沈痛慷慨
タヌキさんのお家は森の、それも奥深くだった。徐々に薄暗くなっていく周囲に怖くなり、そうだあのハンカチでランプでも作ろう。と思いポケットを漁ってみるも、ハンカチは一向に見つからない。そう、ランプにしたまま何処かへやってしまったのだ。会えるかは分からないが、あのハムスター紳士に返そうと思っていたハンカチ。それを無くしてしまったことに私はショックを受け、周囲の暗さも相まってテンションはガタガタ。最低も最低。テンションをグラフで表そうとしても、グラフから消え去ってしまっている。
「お嬢さん、そんなに不安にならなくてもいいんだよ。なんタって女狐がいかに危ないか忠告をしタこのわタしがついているからね。」
気付けば、タヌキさんが小さくなって私の肩の上にちょこんと可愛らしく座っている。タヌキさんが私を先導しなければどうやって私はタヌキさんのお家に行くのだろうと思ったが、この時の私は恐怖が身体中を支配していた為に、可愛らしいタヌキさんの姿を見て和んでいた。
「ほらほらお嬢さん、この道を真っ直ぐさ。急いで急いで。もうすぐ夜になってしまうよ。夜になったらそれはそれは怖いだろうねえ。狐なんか可愛く思えてしまうくらいの化物に会ってしまうかもしれないよ。ほら、急げ急げ。」
タヌキさんに言われて早歩きで進んできた私は、目の前に広がる赤黒い沼の前で足を止めることになる。
「た、タヌキさん、これは何?こんな赤い沼、私、私怖いよ。」
肩の上にいたタヌキさんはいつの間にか目の前にいて、それも人間の姿をして何やら沼の前で膝をついてブツブツと何かを呟いていた。
「ねえ、タヌキさん、タヌキさんのお家はどこ?ここじゃないよね…?」
怖いというのに何故か必死に笑顔を繕ってタヌキさんに問いかけると、此方の方を振り向いたタヌキさんはニヤリと笑った後に、ケタケタと、落とし穴に誰かが引っかかったみたいに、近所の悪ガキみたいに笑い始め、私はてんで頭の処理速度が追いついていなかった。
「赤錆様、今日のメインディシュでございます。存分にお楽しみくださいませ!」
タヌキさんがそう言うと、沼から無数の手のような何かが飛び出してきて、私はなんとか逃げようとするも身体が強張りうまく動かすことが出来ずに、その場に尻餅をついてしまう。
もう駄目だ。おしまいだ。
そう思った時のことだった。何かが私の前にサッと現れ、無数の手に向かって眩い光を放ったと思ったら私を抱えてその場から離脱したのだ。
九死に一生とはまさにあのこと。そう思いながら、命の恩人にお礼をと頭を上げてみるとそこにはキツネさんが怒った顔で立っていた。
「どうして黙って出て行ッたの。心配して探してみればやッぱり危ない目に会ッているし。」
キツネさんがポコんと私の頭を小突く。キツネさんの優しさと自分の愚かさが身にしみすぎて、小突かれた拍子に私は涙がポロリと溢れ、いちど堤防を越えた水は収まることを知らず、そのまま私は泣き始めてしまった。
「ええ!私そんなに強く叩いてしまッてた!?ゴメンね、そんなに痛くするつもりなんて思わなかッたの…。」
「うう、違うんです。タヌキさんの言われたままにキツネさんのことを疑った私が、キツネさんに優しくされるなんて、そんな身分じゃなくて、あの手に殺されるかと、私、うう。えっと、それで。」
なんとかうまく言葉を組み合わせようとするも、奇妙な手のようなものに殺されそうになったこと、タヌキさんに騙されたこと、キツネさんを疑ったこと。それらの出来事が全員表に出てこようと主張する為に、しっちゃかめっちゃかな事になってしまっていた。
「ほらほら落ち着いて。私のお家に戻って一息つけようか。」
キツネさんがあまりも優しいものだから、私はまたポロリと涙を零してしまったのだった。