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その三、包丁作りとハル探し


「ほーいほい、今帰ったぞ!」


 元気に飛び跳ねながら戻ってきたもへ次を、への字は胸に手を当てながら出迎えた。


「ああ、良かった。もへ次さんに何かあったらと気が気じゃなかったんです」

「わはは、もじゃすけは寝ぼすけだったぞ!」

「もじゃすけさんがお寝ぼうさんなのは知っています。

 ですが人間に見付かれば私達はお終いです。十分に気を付けてくださいね」


 への字の言葉ももっともなので、もへ次はうむ、と頷いた。


 小人には敵が多い。友である家猫ねねこやカラスのカジロウは別として、自分達より大きな肉食動物のほとんどは自分達を餌と見る。家でもねずみやアオダイショウがいるため油断は禁物ではあるが、こちらは長年住んでいるため勝手が分かる。

 動物に捕まれば、食われてそれで終いだ。猫がいたぶり目的で興味を示すのがやっかいだが、それでも人間よりはましである。


 人間は恐ろしい。


 この家に住むハルのように、小人の味方でいてくれる人間もまれにいる。

 見かけても気のせいだと思い込んだり、黙って見過ごす人間もいる。

 それでも、狭いかごや瓶に閉じ込められて死ぬまで飼われたり、見世物として売られたりといった『人間に見付かった小人』の言い伝えは数多く残っている。

 人間は動物と違い、じっくりと頭を使い策を練る。一度存在を認めれば、巧みな仕掛けを施して捕まえるまで諦めない。その知能と執念が恐ろしいのだ。


「ま、もじゃすけは少々抜けた男じゃて、大丈夫じゃ!

 それよりも、ほれ姉さん、刃を三枚ももらってきたぞ! すぐに包丁を作るでな!」


 ごそごそともへ次が戦利品を取り出すと、への字の眉がハの字になった。心配なのは確かだが、やはり人間の作った品物は便利でとても具合がいい。


 納戸なんどで最も日当たりの良い窓ぎわの箪笥たんす。その上に置かれた桐の白木重箱の中がへの字ともへ字の家だ。白木の壁には小さな穴がたくさん空き、空気穴と窓の役目を果たしている。入り口には大きな穴がくり抜かれ、もへ字が木切れで蝶番ちょうつがい付きの扉を作って覆っている。


 もへ次は重箱下段の作業部屋に移ると、さっそく作業を開始した。

 ギィコギィコ、トンテンカンカン。

 にぎやかな音は上段まで届き、掃除や縫い物をしながらへの字はそれらを聞いて過ごした。


 やがて昼をだいぶ過ぎた頃、重箱の上段扉が開き、もへ次が風呂敷を背負って戻ってきた。


「ほうれ、完成じゃ!」


 ばらりと解かれた包みの中には、包丁が二本にさや付きの小刀が一ふり入っていた。


「前と違うて折れやすい刃じゃが、その分切れ味は素晴らしいぞ!

 持ち手を少し変えてみた。こっちが菜っぱ用、そっちが肉と魚用じゃ!」

「まあうれしい。ありがとうございます、夕飯の支度が楽しみです」


 にこにこ顔でへの字はそっと包丁の出来を確かめた。

 

「よし、そんならワシはここらでひとつ、ハルばあちゃんの様子でも見てくるとしようかの!」


 もへ次は小刀を手に取ると立ち上がって木くずを払い、


「あ、もへ次さ……」


 とへの字が呼び止めるのも聞かず、あっという間に消えてしまった。


「全くもう、せっかちさんですね」


 ほっかむりを整え直すとへの字は包丁を台所にしまい、洗濯物の乾き具合を確かめるため、紅玉の付いた護身用の待ち針を手に重箱の外へと出て行った。

 



「ほう! ほう! ほう!」


 うららかな陽気の中、もへ次はごきげんで小刀をふり回していた。やわらかな雑草の葉先をすぱんすぱんと切り捨てながら歩くのは実にゆかいな遊びだ。


「おおっと、あまり使うと切れ味が落ちてしまうな」


 もへ次は手ぬぐいを取り出すと汚れた刃先をぬぐって、さやを被せた。


「よーし、遊びは終いじゃ! どれ、ハルばあちゃんは畑かの!」


 ゴムまりが跳ねるような動きで、もへ次は畑まで移動した。

 よもぎ村は山間にあるため斜面が多い。畑もハルの家から少し下った場所にある。いつもは下るうちに背を丸めて畑仕事にせいを出す家主の姿が見られるのだが――。


「ややっ、おらん!」


 いったん足を止めると、もへ次はぽんぽんと跳ねながら辺りを見回し確認した。


「ふぅむ、畑におらんということは、出事でごとかのう……」


 今朝方のハルの姿を思い出す。出事であれば仕立ての良い服を着るはずだが、いつもと変わらぬ作業着だった。


「――山菜か」


 春の山は山菜の宝庫だ。ふきのとうにわらびに山うど、そういえばそろそろたらの芽が出ているころ。たらの芽の天ぷらはハルともへ次の好物だ。やわらかく風味の良いあの味……思い出したもへ次の喉がごくりと鳴る。


「こ、こうしちゃおれん! たらの芽! 天ぷら! 待っておれ!」


 慌ててもへ次は山の木々の中へと入っていった。

 


 春とはいえ日陰の中はまだまだ寒い。体が冷えないよう飛び跳ねながら向かうのは、ハルが持つ山の土地だ。山菜がたっぷりととれる場所があり、毎年そこでたらの芽も収穫される。


 もへ次がハルを気にするのは、何も暇潰しであったりたらの芽が目的なだけではない。ハルはもう数年もすれば八十だ。腰が曲がり手足を少し震わせながらも日々を元気に過ごしているが、いつ具合が悪くなるかは分からない。そのためもう十年も前から、もへ次はこうしてハルの傍についている。


「おや、ここにもおらんぞ?」


 やわらかそうなたらの芽もふっくらしたふきのとうも、いつもの場所にたっぷりとある。どれも手付かずの状態なため、もへ次は踵を返しかけた。

 と。

 ゴムまりのような動きがぴたりと止まり、もへ次は木の幹にしがみついた。そのままするすると上まで登り、じいっと目を凝らして辺りを見渡す。


 ――かすかにだが、うめき声が聞こえた。



 やがて。


 流れる川の窪みに目をやったもへ次は、その淵に引っかかるハルの手ぬぐいを目にしたのだった。


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