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第25話 一瞬の別れ

更新遅くなって申しわけありません。

多田さんに呼ばれ、振り返ると、ピンクのドロドロとした液体の中に、紺色の物体が見えた。彼はそれを指差して言った。


「この人・・・お前の親父さんじゃないか!?」


俺は息が止まりそうになった。確かにマウスノウの正体は父さんだが、父さんの体そのものがマウスノウに変貌したのであって、マウスノウの中に父さんがいるとは思ってもいなかった。


父さんに会える!


そう思ったとたん気づいたら足が動き出し無我夢中で走っていた。


「見ろ!親父さんじゃないか?」


俺はその物体の目の前に来た。紺色の物体は服で、人がうつ伏せに倒れていた。

だが首を俺とは逆方向の多田さんがいる方を向いているため、この位置だと顔が見えない。


俺は道幅いっぱいに広がったピンクの物体を飛び越えた。


振り返ると、まさにあの交番でであった本当の滝ノ下三郎の顔がこちらを向いていた。あの時と同じ制服姿でピンクのドロドロとした物体に囲まれながら顔だけをこちらに向けて眠っている。


「どうだ拓也!?・・・親父さんじゃないか?」


「うん・・・父さんだ・・・」


確かに父さんだ。でもそれは嬉しいようで悲しかった。マウスノウの正体があの滝ノ下さんであってほしくなかったからだ。


「父さん・・・・・・目を覚ましてくれ・・・頼むよ!!!父さん!!」


父さんの目を覚まそうと大きな体を揺さぶっていると、歓喜あまって目から一粒の涙がこぼれた。


「父さん・・・死ぬなよ!!!」


もう父さんには一生会えない。そう思うと、前が見えなくなるほど涙がこぼれた。

そんな俺に向って誰かが口を開いた。


「泣くな・・・拓也・・・」


俺は一瞬、耳を疑った。この声は滝ノ下さんの声だ。急いで溜まった涙を服で拭うと、微笑んでいる父さんの顔があった。


「お前・・・よく頑張ったな・・・さすが・・俺の息子だ・・・」


父さんに『息子』と呼ばれ、滝ノ下さんは本当の俺の親父だと確信できた。


「父さん!!!」


溢れる涙を隠すように、仰向けになった父さんの胸に思いっきり飛び込んだ。

ずっとこのままで居たい、そう思っていたが、父さんがそれを避けた。


そして押し返した俺の右手を掴み、ポケットから出したものを俺の手の平の中に入れた。


「拓也・・・時間が無い。お前はここに居る皆と生きて脱出しろ。」


手を広げるとそこには赤いタグの付いた鍵と、白い液体の入った円柱の容器があった。


「その鍵は、LV.5の列車を動かす鍵だ。」


「こっちは・・・?」


俺はもう1つの容器の方をさした。


「それは・・・ウッ!・・・」


父さんは何かを言いかけたとき、急に腹を押さえて苦しそうに体を丸めた。


「俺の体には・・・マウスノウ幼体がいる・・・」


最悪だ。父さんは、外見は何の傷も見当たらなかったため、無事なのだと。一緒に脱出できると思っていた。

だが現実はこうだ。俺は神様を恨んだ。


「お前の持ているそいつを・・・化け物に振りまけ!!そうすれば幼体は溶けて死滅する。お前達は助かるんだ!!」


「でもそれじゃあ父さんも・・・」


「その前に、化け物が俺の腹から飛び出した瞬間に俺は死ぬ。だから、別にお前のその液体で俺が死ぬわけじゃあない。安心しろ!・・・あぁあああああああああああああ!!!」


父さんは軽く笑みを浮かべた瞬間、腹を今まで以上に押さえ、痛みに雄叫びをあげた。


「父さん!!!」


「拓也・・・ハァ、ハァ、ハァ・・・生きろよ!・・・絶対に・・・グァアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!!!」


最期の言葉の後、雄叫びを上げ、父さんから力が抜けた。同時に腹を突き破り、小さいながらも凶暴な口を持ったマウスノウが現れた。


まさに人間の赤ちゃんと同じように、産声と思われる鉄を引っ掻くような高い音を発していた。


まだ父さんの体からくっついていて、離れられないでいる。殺るなら今だ!


俺は容器の蓋を開け、液体をマウスノウにかけた。


すると幼体は金属を爪で引っ掻くような叫び声を上げ、もがき苦しみながら溶け始めた。

あまりに激しく動くため、死んだ父さんの体まで暴れている。その姿は見ていられず。俺はその場で泣き崩れた。


耳を塞ぎながら、これは夢だと何度も叫んだ。夢ではないと知っていながらも、そう言っていないとおかしくなってしまいそうだった。



そうしている間にマウスノウの声は小さくなり、最終的に消滅した。

俺は勇気を持って目を開いた。


目の前には白く溶け、腸がさらけ出された腹があった。


「お・・おやじ!?」


目を塞ぐ俺の後ろから兄貴の声がした。振り返ると、意識を取り戻し、肩を祥平さんに借りながら何とか立っている兄貴がいた。


「拓也・・・父さんと話、できたか?」


兄貴は父さんの無残な姿を見て涙1つ流さず、そんなことを聞いてきた。


「あぁ・・・できたよ・・・」


「そうか・・・多田さん。ミサイルは止められましたか?」


あんな災難にあっても兄貴はそのことを忘れていなかった。


「残念だが、マウスノウに機械が壊されて制御不能だ。もう逃げるしか選択は無い。」


「どうやって逃げますか?」


「お前の親父さんが教えてくれたよ。この下の階に脱出用の列車があるらしい。それを動かす鍵ももらった。」


「早く脱出しましょう!多田さん。」


父親の死を悲しむ様子を見せず、ただ、自分たちが助かる方法だけを探っている兄貴が無性に腹が立ち、この部屋から出ようとする兄貴の手を思いっきり掴んだ。


「待てよ!」


「なんだ?・・・拓也。」


「なんとも思わねぇのかよ!この父さんの姿を見て、何でそんなに普通でいられるんだ!?!?なぁ!?聞いているのかよ!!!」


「うるせぇ!!!」


そう言って俺の手を振り払った兄貴の目には涙があった。


「俺だってなぁ・・・悲しんだよ!!だって父親だぜ?悲しいに決まっているじゃないか。・・・でもなぁ今は我慢すべきなんだ。ここで感傷に浸っていると、どんどん時間がなくなってしまう。俺のせいでみんなの命を失いたくない!!だから・・・分かってくれ・・・拓也・・・」


俺は兄貴の姿がかっこよく見え、同時に今まで自分がしてきたことが、脱出の邪魔になっていることを気づかなかった自分に腹を立てた。


だが、今は腹を立てている場合では無い。俺は自分の頬を叩いて気合を入れなおした。


「生きましょう!」


俺はそう言って意識を失ったままの宮崎さんをおぶった。

みんな一旦集まり、それからこの部屋を出ようとした。その時、俺の耳に微かな叫びが聞こえた。


「た・・・す・・けて・・・くれ・・・・・」


俺は立ち止まり耳を澄ませた。


「どうした拓也?」


不思議に思った古賀さんが声をかけてきた。


「いや・・・今助けを求める声がきこえたような・・・。」


「んなわけないだろ。ここに生きている人間はいないよ。」


「そうですよねぇ・・・」


あきらめ再び歩き出すとまた聞こえた。今度ははっきりと。

俺は立ち止まり、どっちから聞こえてきたか頭で整理した。


「拓也またか?早くしろ。もう時間は無いんだぞ!」


俺はついに声の発信源を突き止めた。それは破壊された壁の向こう側だ。あのSAT隊の死体がある部屋から。


俺は宮崎さんを床に寝かすと急いで裂け目から、隣部屋へ移った。


「おい!古賀と拓也!!どうした!?」


先に部屋を出たやつらが俺たちを待っていた。


「拓也が・・・先に行ってくれ!後から行く!」


そう言って古賀さんもこっちにやってきた。


「臭いな、この部屋。血の臭いが充満している。・・・拓也、気のせいだって。」


本気にしない古賀さんを放って置いて、俺は死体を1体ずつ、鼻を摘みながら探した。

どれも無残にマウスノウによって、体の一部を引き裂かれた死体ばかりだった。

それでも目を凝らし探していると、1人微かに動く体があった。


「いた!!」


驚いたように古賀さんは寄ってきた。


その人は体のどの部分も残っているが、両足のふくらはぎにくっきりと歯型が残っていた。大量に出血もしている。


「たす・・けて・・」


様態を確認する俺の腕を力を込めて掴んできた。


「大丈夫ですよ!」


「たすけて・・・くれ」


何度もそうつぶやくSAT隊員を俺は担いだ。


「古賀さん、宮崎さんお願いします。俺はこの人を。」


「分かった。」


真剣な表情に変わった古賀さんは宮崎さんを、俺は怪我を負ったこのSAT隊の人を抱え、先に行った一行の元へと小走りで向った。


12月31日 午後11時43分 

        ミサイル発射、実験棟爆破まであと17分

生き残り 多田三等陸佐、山口士長、宮崎三等陸士、古賀巡査、多田巡査、倉澤巡査、三井田拓也、国東晴香、国東吾郎、SAT隊員1名                    

    あと10人


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