氷菓道(ひょうかどう)
新入生の皆さん、ご入学おめでとうございます。新しい環境には、もう慣れましたでしょうか?新サークル「氷菓道」のリーダー、瑞木はるかです。
私たちはもともと、茶道サークル「宴」として活動していましたが、「なんか地味」「抹茶が苦い」「足がしびれる」「いろいろヤバいサークルどころじゃない」などの理由からメンバーが3人までに減ってしまいました。そこでこのたび、新しい芸道サークルとして「氷菓道」を立ち上げ、メンバーを募集することとなりました。
1、「氷菓道」とは何か。
それは、お店で販売されている様々な「アイス」を、その状況に合わせて、美味しく楽しく美しく食べるために私たちが考え出した、まったく新しいスタイルの芸道のことです。とは言いつつ、生みだされてから3週間と短いため、まだまだ研究段階にあります。ぜひ、私たちと一緒に、「アイスを食べるのにふさわしい『たち振る舞い』」について一緒に研究し、実践・普及していきませんか?
ちなみに、アイスと呼ばれるものは大きく分けて4種類あります。商品に含まれる乳成分の割合が高い順に、アイスクリーム、アイスミルク、ラクトアイス、氷菓…なります。つまり「氷菓」とは、乳成分がほとんど、もしくは全く含まれないものを指します。つまり、世間に出まわっている、あらゆるアイスの食べ方を研究するチーム名として「氷菓道」では祖語があるわけですが、何となくカッコいいので、そのまま用いることとします。さらに、誠に勝手ながら、ここでは全てのアイス商品を統一して「氷菓」と呼ぶこととします。
2、主な活動場所
春・夏→学生喫茶、図書館、売店のクーラーボックス前。
秋・冬→学生喫茶、図書館、売店のクーラーボックス前、メンバー会員宅のこたつの上
3、活動内容の詳細
氷菓道の活動内容に関してより具体的に説明します。まずは、以下の五項目をもとに、様々なシチュエーションを考えます。
①いつ
②どこで
③誰が
④誰と
⑤どのような氷菓を食べるか
そして、それぞれの状況に合わせて、どのような言葉・会話・仕草・道具etc…がふさわしいのかを探求していきます。しかし、そのシチュエーションは千差万別!幅広い知識(※)や、季節を楽しむ感性、相手とのコミュニケーション力などが要求される、複雑かつ奥深い世界なのです。
※この場合の「知識」は、アイスの種類や、商品に関する知識を指します
それでは続いて、先ほど挙げた①~⑤に下記の状況をあてはめ、氷菓道を学ぶ者としてのふさわしいたち振る舞いについて、ストーリーに沿って考えてみたいと思います。
①夏休み(部活帰り)
②駄菓子屋の軒先
③女子中学生(3年)、人数は1人
④幼馴染の男子中学生(3年・野球部)人数は1人
⑤以下、説明文あり
注意…「つうかもう、大学生だからさ、自分が中学生だった場合のシチュエーションとかいらないじゃん…」なんて考えてはいけません。氷菓道は私たちだけのものではないのです。全ての人々が氷菓を食べる状況において必要となる教養なのですから、あらゆる状況を想定する必要があるのです。
ではまず一人の女子中学生が、夏休みの部活帰りに、その暑さに耐えきれず、駄菓子屋に立ち寄りました。
女子中学生(以下、少女):「ふぅ、あっつー…っ」
駄菓子屋に入った時の言葉はこれでいいでしょう。年頃の少女にふさわしい、可愛すぎない表現を用いるのがよいと思います。間違っても、子供のおもちゃコーナーから団扇を引き抜き、ばさばさと扇ぎながら、「あーあ!何だってこんなに暑っついのかね、ふざけんじゃねぇってんだ。これじゃあまるで中華屋の肉まんだい!」などと口走ってはいけません。
さて、ここで問題の氷菓ですが、さっさと好きな商品を買うのは避けたいものです。何故なら高校生や大学生ならまだしも、中学生の買い食いは校則で禁じられているのです。それに、どうしようかな、欲しいけどなァ…といった雰囲気が、何となくいい感じです。
ここで、駄菓子屋の外に自転車が止まる音がします。幼馴染の男子中学生(久しぶりに話す)が、同じように店内へと入ってきます。少女と目が合って、ちょっと気まずい感じで「おう」と声をかけてきました。少女の方は、あえて「おす…」と返事をしましょう。この時、少年は、いつの間にか少女の背を追いぬいていることとします。小学生の時は少女の方が大きかったのに。
さて、ここで問題の⑤…つまり、メインである氷菓をどうするかについてです。二人は氷菓の入ったクーラーボックスに目を向けます。もしこの時、バニラアイスやシャーベットなどに混じって、1本10円のチューペットが混じっていたら、迷わずこれを選びましょう(今回は運よく混じっていたことにします)。もしなければ、半分こ出来る形状の、なるべく安価なものをお勧めします。
男子中学生(以下、少年):さっとクーラーボックスからチューペットを1本取り出してお金を払う。半分に折る。
これは理想の展開ですね。しかし、あくまでも理想であって、幼馴染の男の子が案外不器用な性格だったりするとアイスを買ってくれない可能性もありますから、そこは女子中学生側が、臨機応変に対応しましょう。
また、少年がチューペットを折る場合には、きちんとした作法があります。膝に当ててぽっきんしたり、日ごろ部活で鍛えた腕の力でへしおったりするのです。なるべくなら、折ろうとする努力もせずに「あ、これ、折りにくいんだよね…ねえ、おばちゃん、ナイフで切ってくれない?」などということの無いようにしましょう。
少年:「ん…」(折った半分を少女に差し出している)
少女:「え…いいの?」
少女側はちょっとためらいがちに受け取りましょう。
少年:「ま、10円だし…」
少女:「そうだけどさ…ありがと。」
このとき、持ち手部分に突起がある方を女子中学生に渡すと、男子中学生側としてはナイスです。チューペットの形状をよく見てみると分かりますが、片方はつるんと丸く、もう片方には突起があるのです。手が冷たくなった時、この突起を持つと手が痛くならないので、便利です。少女側としては、ポケットティッシュを取り出して、自分の分と相手の分をくるむと、なかなか可憐です。
ここから先の会話は、中3らしく、受験にしましょう。部活動や夏休み明けの文化祭…なんていうのもアリですね。駄菓子屋の軒先にベンチがあれば、ぜひ座りましょう。二人の間にはきっちり一人分のスペースをあけるべきです。
男子中学生:「そっち、志望校決まった?」
女子中学生:「うーん、親がS高にしろとか」
男子中学生:「マジで。レベル高いじゃん。」
女子中学生:「親が言ってるだけ。無理だしそんなの。」
男子中学生:「いや、いけんじゃね?けっこう。」
女子中学生:「無理だって。そっちは?どうすんの。」
男子中学生:「野球続けたいし、あんま勉強好きじゃないし、俺。スポーツ推薦とか…」
会話の流れとしてはこんなものでしょうか。この時、少女側は、いくらアイスが美味しいからと言って夢中になってかじったり吸ったりフガフガ言ったりしてはいけません。とてもはしたなく見えます。容器の上から指で割るようにして砕き、少しずつ押し上げながら口に運びましょう。出来れば、少年側も。
女子中学生:「へえ、すごいじゃん。スポーツ推薦」
男子中学生:「いや、受けたいなーってだけの話。校内推薦、通るかどうかもわかんないし。」
女子中学生:「ねえ、甲子園行きなよ。テレビ出られるし」
男子中学生:「俺の話聞いてんの?構内推薦が通って、合格して、野球部勝ち進んでそれで…ずーっと ずーっと先じゃん。」
若いですねえ。2年後3年後がずーっと先の未来に見えるなんて。さて、ここで会話に間をあけましょう。何せ、成長してから久々に話した幼馴染なのです。小学生の頃のようにはいかないのです。そして、沈黙を破って再開される会話の内容としては、何が一番スムーズでしょうか。
女子中学生:「何か久しぶり、これ食べるの。」
男子中学生:「え、チューペット?」
女子中学生:「子供の頃は良く食べたけど」
男子中学生:「今だって子供じゃね、まだ。」
女子中学生:「そうかな。そろそろ終わりじゃない?」
男子中学生:「あー…まぁ…」
女子中学生:「だって15じゃん、もう」
この時、男子中学生は一瞬どきりとするのがいいかもしれません。あくまでも、さりげなく、です。そして、ちょうどこの時、二人とも氷菓を食べ終わる頃です。少年側でも少女側でも構わないので、どちらかが二人分のゴミをまとめて捨てましょう。すると、ほっこりとした優しさが生まれます。
さて、氷菓道においては、氷菓そのものを食べ終わった後もまた、肝心です。
少年:「じゃあ…(自転車に乗る)」
少女:「うん…」
ここで、甘酸っぱい照れ隠しを体験するには、お互いに「またね」と言わないことです。そしてできれば少女側から、自転車で走りだした背中に向かって一言かけてあげましょう。この「一言」はどんな話題を展開したかにもよりますが、今回は進路・受験がテーマの会話でしたので
少女:「卒業したらさ…」
がいいかもしれません。
すると、少年が自転車を止めてこちらを振り向きます。
少女「学校、別々だね。」
これは、幼稚園、小学校、中学校と一緒だったのに、ちょっぴり寂しい気がするね…という意味合いです。さて、ここで少年も何か返したほうがいいでしょう。あまりかっこつけたものでないほうが、15歳という年齢を感じさせていいかと思われます。
少年:「卒業したら…の話だろ。」
おや、卒業までまだ少し間があると思っているのでしょうか。しかし、15歳の少年ですからこんなものでしょう。
さて、少年が家路につき、少女もまた駄菓子屋をゆっくりとあとにします。その場には、すぐ近くにまで迫った未来と、終わりを迎える夏休みの暑さだけが残ります。どこかで風鈴が鳴れば、なおよし、と言った感じでしょうか。
4、終わりに
こうして想定・研究された、「氷菓賞味技法」とも言える一連の流れは、我々の氷菓道研究ノートに記録されます。ある程度の量となったあかつきには、世の皆さまが、突然氷菓を食せねばならない事態に陥った時に困らないよう、「氷菓道入門」として出版する予定でおります。もちろん、新入会員なられた方はその研究員および編集委員として、その名が明記されます。我々の活動に興味を持たれた方は、ぜひ、サークルリーダーである瑞木はるか(経済学部2年)まで、ご連絡ください。
それでは、新入学生の皆さんの入会を、お待ちしております。
(都内某大学サークル勧誘パンフレットより、抜粋)