第22話 12月31日の真実
「拓也、お前あの夜のことを覚えているか?」
滝ノ下がニヤニヤしながら聞いてきた。
俺は覚えていない。強い眠気に襲われ、我慢できずにそのまま床に寝たところまでは記憶している。すると突然、痛みが頭を貫いた。
「痛い!!」
アイスピックのような、先が鋭くとがったもので頭を貫かれたような痛みが襲った。
その一瞬の激しい痛みの後も、同じくらいの痛みが持続した。頭をおさえられずにはいられない。
そんな様子を、滝ノ下は嬉しそうに見ていた。
「ふふふっ。ついにきたな。」
頭の中で見たこともない光景が、通常の100倍速くらいの速さで流れた。それと共に激しい頭痛が拓也を襲った。今度は、頭をプレス機にかけられているような、頭が押しつぶされそうな痛みだ。痛みを和らげようと、体のあらゆるところを、千切れるくらいの強さでつねったが、その痛みにも及ばず、まったく意味が無かった。ただ痛みに耐えるしかない!
「やめろ〜!!!痛い!!!痛い!!!!!」
心配して山口が拓也の頭を撫でた。今の自分にできるのはこれくらいしかないと思ったのだろう。
「拓也!絶対に死ぬなよ!!」
滝ノ下はその光景を見て、腕を組みながら不気味に大笑いしている。まさに悪魔だ。
「もうすぐ終わりだな。」
滝ノ下がそう言ったとたん、痛みは消えていき、頭に流れていた映像も切れ、元の視界に戻った。
「大丈夫か?拓也。」
兄貴が心配そうな顔で俺を見ていた。返答しようと思ったが、声が思うように出ず、とりあえず頷いて返した。
「よかった。」
そこへ滝ノ下が歩み寄ってきた。
「どうだ?思い出しただろう。ふふふっ。」
俺の頭にあの日の光景が浮んだ・・・
12月31日午前0時過ぎ 崎野交番
交番内には、外でゾンビが壁を叩く音、ゾンビの呻き声、そして滝ノ下さんのすすり泣く声が響いていた。
滝上さんが亡くなったのは悲しいが、いい加減、眠い。もう午前0時をとっくに過ぎている。二人には申し訳ないが、俺はその場で横になって寝た。
俺はここまでの記憶は初めからあった。
12月31日 午前1時 LV.3職員休憩室
俺が目を覚ますと、見慣れない光景が辺りに広がった。俺は病院の待合室にあるような、横長のソファーで横になっていた。
周りには人はいない。滝ノ下さんはどこへ行ったのだろう。
俺はまず上半身を起こし、両手を高くあげ、体を伸ばした。
「ふぅ〜」
一息つくと、ソファーから地面に足を下ろし、立ち上がった。
俺の正面には扉がある。他に出口はない。とりあえずそこから出ることにした。
それで、ちょうど一歩踏み出した時、扉の向こう側から銃声と悲鳴が聞こえた。
俺は反射的に、その場で頭を抱えてしゃがんだ。
「な、なんだ?」
しばらくすると銃声と悲鳴は共に止み、ゆっくりと立ち上がって、恐る恐るこのフロアから出た。
ここからは廊下が伸びており、数十m先で左に曲がっていた。
そして、その角を曲がると、小さなホールへとたどり着いた。
道はまっすぐと、右の二つがあった。左に扉があったがエレベーターらしき物があったが、他の階へ行く前にこの階を調べておいた方がいいと思い、俺はまず右に行った。
この廊下も、先で左へ廊下が曲がっている。俺はその小さな角から、恐る恐るその先を見た。
「なんだこれは!?!?」
そこには自衛官と思われる人たちが何人も倒れていた、地面と壁は血で染まっている。
そんな中、一番手前にいる、鉄パイプに串刺しになった二人はまだ生きていた。
上の自衛官は下を向き、下に居る自衛官は上を向いた状態で串刺しになっている。
「しっかりしろ・・・原・・・死ぬな・・・・」
上にのしかかっている自衛官が言った。下の自衛官はどうやら意識がなくなっているみたいだ。もしかしたら死んでいるのかもしれない。
それなのに、上の人はずっと声をかけていた。
「原・・・・・・・・生きろ・・・・・死ぬな・・・・」
俺はすぐに駆け寄った。
「大丈夫ですか!?!?」
「お・・おまえは・・・・?」
今にも死にそうだ。
「三井田・・・拓也です。」
「そうか・・・・頼む・・・このパイプを抜いてくれないか・・・・?」
そういってその自衛官は、背中から天井に向って突き出ているパイプを握った。
「駄目ですよ!抜いたらもっと出血して、自衛隊さんが死んでしまいますよ!!」
「自衛隊・・さんか・・・・俺の・・名前は・・・太田だ・・・太田さんて言ってくれ。」
「そんなこと、どうでもいいです!!俺、助けを呼んできます!!」
「やめろ!!!・・・・くっ・・・」
突然、大きな声で呼び止められた。
「ここに・・・味方はいない・・・・お願いだ・・・最期まで・・・一緒にいてくれ・・・」
その自衛隊さんの目からは涙が流れていた。
「わかりました。俺、ずっとここにいます。」
そういって俺は自衛隊さんの手を握った。
「ありがとう・・・・・」
太田さんは見た感じ30歳後半のどちらかというと、かっこいい方に分類させられそうな顔だ。顔は日に焼けて真っ黒だ。その色の濃さが、自衛隊の訓練のきつさを語っているようでもあった。
「拓也・・・俺のズボン・・・・の・・ポケットから・・・・・写真を取ってくれ・・ないか?」
そういわれて俺は、比較的きれいな迷彩柄のズボンのポケットに手を入れた。
すると、折りたためられた、つるつるした紙が手に触れた。
これにちがいない。
俺はそれを指で挟み、ゆっくりポケットから手を抜いた。・・・やはり写真だ。四つ折にしてある。
俺はこっそり、その折り目を広げた。
そこには笑顔でこちらを見ている女の人と、小学生くらいの子供が写っていた。
「それ・・・俺のかみさんと・・・・息子だ・・・・」
俺はビビッた。太田さんは下を向いた状態のままだったのにもかかわらず、俺が写真を見ているのにきづいていた。
なぜだ!?!?
よく見ると廊下に俺が紙切れを見つめる姿が、黒く映し出されていた。
「結婚しているんですね。息子さんは、太田さん似じゃないですか!?」
「嘘つけ・・・似ていな・・いぞ・・・・・」
その時、初めて太田さんの笑った顔を見た。いつも通りの笑顔ではないのだろうが、今出来る、精一杯の笑顔だ。
「嘘じゃありませんよ!だってほら、目とかそっくり・・・・太田さん?」
視線を、一度、写真に移してまた太田さんに戻すと、太田さんの笑顔はそこに無く、ぐったりと、下にいる自衛官の首の部分に顔をぶつけて眠っていた。
「太田さん?・・・・・まさか・・・・しっかりしてくださいよ!!ねぇ・・太田さん!!!」
俺は大きく太田さんの体を揺らしたが、目を覚ます気配がない。手には傷口から出た太田さんの血液がつき、真っ赤になった。でも今はそんなこと気にしている場合じゃない。太田さんが・・・。
「太田さん!!・・・・・・・・起きろよ・・・太田さん!!」
俺の目にはいっぱいの涙が溜まり、頬伝って流れていった。
俺は太田さんの首に手を当て、脈がないのを確認した。
太田さんは死んだ。これで今日、二人もの人の最期を見届けた事になる。
俺も死にたい。人の死を見届けるという、今の俺にとって、最もつらいことをするくらいなら、死んだ方が・・・。
「拓也!」
声のするほうを向くと、滝ノ下さんがいた。
「大丈夫だったか?」
俺は駆け寄ってきた滝ノ下さんに飛びついた。
「・・・どうした?」
ただ俺は泣いた。太田さんの死に泣いた。俺の涙で、滝ノ下さんの着ている制服はどんどん湿っていった。
すると、何か鉄の臭いがすることに気づいた。
滝ノ下さんの体から、顔を放すと、目の前にぽっかりと開いた穴が。そこから大量の血が今も湧き出している。
「どうしたんですか!?この傷!!」
すると滝ノ下さんはなぜか、傷口を手で隠した。
「なんでもない、ちょっと怪我しただけだ。それより早くここから出よう!!」
「そうはいかないなぁ。」
俺たちの前には全身を黒で統一し、完全武装をした部隊があらわれた。
「町を壊滅させたのはお前だな。」
隊長らしき人物が滝ノ下さんに向っていった。
俺は驚いた。崎野市に住む人たちをあんな姿に変えたのが、人間だと思いもしなかったからだ。
たとえ、人間がしたのだとしても、それは絶対、滝ノ下さんではない。
そう思いながら、滝ノ下さんの顔を見るとなぜか笑っていた。
「ふふ・・・・ふふふふっ・・・・ふふふふふふふふふふふ!!!!!」
部隊の10人が一斉にこちらに銃を向ける。
「なんだ!?!?!?」
「よくわかったな!!俺が犯人さ!!」
幻滅した。俺の中での心優しい滝ノ下さんは消え去り、悪の滝ノ下へと塗り変えられた。
「そうとわかれば話は早い。俺たちと一緒に来てもらおうか!!」
「それはできないなぁ。この事実を知ったやつらは抹殺しないと・・・。」
すると隊員たちの後ろから、体長3mくらいの大きな口を持った化け物が現れた。
隊員たちは体をぶるぶる震わせながら銃口をその化け物に向けた。
「なんだこいつは!?」
次の瞬間、化け物が巨大な口を開け、二人の隊員を飲み込んだ。
「うわぁあああああああああ!!!!!!」
「撃て!!!」
『バババババババ・・・・』
銃声が廊下を響き渡り、薬莢が地面に次々に落ちていく。それと共に、また一人、また一人と、隊員が化け物の胃袋に収まっていった。
俺は逃げようとするが、手に力が入らず立てない。
そうしている間に、気がつくと隊員はあの隊長らしき人物、一人になっていた。
「くそっ!!」
どうやら弾も底を突いたらしい。自動小銃を地面に叩きつけた。
「来いよ!この化け物!!!」
俺はその隊員を止めようと、叫んだ。
「やめろ〜〜〜!!!!」
だが遅かった。その隊員は頭から化け物の口の中に入り、ちょうど腰の部分で噛み千切られた。
おびただしい血と共に、下半身が地面に落ちた。
もう目を背けられずにはいられなかった。
結局、10人居た隊員は皆、化け物の胃袋の中へとおさまった。次は俺たちの番だと思って、怖くて目を瞑っていると、突然腕に、針のようなものが刺さった。
目を開けて確認する・・・俺の腕には注射針が刺さっていた。
「お前の記憶も消し去らないとなぁ・・・」
そして、目が覚めると朝になっていた。
すっかり、夜の記憶は消された状態で・・・。