体を起こしてどこかにいるであろう理沙の元へ行こうとするが、全身に激痛が走り、それ止められてしまい、背中をベッドに打ちつける。

今気付いたが、様々な箇所に包帯が巻かれている。 一番マズイのは肋骨だろうんなうか。 そこに一番激痛を感じた。 

「くそ………」

あいつのそばにいたい。 今アイツはどういう状況なのか知りたい。 なのに、今そうすることが出来ない。

悔しさが胸の中で広がり、思いっきり叫んでやろうかと思ったとき、不意に病室の扉が開いた。

「目が覚めたのか………良かった良かった………」

入ってきたのは三十代前半の顔立ちの良い男だった。 用箋挟で固定された書類を脇に挟み、地服装は私服だが、上に白衣を着ていることから、医者なのだろうと雪奈は思った。

男は雪奈の顔を見て一度微笑んだ後、ベッドへ歩み、近くにあった見舞い人用のイスに腰掛け、脇に挟んであった用箋挟に固定された書類を眺める。

「左足の脛骨を骨折。 右膝関節の損傷。 右肩の脱臼。 思ったよりは重症だけど、意識がすぐに戻ってよかったよ」

男の白衣の胸部分には垣本というネームプレートがついてある。 雪奈は名前を確認すると、垣本の言葉を無視して問う。

「理沙の…………広野理沙の様態を………教えてください」

垣本は一瞬面食らったような顔をするが、雪奈の表情を見ると、表情を険しくする。

「正直、危ない状態だね」

垣本は書類を3枚ほど捲って続ける。 おそらく今読んでいるのは雪奈のではなく、理沙の資料だろう。

「骨はモチロンだが、内蔵が複数損傷している。 さらに呼吸も困難な状態だ。 生きるか死ぬか今の状況では何とも言えない」

(そんなっ!!)

理沙が死ぬかもしれない。 

雪奈は今すぐにでも理沙の元によって声を掛けてやりたい気持ちに追いやられるが、自分がそんなことをしたところで現状が変わる分けないということを悟ると、理沙の元へ動こうとする体を必死に押さえつけた。

「祈るしかないんですか……?」

雪奈自身こんな事言うのは信じられなかった。 こんな時でさえ、悲しみじゃなくて、哀しみじゃなくて、悔しさしか表さない言葉は、自分自身を許すことが出来なかった。

垣本は雪奈の何かを察したのか、雪奈の耳に届く位の大きさでポツリと呟いた。

「そうだよ」

と。

それは、まだ若干14歳の少年が聞くには重くて鋭すぎる言葉だった。 雪奈は自分を覆っているシーツを思いっきり握った。

悔しい。 何で自分はその程度なのか。 もっと考えろ。 自分に出来ることは何なのか!

そういう考えが脳を過った瞬間、垣本は残酷な一言を次げた。

「『他人』がどうこう出来るような問題じゃない。 治そうとする以外は、もう祈ると言う方法しか残っていないんだ」

雪奈は自分の胸に氷柱が刺さったかと思った。 感じたのだ。

絶望を。

それは哀しみではなく、悔しさと、驚きと、情けなさから出来ている、本当にどうしようもないくらいの絶望。 

垣本はイスから腰を上げると、「とりあえず、君は安静にしていなさい」と言い残して病室を出て行った。

今の雪奈には、垣本の言葉も、扉の閉まる音も、耳になんて入っていなかった。 聞えていないのではない。 届かないのだ。 あまりにも深いところに居るせいで、辺りの音が完全に遮断されているような錯覚に陥っている。

(俺はどうすれば良いんだ………)

祈るっているだけなんて、それだけじゃ理沙の容態は変わらない。 意味が無い。

(くそ…………)

自分に対して叱咤すると、また病室の扉が開いた。 垣本ではなかった。 入ってきたのは二十代後半と思われる真面目そうな男性だった。

雪奈は全身に響き渡る激痛に耐え、何とか上半身だけを起こした。

「こんにちわ」

男性はそういったが、雪奈は彼に見覚えが無かった。 とりあえず「こんにちわ」と返しておく。 彼は気まずそうな顔をしながら歩み、先ほど垣本が座った近くの見舞い人用のイスに腰掛けた。

「本当にすまなかった」

いきなり、雪奈にそういってきた。 わけが解らないので誰なのか尋ねると、彼は名を木下と言うらしく。 理沙を引いてしまった張本人だと言った。

友人から掛かってきた電話に夢中になってしまい、信号に気付かずに理沙を轢いてしまったらしい。 とっさに気付いたのは、ある意味奇跡だったのだろう。

雪奈はそれら全てを聞き終えた後、一瞬だけ憎悪を覚えたが、責める気に離れなかった。

確かに悪いのは彼だ。 他に悪い者はいない。

だが、彼は「すまない」と何度も言いながら顔をぐしゃぐしゃにして泣きじゃくり、反省し、こんなにも悲しんでいる。 哀しんでいる。

『他人』であるはずの彼が、こんなにも近い立場に立っている自分よりも、ずっとずっと悲しんでいる。

雪奈は「もういいです、帰ってください」と重い口調で言った。 雪奈は彼を見るのがとても耐えられなかったのだ。

木下はもう一度「すまなかった」と言うと、病室を出て行った。

病室を出て行ったのを確認すると、雪奈はベッドの手すりを思いっきり殴った。 手に激痛が走るが、そんなの気にもならない。

「なんで………何で俺は悲しめないんだよ………」

おもわず、そう呻く。 雪奈はもう一度手すりを殴った。 そしてもう一度、もう一度、もう一度。

「なんでだよ! 何で悲しめないんだよ! 何で涙が流れないんだよ! 何で悔しさしか生まれないんだよ! こんなにもなって!!!」

そしてもう一度手すりを殴る。 ミシッという嫌な音が、自分の手からではなく手すりから響いた。

「……………」

雪奈はうな垂れ、全身の力を抜いた。 何となくの感覚で窓のほうを見てみる。

今気付いたが、外は雨が降っていた。 しかし、窓は向きのせいか、全く濡れていない。

カーテンを閉めようかと、雪奈が激痛に耐えながらベッドから身を伸ばし、手がカーテンに先に触れた瞬間、一滴の雫が窓に当たった。 それは丁度、窓に映る雪奈の右目の当たりに。 目線だけをそちらへ向け、雪奈は驚いた。

(俺が………泣いている?)

そう見えた。 窓に映る自分は一滴の涙をたらし、泣いている。 雪奈はそれを見て引き戻されるようにベッドに身を引き、仰向けになって自分の目を押さえる。

(俺が泣いている………? 冗談だろ?)

しかし、少年の心を少年の目は裏切った。

今の雪奈の目には、本当の涙がこぼれている。 ボロボロと、涙腺が崩壊したみたいに大粒の涙が溢れ、少年の顔を濡らす。

(ははは………理沙………俺………)

少年は自嘲気味に笑ったが、すぐにその表情は崩れさらに涙が溢れ出した。 口からは嗚咽が漏れ、心には亡くなった母の哀しみも今更になって足された。

そして同時に悟った。 今まで彼は哀しめなかったんじゃない。 『哀しみ方を知らなかった』のだ。 だったら今知った。 覚えた。

遠慮することはもう無い。 今はとにかく泣けば良い。 哀しめば良い。 さぁ、全力で泣け。

「うあああああああああああああああああああああ!!!!!!」

悲鳴に近いくらいの絶叫を、彼は全力で叫んだ。

(やっと泣けたよ…………)

シーツを掴んで自分の顔を隠しても、彼は叫んだ。 喚いた。 吼えた。 自分の心を初めて味わった悲しみの感情に染めて、

(やっと悲しめたよ………本当に哀しめたよ………)

彼はただ泣き続けた。




入院してから一週間。 足はまだだが、腕と肩は治り、雪奈は松葉杖を使ってだが、病院内を動き回れるようになった。

雪奈が一階のフロント前のテレビでワイドショーを見ていたとき、後ろから声を掛けられた。

垣本だった。 彼は雪奈に「おいで」と言って、歩いていく。 雪奈は不思議に思いながらも、松葉杖を使って着いていった。

3分もしない内についたのは、大きな扉の前だった。 顔を上げてみると、そこには手術室と書かれたプレートがある。

まさかと思い、雪奈は垣本を見るが、垣本は何も言わずに手術室の扉を開けて、中へ入っていく、雪奈も黙って入り、垣本に着いていった。

中に入ると、金属で出来た手術台に、シーツを掛けられた状態で寝かされている少女がいた。 それをみて雪奈は目を大きく開いた。 見間違いようも無い。

あれは…………。

「会いたかったろう?」

「理紗…………」

雪奈はゆっくりと理沙のほうへ近づく。 彼女は目を瞑り、浅い呼吸を繰り返しながら、動くことなく眠り続けていた。 

「なんとか…手術は成功したよ」

「………………」

垣本の言葉で、雪奈は全身の力が抜けたような気がした。 生きてる……………理沙は生きてる!!

しかし、葉月は一つのことに気が付く。 その瞬間、垣本は今まさに雪奈が抱いた疑問に答えるように、

「手術はね」

と言った。

雪奈は振り返って、垣本を見据えた。

「どういうことですか?」

「言った通りさ、手術は成功した。 見ての通り、切断された足も100%には至らないが元に戻せた」

「じゃあ、何が……………?」

「………」

「うう……………」

垣本は何か言おうとしていたがその前に、雪奈の傍で呻き声が聞こえた。

声の元へ顔を向けると、そこには眠そうな顔で電気のついていない照明を見上げている理紗がいた。

「理紗…………」

雪奈は杖の突いていない右手で理沙の頬に触れた。 よかった。 こいつは生きていた。 自分の大切な物は壊れなかった。

しかし、

「君………だれ………?」

「え………?」

雪奈は自分の中で何かが崩れていく様な気がした。 手が理沙の頬からゆっくりと離れダランと情けなく落ちる。

「どういうことだ…………」

雪奈の呟いた疑問は、すぐに返ってきた。

「見ての通り、記憶喪失ということだ」

絶望の形で。

垣本は表情を微塵も変えないまま続ける。

「ショックによる物だろうと推測されている。 まぁ、それ以外は無いだろうがな。

また、彼女は自分が誰かなのかも理解していなかったが、知識はちゃんと脳内で残っている」

「つまり」と付け加えて、垣本は冷静に告げる。

「消えてしまったのは、人物との繋がりなんだよ。 君の事は当然覚えていない」

「……それは……理沙が………理沙じゃなくなったって事ですか………?」

「……………」

雪奈は呟くが、垣本は口を開かない。

その態度に腹が立ち、雪奈は松葉杖を片方捨て、左手で垣本の胸倉を掴んだ。 垣本をまっすぐに睨み、叫ぶ。

「なんでだよ!! あんた医者だろ!? 治してくれよ! 返せ! 治せ! 理沙を元に戻せ!!!」

「君は現実から逃げるきかい?」

垣本は掴み上げられても、表情を崩さずにただ目線だけをギョロリと動かし、雪奈を見ている。

「僕たちの力が足りなくなって起こしてしまった結果なのはモチロンだ。

だが、僕たちはこの現実逃げるつもりは無い。 絶対にもとに戻す。 医者だからね」

垣本の表情は一瞬も崩れなかった。 感情がこもっていないようにも見えたが、彼の言葉にはものすごい決意に満ち溢れていた。

雪奈は言葉を失い、ゆっくりと垣本から手を離す。

「君も逃げるんじゃなくて手段を見つけさい」

「……………」

雪奈は本当に何も言うことができなかった。 視線は垣本の顔から床へとゆっくり落ちて行き、俯いたとき、

「では、他の仕事があるので、僕は失礼するよ」と言って、垣本は出て行った。

バタンと言う手術室の扉が閉まる音と共に、雪奈は今度は全身の力が抜けたような気がした。 いや、本当に抜けた。

松葉杖から腕が滑り落ち、雪奈はそのまま後ろへ尻餅をつく。

「ははは………」

変な笑い声が口から漏れた。 手術台を見上げれば、そこには自分を不思議そうに見下ろしている少女が、「どうしたの? 大丈夫?」と手を差し延べている。

「理沙………」

雪奈はその手に触れようとしたが、その直前、自分の手が凍ったように動かなった。

この手は理沙のものだ。 だけど違う。 俺の知っている理沙ではない。 これは、理沙ではない!

腕の力さえも抜け、落ちそうになる。 しかし、雪奈の腕が落ちる前に理沙の手がそれを掴んだ。 まるで、絶望から救う天使の手が、少年に差し出されたように。

「ねぇ、君の名前、教えてくれない? どうしても思い出せないの…………自分のことさえ………。

あなた、私の事知っているみたいだし、教えてほしいの。 私がどういう人なのか……これから何をすれば良いのか」

理沙は微笑んで雪奈に言う。 この時、雪奈は返答に迷ったが、すぐに答えを見つけた。 そんなの一つしかなかったから。

「あぁ、いいよ。 思い出せないなら仕方が無い。 また忘れることになったとしても、また教えてやる」

今の彼女の記憶には彼は刻まれていない。 だけど、もう一度刻むことは出来る。 振り出しに戻って、また、元の二人に戻ろう。

悲しみに哀しみ、哀を知った自分は、今までとは違うかもしれない。 完全には無理だけど、また君との関係を取り戻したい。

だから少年は心を込めて、心の底から言う。

「俺は、戸塚雪奈(とづかせつな)だ。 雪って書いて、奈良の奈って書いて雪奈(せつな)

この瞬間、少年の名は、少女の心に新たに刻まれた。 おそらく、その名はもう少女の心からは消えることは無い。

だから少女は心を込めて、心の底から言う。

「解った。 じゃあ、これからヨロシクね、(ゆき)くん………」

今、彼女の記憶の最初のページが書き始められた。 




新たなる物語として。

いろんな部分で気に入らないところや、矛盾している箇所があったので、消去して新しくしました。


改めて、『哀をください』。 これで完結です。 最後まで読んでくださった方々、ありがとうございました!

もう片方の『呪をもらって魔法学園生活』もヨロシクです!

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