その一、ハルとマメ神様
その神様は、ハルが生まれるよりずっと昔からこの家に住んでいるのだと教わった。
『マメ神様』
家族は皆そう呼んでいた。祖母は毎朝神棚に供えるご飯とは別に、土間にある手作りの社にも、小さな椀や豆皿にご飯やおかずを乗せてお供えをしていた。
「いいかハル、マメ神様を決して捕まえちゃなんねえぞ。
金もうけやいたずら心で捕まえようとすんなら、そりゃあひどいバチが当たる。
もし見かけても、知らぬフリを通すんぞ。そんならきっと、ええことがある」
祖母にそうよくよく言い聞かせられ、ハルはこっくりと頷いた。
やがて、足がいよいよ悪くなった祖母に代わりハルがお供えをするようになり、そうしてそれは今でもハルの日課となっている。
一度だけ、マメ神様らしき姿を見かけたことがある。
戦争で物資が減り、ろくに甘いものが食べられなくなってしばらくの頃。
親せきのつてで砂糖をもらうことができたため、ハル達はお手玉を崩して中の小豆をかき集め、もちの無いぜんざいを作った。
「ああ……うんまい」
「甘いなあ……」
ため息をつきながらすすっているうちに、ハルは、
(あ、神様にもあげねえと)
と気付き、小さなお椀にぜんざいを注ぐと社の中にそれを置いた。
「マメ神様、ずっとたいしたもんあげられねえで、もうしわけねえです。今日は砂糖でぜんざいを作ったですから、どうぞめしあがってくだせえ」
手を合わせてそう言うと、ハルは残りをすすりに戻った。
その夜。
便所に行きたくなり目を覚ましたハルの耳に、
トトト……
と、小さな足音が部屋の奥から聞こえてきた。
(……ネズミだろうか)
初めのうちこそそう思ったが、よく聞くその音よりもずっと軽くて大人しい。
障子から月明かりが入るおかげで、少しばかり部屋が見える。
ハルは身動きしないよう気をつけながら、そっと目をこらしてみた。
――小さな小さな神様が、ぜんざい入りのお椀を二人がかりで運んでいた。
ハルは息を飲み、その姿に見入った。
表情こそよく分からなかったものの、神様達はとても嬉しそうな足取りだ。
(ああ、良かったなあ。マメ神様が喜んでくださった)
ハルはにこにこしながら安心し、その夜は便所を我慢して眠りについた。
そうして次の日社を覗くと、空になったお椀がちゃんと置いてあったものだから、やっぱり昨日見たのは本当だったかと、ハルは嬉しくなったのだった。
それから、七十年の年月が流れた。
* * * * *
山の冬はとても寒い。
起きるのと同時に小人の『もへ次』はぴょんぴょんと勢い良く跳ね回り、よくよく身体を温めた。しっかり動いておかないと、あっという間に凍えてしまう。
「うーさぶっ、さぶさぶ。
じゃが、ワシは負けぬぞ! だーっ!」
叫びながら、もへ次は着ていた着物をバッと脱ぎ捨て、ふんどし一丁になった。箪笥から手ぬぐいを一枚取り出すと、それを手に「うおおお」と叫び表に出る。
「いっちにぃ、さん、しぃ! ごぉ、ろく、しっちはーっち!」
大声でわめきながらごっしごっしと乾布摩擦をする。
一年365日、雨の日も風の日も雪の日も、この起床後のふんどし一丁での乾布摩擦が、もへ次の日課であった。
「よし、終いじゃ!」
気がすむまでごしごしとこすり、はあはあと息をきらして戻ってきたもへ次に、
「おかえりなさい、もへ次さん」
と、姉の小人の『への字』が白いかっぽう着にほっかむり姿で出迎えた。
「おつゆが冷めないうちにいただきましょう」
居候先のこの家では、小人のために毎日朝と夕方にお供えをしてくれる。それを への字が持ち帰り、こうして朝食としていただくのだ。
手を合わせて座り込んだちゃぶ台も、汁を入れた鍋も包丁も、それからお椀に箪笥まで、全てがもへ次の手作りであった。元々もへ次は器用なため、作れそうなものは何でも自分で作ってしまうのだ。おかげで二人の隠れ家暮らしはとても快適だ。
「うまいっ! 今日はハルばあちゃんのフキの煮付けか。いやあ、飯が進む進む!」
わっしわっしとふんどし一丁のまま米の粒にかぶりつき、新たに漬物を持ち上げたもへ次は、端がぶらんとつながっていることに気が付いた。
「あら、ごめんなさい。どうも最近、包丁の切れ味が良くないものだから」
恥ずかしそうに頬を染めてへの字が謝る。
「ううむ。ちょっと包丁を見せてくれんか、姉さん」
受け取ったカッター刃で作った包丁をじっくりと調べ、
「ややっ、刃こぼれしとる!」
と もへ次は叫んだ。
「切れ味が悪いだけならば研いでやろうと思っておったが、こりゃいかん! こんな物を使い続ける方が危険じゃ!
ようし、ワシがこの後ひとっ走りカッター刃の調達にでも行こうかの!」
「あまり危険な事はしないでくださいね、もへ次さん」
への字がハラハラした様子でたしなめる。
「だーいじょうぶじゃて! 今までたいした目にはあっとらんでな! これからもあわんて!」
がっはっはと笑い、もへ次はざくざくと残りの飯をかきこみ終わると、
「ごっそさん! では行くかの!」
と、さっそく身じたくを始めた。
たんすから作務衣を取り出し、身につける。頭をれんこんの柄の手ぬぐいでおおうと、後ろできゅっと引き結ぶ。口調こそ年よりくさいが、もへ次はまだ若い青年であった。
工具がじゃらじゃらと入った風呂敷を背負うと、
「それじゃあ、ちょっくらカッター刃を探してくるでな!」
と言い残し、ぴょーんともへ次は飛び出ていった。
「……無事に帰ってきてくださいね」
残されたへの字はため息をつき、大きな神棚のある方角に向かってそっと手を合わせたのだった。




