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その六、初めての挨拶



 帰ってきたもへ次により一部始終を聞いたへの字は、口に手をやり絶句した。


 ハルさんが、川に落ちて入院したなんて!

 もへ次さんが、人間に姿を見せてしまったなんて!


「いやいや、もじゃすけはなかなか話の分かるやつじゃったぞ!」


 真っ青になった姉を見て、あわててもへ次は言い足した。

 

「ああそうじゃ、土産があった! ほーれ、姉さんの好きなハイカラ菓子じゃ!」


 もじゃすけが包みを広げて見せたのは、洒落た外国製のチョコレートにカラフルなゼラチン菓子だった。途端に、への字の眉はハの字になり、きらきらと目を輝かせながら覗き込んだ。


「まあ! これ、本当にもじゃすけさんから?」

「そうじゃ! もじゃすけのやつ、姉さんの話をしたら会いたいと言いよった!

 『むさくるしい男より可愛らしい女性の方がいい』だと! ずうずうしいやつじゃ!」


 うっとりとハイカラ菓子を見つめていたへの字の頬が、ほんのりと桃色に染まる。


「……こんなに素敵な物をくださる方なら、きっと良い方なのでしょうね」

「ようし、そのうちハイカラ家に姉さんも連れて行こうかの!」

「ええっ!? あの、私は無理ですっ」

「――姉さん。もじゃすけはな、甘いものがそれはそれは好きでな。ハイカラ家の菓子箱には、それこそ見たことのないようなハイカラな菓子がたくさんあるぞ。

 そうそう、への字がハイカラ菓子が好きだと教えたら、『それなら今度への字さんが来る時は、ケーキを買っておこうかな』と言っておった」

「け、ケーキ……ですか」


 への字の喉がこくりと鳴った。

 ケーキはへの字が最も好物としているものだ。だがハルの家では甘いものが出るとすれば、煮豆やぜんざい、それからくりまんじゅうのような地味なものばかり。それはそれで好物ではあるが、への字もやはり人間の若い女性と同じように、綺麗であったり珍しいようなハイカラ菓子に憧れているのだ。


「…………いずれお世話になったお礼にお伺いせねばなりませんね」


 たっぷりと間を空けた後、への字は思い切ったように呟いた。


「ようし、言うたな! わはは、もじゃすけも喜ぶぞ! さっそく明日にでもケーキを買いに行かんとな!」

「あ、明日なんてまだ早過ぎますっ」

「いや、明日はハルばあちゃんが退院するでな。土産にもじゃすけにケーキを買わせよう」


 その言葉に、への字はしばらく迷っていたが、やがて意を決したように頷いたのだった。





 退院をしたハルを迎えに来たのはもじゃすけだった。

 病院の廊下をゆっくりと歩きながら、


「来てもらってすまねえなあ」


 と、ハルはもじゃすけに何度も詫びた。


「おら、子供達に心配をかけたくねえでな。知ればきっと、『村を出ろ』と言われるからなあ」

「いや、ハルさんがすぐに回復されたから連絡せずに済んだんです」


 杖を使っているものの、ハルはもじゃすけが想像していた以上にしっかりと歩いていた。日頃から好き嫌い無くよく食べてよく働き、丈夫な体を持っていたハルは、骨折してもおかしくない状況だったにも関わらず軽い打ち身で済んでいた。


「運が良かったとしか言いようがないですね」


 感心する医者に向かって、


「神様が助けてくださったんよう」


 とハルはにこにこして答えていた。




 ばたん。

 小さな車のドアが閉まり、エンジンがかかるのと同時に、ぴょこり、ともじゃすけのもじゃもじゃ頭から小さな顔が飛び出した。

 助手席に座るハルを見て満足げに頷くと、もへ次はつんつんと脇を突いた。

 ぽこり、と出たもう一つの頭に耳を寄せ、


「では、そろそろ出るぞ」


 と囁くと、相手はためらうように俯いてしまった。


「まったく、せっかく勇気を出してここまで来たんじゃろう?

 ここで出ていかんでどうする! 姉さん!」


 呆れ口調でたしなめつつも、もへ次の顔も緊張している。


 幼い頃に両親を失ってもこうして生きてこられたのは、ハルが朝夕お供えをしてくれ、自分達を見守っていてくれたおかげだ。

 への字ももへ次も、どんな小人や人間よりも、ハルが一番大切で大好きだ。


 だから、出て行って姿を見せるのが、とても怖い。


 けれど、これからは堂々と見守っていくのだと、あれから二人で話し合って決めたのだ。



「――さあて、そろそろ出てきていいんじゃないか」


 痺れを切らしたもじゃすけが、エンジンをかけた車内で呟く。


「行くぞ」


 ぽん、と背をたたかれて、への字もこくりと頷いた。


「それっ!」


 かけ声と共にぴょんぴょんと小さな影が飛び出し、ダッシュボードの上に降り立った。


「あんれ! まあ!」


 可愛らしい着物姿の男女の神様の登場に、ハルは目を丸くして――、やがて、その小さな目に涙を浮かべ、震える両手を擦り合わせた。


「ああ、やっぱり夢じゃなかったんだなあ……マメ神様がおらを助けてくださった……」


「ハル」


 ずい、と一歩を踏み出して、もへ次はハルに呼びかけた。


「いつも助けてもらっているのはワシらの方じゃ。

 この通り、小さいだけで何もしてやれんが、せめて見守る事だけはと、こうして傍に付いていた」

「いんや……マメ神様のおかげで、おら、こうして生きていられるです。ちっとも寂しくねえんです」


 ハルの言葉にそっとへの字が目元を拭い、もへ次は照れくさそうに頭を掻く。



 こうして、ハルとマメ神様達は、ようやく初めて顔を合わせたのだった。




「さーて、まずはハルさん家に帰ったら、ケーキを食べてお祝いだな」


 もじゃすけはそう言って振り返ると、後部座席に置かれたケーキの箱と花束を見た。


「もじゃすけ、いちごのショートにしたんじゃろうな?」

「えっ、フルーツのタルトにしたけど」

「ばっかもーん! そんなもんはケーキとは言わん! ケーキはあの白いクリームとスポンジが美味いんじゃろうが!」

「お前の好みなんて知らねえよ!」

「買い直しじゃ! 買い直し!」


 男同士の賑やかな言い合いに、ハルとへの字は顔を見合わせ、にっこりと笑いあったのだった。




       <へのへのもへじ おわり>



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