第29話 嘘だろ・・・?
気がつけば涙は床に池を作っていた。
この場所だ。高杉さんを見つけたのは。
微かな叫びをしっかりと感じ取った俺は死体の中に埋もれた生者を見つけた。初めて生きててよかったと時間できた瞬間だった。なのに、その生者は死者となって今目の前に横たわっている。結局、あの時俺が見つけなくても同じだったと言う事だ。いや、見つけなかったほうがよかったのかもしれない。もし見つけなかったら、仲間たちともはぐれる事はなかった。宮崎さんが死ぬ事もなかった。俺が見つけたがためにこんな事になった。俺なんかこの世に存在しない方がいいんだ。
「拓也!!銃をのけてくれ!!!」
顔を上げると、古賀さんが自衛隊員と争っているのが分かった。でも、今の俺に助けようという気はない。助ければよりいっそう事態は悪化する。
『助けない方が良いんだ。』
そう自分に何度も言い聞かせた。
「拓也!!早くしてくれ!!こいつに銃を渡しては・・・」
暗闇で必死に求める声を無視した。
『助けては駄目。助けては駄目。助けては・・・』
「いい加減にしろ!!!」
さっきとは比べ物にならないくらいの声で怒鳴られた。
「今、お前が必要なんだ!!早く銃をのけてくれ!!頼む!!」
その言葉はグサリと俺の胸に刺さった。
『お前が必要なんだ!!』
初めて人からそんな事を言われた。古賀さんは今俺が必要なんだ。俺が必要・・・。
だが俺が立ち上がったときはもう遅かった。古賀さんは蹴り飛ばされ壁に叩きつけられた。
立ち上がる男の手には銃が握られている。
「所詮、警察官はこんなもんさ。オマエらと俺たちは質が違うんだよ。覚えておけ、このカス!!」
俺を助けてくれた古賀さんを侮辱した。煮えくり返る怒りを俺は抑えらない。
気がつけば立ち上がって自動小銃を握っていた。銃口の先には当然、自衛隊員。
「や、やめろ、拓也!!銃をおろせ!!」
もう後戻りは出来ない。あとはこのトリガーを引くだけ。なのに出来ない。人差し指が動かない。俺の体が拒否をしているのか。いや、そんな事ありえない。
「どうした?やれよ、ボウズ!!俺を早く撃ち殺せよ!!」
なぜだ。トリガーを引きたいのに引けない。気がつけば訳の分からない涙を流していた。
「やらないならこっちからやってやるよ!!じゃあな、ボウズ!!」
「ヤメロォオオオオオオオオオ!!!!」
俺の人生もここで終わりだ。古賀さんが叫んでも止められない。そんなの効く奴ならとっくに銃を下ろしている。俺は覚悟を決めて目を瞑った。歯を食いしばって今から来るであろう、未知の痛みに立ち向かおうとした。
さようなら・・・・みんな・・・
銃声が部屋の中を轟いた。
撃たれた時の痛みとはこんなものなのか?苦しむ事もなければ撃たれた感覚もない。もしかして頭を打ちぬかれて即死したのか?ということは、ここはあの世?
とりあえず確かめるために目を開ける事にした。少しそれに対する恐怖が何とか開いた。だが目を開けたことによって恐怖が生まれた。
さっきまで俺を撃とうとしていた自衛隊員が血を吐いて仰向けに倒れているのだ。
俺はますますパニックになった。俺が目を瞑っていた、たった数秒間の間に何が起きたのか?
古賀さんを見ると、彼も動揺した様子で倒れている男を見ていた。
念のため、自分の辺りを見回したが薬莢は落ちていない。となると、どこからか誰かが撃ち殺した事になる。じゃあその誰かはどこにいて、俺たちを見ているのか?
「大丈夫か!?!?」
聞き慣れた様でどこか懐かしい声が耳に入った。亀裂の中からその人物は入ってきた。俺は思わず抱きつこうかと思った。その人物とは多田さんだったのだ。
「多田さん!!」
「拓也!!」
向こうから抱きついてきた。本当に逢えてよかった。古賀さんは苦笑いで俺たちを見ている。男と男が抱き合っている光景を見れば誰もがそのような反応をするだろう。
でも嬉しさでそんな偏見は気にならなかった。
「拓也!!離れろ!!」
亀裂から次々と入ってくる人。兄貴に祥平さん、それに国東さん。これで全員そろった。だが様子がおかしい。兄貴が言った言葉もそうだが、皆、抱き合う俺たちに銃を向けているのだ。
「早く離れるんだ!!何をしている!!」
「どうしたんですか皆さん?この人多田さんですよ?」
俺は念を押して言った。だが兄貴たちの体勢は変わらない。
「だから言っているんだ!!いいから早く!!」
俺は多田さんの顔を確認しようと体から離れた。
「なぁに?拓也君!!ふふふっ」
「うわぁあああああああああ」
逃げられなかった。見事に多田さんに右腕をつかまれた。
「助けてぇええええええ!!!」
俺が見た多田さんの顔。それはまさに滝ノ下と同じ不気味な笑みを浮かべた顔だった。
「逃げるなよ・・・拓也君。暴れなかったら悪いようにはしないからさぁあ、ふふふっ。」
皆、一斉に銃を構えなおした。
「おいおい、今この状態で撃てばこいつも死ぬぞ。さぁどうする?ふふふっ。」
祥平さんは微動だもせず、俺たちに向って発砲した。俺は思わず耳を塞ぎ、屈んだ。それと同時に今度は次々と銃声が聞こえた。俺は怖くて叫んだが、銃声でかき消された。
数秒後、銃声が止むと、自分の顔に何かが垂れてくるのが分かった。手で触って鼻に近づけた。
・・・血だ!!
振り返り、見上げると。そこには体に無数の穴があき、そこから血が吹き出ている多田さんがいた。笑みを浮かべたまま傷口を触っている。
「ふふふっ。面白い・・・俺に宣戦布告か?上等だ!!やってやろうじゃねぇか!!」
多田さんが銃を構えた時だった。放送が流れた。
『証拠隠滅作戦まであと5分。所員は直ちに避難せよ。証拠隠滅作戦まで・・・』
ロボットのような女の声。どこかで聞いた声と似ていた。
「クソッ!!まあ良い。目的は達成できた。」
するとポケットから赤い液体の入った注射器を取り出した。
「ありがとよ、拓也。これでSTを完成させる事が出来る!!」
いつの間に俺の血を取ったのか!?気づかなかった。
「じゃあな、諸君。君達とのゲームは楽しませてもらったよ。犠牲者が少なかったのが残念だが・・・。精々残りの5分。楽しんでくれ。ふふふっ。」
悔しかった。下水道で会った時から尊敬していたのに。俺の思いを捻り潰されたようで悔しい!!
「おい、どうなってんだ?何で多田さんが!?」
古賀さんは立ち上がり、叫んだ。だが、皆俯いて誰も応えようとしない。
少しキレた古賀さんはもう一度、力を込めて言おうとすると、祥平さんが叫んだ。
「俺たちにだってわからないんだよ!!そんな事、俺が聞きたいくらいだ!!」
嵐が去った後のように静けさが漂った。そして俯いた古賀さんは口を開いた。
「・・・・すまん」
なんなんだ?急ぐべきはずなのに喧嘩して。皆もうあきらめてしまっているのか?
「あぁ・・・こんなところで終わるなんてな・・・せめて地上で死にたかった。」
「ちょっと!!何あきらめているんですか!?!?まだ終わっていないでよ!!」
「お前も見ただろ?あいつ、体に何十発も被弾したのに普通に立って居やがった。普通なら死んでいるぞ!!つまり、あいつには銃は効かないってことだ。イコール、俺たちには倒せない。戦うだけ無駄だよ。」
愕然とした。あの兄貴の口からそんな言葉が出るとは思わなかった。
「兄貴の口からそんな言葉が出るとは思わなかった。見損なったぜ。お前なんかここでとっとと死んでしまえ。」
「待って、私達も行くわ。」
吾郎君を抱えた国東さんが自衛隊員の死体から銃を取った。
「俺も行く。」
古賀さんも立ち上がった。
「兄貴・・・やる前から無理だとか、無駄だとか、言うやつはただの糞だって教わらなかったのか?」
そう言い残し、俺は部屋から去った。
12月31日 午後11時57分
ミサイル発射、実験棟爆破まであと3分
生き残り 三井田拓也、山口士長、多田三等陸佐、多田巡査、古賀巡査、国東晴香、国東吾郎、(宮崎三等陸士、倉澤巡査)
あと7人(生死不明者 2人)
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