第26話 計画変更
・・・いい加減、肩が外れそうだ。
作戦司令室を出た、1人の人間をそれぞれ担ぐことになった俺と古賀さんは作戦司令室前通路を北に向った。エレベーターがある方向だ。
日頃部活で鍛えているから少しの間、人一人担ぐくらい大丈夫だろうと思っていたが、部屋を出て1分も経たずに息切れし始めた。
やはり6,70kgの体を背負うとなると手と肩にくる。走ることによって、一歩一歩地面を蹴るたびにその振動で重い荷物が揺れる。丁度両足が地面に付いた瞬間が最もつらい。
手に乗る重い荷物が俺の腕を一気に引っ張る。たとえるなら、誰かに腕を思いっきり引っ張られているような感じだ。
そんな苦しみを味わっている間に前を行く古賀さんとの差はだんだん開いていく。
直角に折れ曲がる廊下を右へ、右へ行くと、古賀さんはもう前方100m先くらいにある分岐点を左へ曲がっていた。
角を曲がるたびにこの長い長い廊下に溜め息をついていた。その息は俺の口から飛び出ると、白い水蒸気となって姿を現した。そういえばさっきから顔が冷たい。俺の中で唯一、外気に直接触れる部位だ。俺は顔に血を巡らせようと頭を左右に奮った。
「すまないな・・・・・・」
突然、申し訳なさそうに謝罪するこもった声と冷たい気体が後頭部に触れる。同級生の佐賀にはよく首元に軽く息を噴きかけられた。そのたんびに鳥肌が立ち、体を震わせる俺を見てよく笑っていた。まさにその時と同じように全身に鳥肌が立ち寒気が一気に俺を襲った。そんな俺に2次攻撃がきた。
「俺がこんな怪我を負ったばかりにこんな事をさせてしまって・・・・」
『やめてくれ〜!!!!』
心の中ではそう叫んだ。彼はわざとやっているのではない、というのはわかっていてもまるでわざとやられているように首元に冷たい吐息が命中した。
「本当に・・・すまない!」
どこか過激にリアクションしてふざけていた俺の心に何かが突き刺さった。その原因である肩にじんわりと広がった生暖かいものとは裏腹に、心に刺さった物は氷のように冷たく、俺の心までも覚ました。
悲しみ、悔しさ、憤り、さまざまな感情が伝わってきた。
彼は警察官でもあり、さらにその中で強靭な身体能力、精神力を兼ね備えた人物だけが入隊できるSAT隊に所属している。
だが、今・・・本来とは真逆の絵が今ここに存在している。
市民に警察官が助けられているのだ。俺としては当然、善意でやっている行為だが、この人にとっては、エリート部隊の一隊員として、警察官としてのプライドを踏みにじられる様な行為である。
ひょっとしたらこの状況で1番つらいのは、このSAT隊の人じゃないか?という思いが俺の中に唐突に生まれた。
そしてそれが正解だと言うかのように温かい液体が再び肩に滴り落ちた。
「本当に・・・すまんな・・・」
その潤んだ声を聞くと感情が込みあがってきて、俺の目にも涙が、まるで砂場で深く土を掘ったら出てくる水のようにじわじわと溜まり始めた。
でも両腕は塞がっている為、今は拭うことは出来ない。涙を隠すことが出来なかった。
そんな俺は、なぜか少しばかりスピードを上げて見せた。
「大丈夫ですよ・・・・・・こう見えても体力には自信があるんですよ。」
潤んだ声で、最後は何を言っているのか自分でもわからなかった。それは嘘だとさらけ出したようなものだった。
目の前が、涙でいっぱいになりモザイクがかった景色が上下左右に動いている。足が悲鳴を上げていた。そんな俺に終止符を打つ様に突き飛ばされた。
蛍光灯の光が散らばって見える俺の頭に鈍い痛みが走った。これまでに仰向けに倒れたことは何度もあったが頭だけに痛みを感じたことはない。
すべてがボーリングの玉に頭をぶつけた時の痛み、衝動と一緒だった。音は玉同士をぶつけた時の、軽いような重いような微妙な音がした。
頭を押さえながら、俺は体が接している面が不規則に凸凹していることに気がついた。
振り返るとすべてが分かった。
すぐにその場を退くも、もう遅い。そこにはマウスノウの葉型が残った足を抑え、激痛を堪えるように歯を食いしばっている様子のSAT隊員がいた。
自分の黒い靴を見ると靴底の縁に何か液体が付いている。指で触ると姿を現した。
・・・血だった。
知らぬうちに靴を傷口にぶつけていたのだ。
俺はどうすることも出来ないまま横に座って「すいません!!」、と叫ぶ。
SAT隊員は口を開けて何かを言おうと必死だが、あまりの痛みに声も出ない様子だ。
目の前に苦痛にもがき苦しむ人がいる。だが俺は何もしてやることが出来ない。
そんな自分の無力さに煮えくり返る怒りを殺すかのように強く拳を握った。
・・・この人もさっきまでこんな気持ちだったんだ。
初めて自分も同じような立場に立たされて気づいた。自分が何も出来ない苦しみはこんなにも誰かに踏みにじられるように、痛く辛いのか・・・。
不意に涙が流れ出した俺を、まるで嫌がらせをするかのように誰かが痛む肩を強く握って起こした。なぜか反射的に殴られると思った俺は、目を瞑り、歯を食いしばった。
肩を握った手が離れた。くる・・・!!
・・・だがいつまで経ってもこない。不思議に思いゆっくりと目を開けると、そこには古賀さんが居た。
「どうしたんだ?歯を食いしばって・・・」
俺の思い過ごしだった。そんな自分を思い返すと恥ずかしくなった。
「それより拓也!計画変更だ!!」
「えっ!?」
「残念だがエレベーターには行けない。向こうの通路がゾンビで埋まっていた。一旦出直すぞ!!」
愕然とした。エレベーターにたどり着くルートは向こうの通路を行くルートしかない。つまり俺たちはゾンビを倒すか、それらをまかない限り脱出できない。
「早く行くぞ!!奴らが来る!!」
後ろから今まで聞いた事のない、よく響く若そうな声が耳に入ってきた。
振り返ると、さっきまで床に倒れていたSAT隊員を軽々担いだ。その顔、体格は見るからに体育会系で陸自の迷彩服が似合っていた。でも一体誰なのだろう?
『宮崎さん・・・?』
古賀さんの背中に誰もいなかったことに気づいて心の中でつぶやいた。
「自己紹介はあとだ。早く逃げるぞ!!」
まるで俺の思ったことを察知したかのような言動のあと、宮崎さんは今まで俺たちが進んでいた方向とは逆に走り出した。
身軽になった俺は先を行く宮崎さんと古賀さんについて行った。
後ろには誰もいなくなった。そんなことから、ゾンビという恐怖に幾度となく襲われ何度も振り返っていた。
それは案の定現実となり、古賀さんと宮崎さんが飛び出てきた角から出てきた。しかも俺たちとあまり変わらないスピードで追ってくる。
「古賀さん!!奴らが・・・!!!」
先を行く2人は振り返ることもなくスピードを上げた。置いて行かれない様、自分自身も上げる。
再び振り返ると、さっきまで俺たちがいた場所は人肉を求め彷徨う屍で埋まっていた。皆、元が人間だったということを忘れ、うつろな目で口からよだれのように血をたらしている。
廊下は赤く染まっていた。
「拓也!!前を向け!!曲がるぞ!!」
進行方向に顔を戻すとすぐ目の前に角があった。古賀さんはもう曲がりかけている。俺はついて行った。すぐ次の角も曲がる。すると、さっきいた作戦司令室前の通路に出たのだが、こっちも奥にはゾンビの別部隊がこちらに向っていた。
先に行った宮崎さんは逃げる場所を見失い、同じ場所を忙しく回っていた。
宮崎さんは意識がまだ無かったので作戦司令室を知らないのだ。
「宮崎、こっちだ!!中に入れ!!」
俺と宮崎さんの中間にいた古賀さんが作戦司令室の扉を開けた。
宮崎さんより近くに居た俺は、先に部屋に入りヘッドスライディングするように床に倒れた。冷え切った床が、熱くなった筋肉を覚ましてくれる。
数秒すると、宮崎さんも中に入ってきて、隣にはSAT隊員が寝かされた。
『パスワードが違います。』
廊下とは逆に静かな部屋でロボットの声が響いた。古賀さんがドアロックするため、知るはずのないパスワードを、適当に番号を押して入力する。
「1、2、3、4、どうだ!?」
『パスワードが違います!!』
まるでその声は俺たちの士気を奪うかのように発せられる。
『パスワードが違います!!』
その時、扉が一瞬、微妙に飛び出た。扉を手ですがるように物凄い力で叩いてくる。
咄嗟に近くに居た宮崎さんが扉を背中で押すも、いつでも開きそうな勢いだ。
『パスワードが違います!!』
そんな俺たちに冷たく発せられる声。古賀さんはついに怒りを拳に込めた。
「畜生!!!」
その怒りの拳はパスワードを入力する機械へ向けられた。
『ドアロック完了』
「えっ!?!?」
まぐれでもすごかった。俺たちは喜びを隠し切れず、数秒間、現実を受け止められず、見つめあったあと抱き合った。
それからすぐ、ゾンビたちが扉を叩き始めた。もし、古賀さんがあんなことしていなかったら、今頃俺たちは化け物の晩飯になっていただろう。
「古賀さんはやっぱすげぇ〜や。」
「ホントだな。古賀さんは神様だ。」
「やめろよ2人とも〜〜・・・照れるだろ〜〜」
宮崎さんとからかうようにいうと、古賀さんは顔を真っ赤にして照れていた。分かりやすい人だ。
「お前拓也って言ったよな?」
「はい!」
唐突に聞かれ少し驚いた。名前を聞かれただけなのにと俺まで顔が熱ってきた。
「知っていると思うけど、俺は宮崎祐平だ。よろしくな!」
「よろしくお願いします。」
「っで・・・あなたが古賀さんでしたっけ・・・?」
「そうそう・・・よろしく。」
「宮崎です。よろしくッス」
次に宮崎さんはさっきまで担いでいたSAT隊の人に目を移した。名前を知らないのは俺たちもだ。続くように俺も彼に視線をもっていった。古賀さんも。
SAT隊の人は目を合わすとすぐに察知した。
「お、俺か?俺は高杉順平って言います。見て分かるかと思いますがSATに所属しています。」
「エリート特殊部隊じゃないッスか?かっくいぃ!!」
宮崎さんは見た目は立派で、自衛隊員特有の厳しい訓練を受けてきて得たものだろうか、何か内に秘めた怖さを感じさせる人だったが、ひとたび話してみると、どこか子供らしい部分か見受けられた。それを見た俺はなぜかホッとした。
「まったく話についていけないな。」
視線は熱く治安について語り合う2人に向け俺によって来た。
「そうですね。でもなんか・・・良いですよ。なんか今まで緊迫していたものが和らぐというか・・・こんな光景がずっと続いてほしいです。」
「俺も同感だよ。いつこの戦いは終わって、俺たちはあんな風にリラックスして語り合えるようになるのかなぁ?」
この戦いは終わるものではない。終わらせるものなのだ。俺たちの手で。
だが本当に終わらすことは出るのだろうか?ましてや今こんな状況だ。戦いを終わらせるどころか、脱出も出来ず爆破に巻き込まれて終わるかもしれない。
急に不安がこみ上げてきた。
それに追い討ちをかけるかのように、作戦司令室の片隅にある小部屋から鉄のような激しい音が響いてきた。
「誰だ!?!?」
12月31日 午後11時48分
ミサイル発射、実験棟爆破まであと12分
生き残り 多田三等陸佐、山口士長、宮崎三等陸士、古賀巡査、多田巡査、倉澤巡査、高杉巡査長、三井田拓也、国東晴香、国東吾郎
あと10人
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