辛苦辛労
キツネさんのお家は、大きな大きな木の中をくり抜いて作られたものだった。お昼にはフワフワのホットケーキに甘くていい香りのメープルをかけて食べていそうなそんな感じ。
「じツはもうすぐお昼だッてしッていた?直ぐに用意をするからまッててネ。」
お昼はやっぱりホットケーキなのだろうか。それとも、キツネらしくおいなりさんとかだろうか。
いずれにせよ、気が付けばお腹がグーグーの私には嬉しいものだ。
キツネさんのお料理が完成するまでボーッと待っていた私がふと隣りを見てみると、そこにはタヌキが座っていた。フワフワしていそうにもガサガサしていそうにも見える毛を携えて、タヌキは椅子の上にちょこんと可愛らしくいる。
可愛い。触ってみたい。そう思って私が手を伸ばすと、タヌキは急に人間のように立ち上がり、ニタリと笑う。
「お嬢さん、お嬢さん、こんな所で何をしているんだい。」
不思議な世界に迷い込んでから奇妙な目にあいすぎて、今更タヌキが人間のように立ち上がり話し始めても私はさほど驚きはしなかった。
「キツネさんのお料理を待っているんですよ。」
私がそう答えると、タヌキはニヤリと笑う。
「お料理ねえ。されるのは誰かな。お嬢さんかな。タヌキかな。ああ、どちらも不味そうだ。でもキツネの野郎はキっとぺろりと平らげちまうんだろうな。」
タヌキは言い終えるとどこかへと姿を眩まし、残ったのは私と不安と恐怖だった。
きっと大丈夫。そう思っていても、一度ムクムクと咲き始めた疑いの芽は成長を止めようとはせず、気付けば私はお料理最中のキツネさんの様子を見に来ていた。
そうして私は、キツネさんの姿を見てひっくり返りそうになる。
キツネさんは大きな釜でグツグツ何かを煮込みつつ、包丁を研いでいた。
食べる気だ。私を。タヌキさんの言う通りだったのだ。前にどこかで読んだ昔話のように、キツネさんは私をペロリと喰らい尽くすつもりなのだ。
そこからの私の行動は迅速だった。キツネさんに気づかれないように物音を一切立てずに出口へと足を運び、出口に無事到着しても油断せずに扉を少しづつ開ける事によって音を最小限にとどめる。さながらスパイや暗殺者の様である。
外に出てからは、無我夢中で走り続けた。目的地など何処でもいい。ただキツネさんからは離れなくてはいけない。そう思いつつ走って走って、息が切れても走り続けて、キツネさんの家はとうに見えなくなっていた。
良かった。助かった。ようやくホッと一息つくと、目の前にスゥーッと先程のタヌキが姿を現した。
「貴方はさっきのタヌキさんだよね?忠告ありがとう。私もうすぐキツネさんに食べられてしまう所だった。」
タヌキは前足で自分の顔をお手入れしつつ、ニヤニヤ笑う。
「そうかい。それはよかっタ。よかっタ。所でもうすぐ夜になるわけだけど、お嬢さんはどうするんだい。野宿かい。身体がいタくなるねぇ。襲われてしまうねぇ。」
タヌキさんの言葉に、私は不安に包まれる。こんな奇妙な世界、知り合いなどいる筈もなく、一番現実味を帯びているのは野宿だった。生まれてこのかた野宿などしたことない。そもそも、キャンプすらしたことなどない。そんな私が地べたの上で寝るなどハードルが高過ぎるのである。
「お嬢さん、お嬢さん。どうだい?わタしのお家に来てみては?」
タヌキさんの提案に、私は何度も首を縦に振った。そうしてホイホイとついて行ってしまった私は酷い目に遭うのだが、この時の私が知る由もなく、ただ目の前に置かれた甘い誘惑に負けてお腹を見せていた。