ツミビト
「えぇ。手に入れました。はい。日が登りきった頃にはそちらに着くでしょう。それでは」
紳士スーツに身を包んだその男は、一見してみるとただの好青年に見える。しかし、その背後には爽やかさとは裏腹の禍々しさも感じる。
「ねぇ。今何話してたの?」
「誰だ!」
誰もいないはずのホテルの一室に突如として響いた声。それは黒スーツの彼を極限まで警戒させた。薄暗い空間がより緊張感を高める。
「俺の正体はどうでもいいよ。それよりあんたが手に入れたものって何?事と次第によっては・・・」
刹那、巨大な火の玉が謎の男に直撃する。轟音を鳴らして燃え盛る炎を見て、スーツの男は不敵な笑みを浮かべる
「ククク・・・。そのまま火ダルマになるといい」
「あーもう。人が喋ってる時に攻撃するんじゃないよ」
再びスーツの男は背後を見た。そこには無傷の男。火にくるまったはずの男がそこにはいた。そして、スーツの男は一番大事なことに気付いた。
「チッ・・・。お前もかよ。罪人が・・・」
謎の男は頭頂部に両手を回し、ストレッチをしながら言葉を発する
「その呼び方嫌いなんだよね。せめて異能者って言ってもらえたほうが嬉しいんだけど」
続けざまに二つの火の玉が直線上に飛んでくる。しかし、またしてもその二つは謎の男に命中しない。
「ちょこまかと面倒なやつだ・・・。なら」
スーツの男は全身に気を溜め込むかのように野太い声を出し続ける。そして力が入る度に、体中からより大きな炎を吹き出す。
「燃え尽きろ!はぁぁ!!!」
刹那のうちに、ホテルの一室を焼き払い、爆発に近い勢いは窓ガラスを割り散らかす。燃え盛る炎は彼の意思によって消えた。スーツの男は疲れ切った表情でその場に座りこむ。
「はぁはぁ・・・。ツミビトだから思ったより手間取ったが、所詮はヒヨッコ能力者だったわけだ」
「ヒヨッコはひどいな。これでも幹部だよ」
上部からの声に再びおどろき、唖然とした表情を浮かべる。
「お、お前は・・」
天井部から下へ降りると、飛び散る塵と煙にえづきながら咳払いをする
「名乗ってなかったっけ?俺はAAAの幹部。伊賀崎 徹。あんたには色々聞きたいことある。な?大陸マフィアさん」
スーツの男の表情がより一層険しくなった。厄介な天敵を見つけたかのように歯をくいしばる。
「AAA…!聞いたことあるぞ。大量のツミビトを集めて作った非合法の機関。政府も黙認してる暗部って噂らしいな」
謎の少年は相変わらずの余裕そうな態度で、スーツの男の説明を退屈そうに聞く。
「んー。まぁそんなもんかな。って俺の機関のことはどーでもいいよ。・・・あんたさっき何か手に入れたって言ってたよな?それはなんだ?」
スーツの男は徹から視線を外し、余裕そうに笑みを浮かべる。
「それを調べても無駄だ。我々の計画はもう始まってるんだ」
「計画?」
徹は相手の興味を誘うためにわざと大仰な聴き返しをする。すると相手はうまくハマったようで、必要な情報をベラベラと話してくれた。今この日本を中心に大々的かつ革新的な計画がされていること。すでに大陸から来たツミビトが日本中に散らばっていること。しかし様々な話をしてくれたが、核心に触れる回答は一つもなかった。
「そういうわけさ。貴様らAAAがどれほどの機関が知らないがうちの頭領にかかれば・・・。グッ!!!」
突然スーツの男の胸部に鎌が突き刺さる。しかし周りに人影は見当たらなかった。徹は必死に360度四方八方を探るが、どこにも確信たる痕跡なんてない。一体どこから・・・
「君は喋り過ぎだ。人を導く天使には向いてるが、人を欺く悪魔でなければ必要ないのだよ」
「誰だ・・?」
どこからともなく聞こえる声に、緊張感を高めながら問いかける。
「うちの不甲斐ない仲間を始末しただけだよ・・・。君とはまた、会える日があると信じてるよ′伊賀崎 徹′君 」
風のように殺気も気配も流れていった。一点調な口調の不気味な相手だったと、徹は一息ついた。しかしゆっくり休ませてもくれず、最下層から消防車やパトカーのサイレンがけたたましく響いてきた。徹はその喧騒の中、静かに霧となって立ち去った。
ーー「報告はそれだけか。もっといい情報は?」
気品漂う内装と高級な椅子。高貴なイメージを漂わす応接間は、なにやら不穏な空気で包まれていた。不服そうに立ち尽くす徹と、若々しいが風格を真に感じる中年のオヤジが椅子に座り首をかしげる
「ねーよ。これが今回のターゲットの限界だった」
徹の言葉に先ほどより大きくがっくりする。はぁ・・・と吐いたため息がより一層徹のボルテージをあげた。
「なぁ。もう出ていいか。あんたに報告することはこれだけだ。じゃ・・・」
「あー待て待て。徹。奴には気をつけろ」
後ろを振り向こうとする徹を中年の男性が思い出したかのように止める。
「奴?」
徹の動きがピタッと止まり、中年の男の方へ向き直る。
「あぁ。今回のターゲットを殺った男。ありゃ相当つえーぞ。下手したら俺でも苦戦するかもな」
「あんたが?まさかそんなわけ・・・」
言い終わる前にスーツの男が倒される瞬間を思い出した。禍々しい気。殺意に満ちあふれた死の鎌。なにより神気は誰よりも強く感じた。
「・・・。まぁ、気をつけるよ」
徹はそう言い残し、部屋をあとにした。すぐ外には一人の女が待ち構えていた。
「お疲れ徹!!どうだった今回のターゲットは?」
疲れ切った徹に耳をつんざくような元気な声が突き刺さる。徹が声のする方向を向くと、黒髪ポニーテールの女の子が笑顔を向けている
「なんだ雛坊か。俺は今疲れてんの。帰る」
徹は振り払うようにして、帰るジェスチャーをするが、その態度に雛坊と呼ばれる娘はムスッとする
「もー。そんな冷たくあしらわないでよ。後、私の名前は雛!水無月 雛!雛坊って呼ばないで!」
徹は頭を掻き毟りながら、「今更そんな呼び方できねーよ」と眠そうに答えると、雛は更にムスッとして、徹の行く手を阻む
「てか仕事行けよ!!情報アシストの仕事してこい」
ムスッとした顔から若干の笑みがこぼれ、体で大の字を作り、解放感を表現する
「へへぇ〜。残念でしたぁ。今の所オーダーミッション一つもありませーん」
その言葉に徹はよりがっくりした。先ほどの疲れ切った表情も相まってか、やつれさえも感じる
「・・・今回のターゲット。お前が予知した通り、炎系の異能者。自身の能力を凝縮させて、相手に放つ・・・。呼び方はチャージタイプでいいか。特殊な武器もなし。ただの雑魚だったよ」
その情報を聞いて、雛はえっへんとでも言わんばかりに誇らしげにな表情になる
「やっぱ私の予知能力は正しかったでしょ〜?」
徹も苦笑いで答える
「あぁ。相変わらずの百発百中。恐れ入りました。雛坊様」
皮肉も入ったその言葉に、また雛は頬を膨らませる
しかし彼女の異能が凄まじいこともまた確か。
予知能力・・・あらゆる未来を予測し、相手の異能の細部まで見通すことのできる力である。AAA内部では先見の雛とも呼ばれ、ミッションアシスタントとして本部内で力を発揮する。しかし、闘いは滅法だめで、同期からは雛坊と呼ばれ、馬鹿にされることがしばしば。そして、水無月雛もまた伊賀崎徹と同期である
「もーいいよ。聞きたいことは聞けたしねー。じゃあお疲れ様!ゆっくり休んでねー!」
雛は元気に踵をかえして駆けていく。走ってる最中も何度か振り返り手を振ってくるが、足を捻りそうになっていて非常に危なかっしい
嵐が去ったような静けさ。徹は唐突に思い出した疲れにどっと襲われ、自信を霧に変え消えた。
これが伊賀崎徹の異能。その身に鬼神の力を宿し、幻惑の力を持って相手を征す。AAA内では統括の右腕 や神出鬼没の男と呼ばれ、畏れられている。