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その五、もじゃすけの思い出


「もじゃすけーっ! もじゃすけ!」


 もへ次はハイカラ家に飛び込むと椅子に座って作業をしているもじゃすけの前に飛び出した。もじゃすけが指を置いている機械のボタンの上をダダダダ! と駆け回ってみせる。


「うおっ!? 何だ何だ何だああ?

 げ、画面が……」

「もじゃすけっ! ワシの話を聞け!」


 切羽詰った大声で、もへ次は両手をあげた。もじゃすけは眼鏡を手で押さえ、まじまじともへ次を見ながら目を丸くしている。


「お前、大胆なやつだなあ……」

「頼む! お願いだ! ハルが大変なんじゃ! 助けてくれっ!」


 本当は、もへ次は怖くて怖くてたまらなかった。小人が自分から人間の前に姿を現すなど、本来ならば決してしてはならない事なのだ。

 足が震えそうになるのをこらえ、もへ次はにらみつけるようにしてもじゃすけを見上げた。

 対するもじゃすけは、なぜかとても嬉しげに腕組みをして頷いていているではないか。


「いやあ、まさか小人の方から俺に話しかけてきてくれるとはねえ……うんうん、やっぱり引っ越してきたかいがあった」

「ワシの話を聞けぇー!!」


 もへ次はぴょんともじゃすけに飛び移ると耳元で力いっぱい怒鳴りつけた。


「うわっ、うるさっ!」

「このままではハルが死んでしまうんじゃ! はよう、はよう助けに行ってくれ!」

「何だって!?」


 ようやく事態が飲みこめたのか、もじゃすけの顔つきが変わった。


「おい小人、ハルってあの武田さんとこのハルさんか!」

「そうじゃ! 武田ハルじゃ! 川にはまって身動き取れないんじゃ!」

「ああ、そうか、それでお前は助けようとして……」


 顎に手を置き納得したように頷くと、もじゃすけは眼鏡を外して立ち上がり、引き出しから大きな袋を取り出した。バタバタと手早くバスタオルや毛布を詰め込みながら、


「おい! 小人、その場所に案内しろ!」


 と言ったため、もへ次は支度を終えたもじゃもじゃ頭に乗っかり、ハルの待つ川へと向かったのだった。




 もじゃすけはもへ次の先導で川に浸かったハルを見付け、渾身の力で引き上げた。

ハルは意識が朦朧としながらも最後まで気を失っていなかった。ぼうっとした顔のハルだったが、もじゃすけの頭にいるもへ次の姿を見付けるとじんわりと嬉しそうな顔になった。

 ハルの身体をバスタオルで拭い、薄手の毛布でしっかりと包むと、もじゃすけはハルを背負って家まで戻った。そうして小さな軽自動車にハルを乗せ、山を下り町の病院へと向かった。


「――そりゃあ大変な目に遭われましたなあ」


 医者はハルの様子を調べた後、点滴と一晩の入院を勧めた。ハルは一度は断ろうとしたものの、『老人の一人暮らしで何かあったらどうするんですか』という言葉に、渋々従うことになった。


「あの、お孫さんですか?」


 やり取りを見終え帰ろうとしたもじゃすけに、看護師が話しかけてきた。


「いえ、俺は近所の者ですが」

「そうですか。あの、良かったら、退院した後もしばらくは武田さんの様子を見てあげてください。御本人は身体が丈夫だと仰ってありますが、ちょっとしたことでも体調が崩れたりしますから」

「はあ。分かりました」


 気の無い返事に心配になったのだろう。


「よろしくお願いしますね」


 と、もじゃすけは看護師に念を押されてしまった。



「――さあて。お前はどうする?」


 もじゃすけは自分の頭に向かってたずねた。


「本当は残ってハルの傍にいたいんじゃが……帰らんと姉が心配するでな」

「お前、家族がいるのか! へえ」


 もじゃもじゃ頭に沈むようにして隠れていれば、長身のもじゃすけの頭にもへ次がいるなど、誰にも気付かれない。なかなか上手い隠れ場所だ。


「しかし、いつか話ができたらとは願っていたんだが……こうもいきなり親しくなると、何というか、実感が沸かないもんだなあ」

「もじゃすけは前からワシを知っとったのか?」

「まあな。俺は繊細で敏感なんだ。お前がこそこそしている気配くらい分かっていたさ。

 なあ、ところでその『もじゃすけ』ってのは、もしかして俺の事か?」

「今ごろ気付いたのか! 鈍いのう!」

「いや、どうせそうだろうとは思ってたよ……」


 ぶつぶつと独り言を呟くひょろりとした背高男を、周りの人々は気味悪そうな顔で遠まきにしていたことに、もじゃすけももへ次も気付かぬままであった。




「俺、子供の頃何度かよもぎ村に遊びに来ていてさあ。今はもう取り壊された親戚の家なんだけど、そこで夏休みを数日過ごしたりしていたんだ。

 で、忘れもしない小3の夏。小人を見た」

「なんじゃと!?」


 帰りの車の中、もへ次は驚きのあまり助手席の上で火中の栗のようにはぜ飛んだ。


「その時俺は昼寝をしていたんだが、トトト……って小さな音がして目を覚ましたんだ。横向きの姿勢はそのままに、薄ーく目を開けてみたら。


 俺と同じくらいの小人の子供が、着物姿でかけ回っていた。

 手には紐を付けたハエを持っていて、ぶーん、ってハエが飛ぶたびにゲタゲタ笑っているんだよ。


 最初は夢を見てんのかなとも思った。そのうち足音が近付いてきたら、ぱっと小人はどこかに逃げちまって。後には紐の付いたハエがそのまま近くに止まっていたから、それで、ああ、あれは本物の小人だったのかってようやく気付いたんだ。

 気になって調べていくうちに、この村ではマメ神様信仰があるって知ってね。いい大人になっても忘れられず、うろうろと遊びに来ているうちに、ついにはこうしてこの村に住みついちまった、ってわけ」


「……もじゃすけ。それはおそらくワシじゃ」

「なんだって!?」

「たしかにワシは子供のころ、虫に糸を付けて飛ばす遊びが好きじゃった」

「すげえっ! 俺らって初対面じゃなく再会だったのか!」


 もじゃすけは大喜びでプップー、と誰もいない山道でクラクションを鳴らした。



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