第19話 友殺し
「こいつ相当な三日坊主だな。初めの方は数ヶ月とびで書いてある。」
俺も思った。しかし、休暇が近づくに連れ日記の回数が増えている。とても家族が大事で大好きなのだろう。
『・・・・もしかして?』
「この日記の主はあいつだな。」
兄貴も俺と同じ事を考えていた。二人が見た先にあるものは、あの右腕が切断された死体だった。
俺が推測するシナリオはこうだ。
初めこの部屋にいて高橋と同じような化け物に襲われ、一時は気を失うも、また意識を取り戻しこの部屋から出ようとしてノブを握ったところで息絶えた。
とても惜しい話だ。あと二、三日事件が起こるのが遅ければ、この人は生きていたかもしれない。家族と再会できたかもしれないのだから。
この人が何より悔しいのは家族に会えなかったという事だけだろう。
「さぁ拓也、黙祷しよう・・・・・・・。」
俺達は八人の死体に向けて行った。この人達の悔しさを胸に俺たちは生き残り、悪を倒さなければならない。絶対に倒してやる!そう心の中で誓った。
「行くぞ。拓也。」
二人がちょうど部屋から出ようとした時、急に下の方からこもった声が聞こえた。
「・・・・待って・・ください・・・・・。」
その後に呼吸をする音が。海でダイブしたときの、ボンベから空気を吸う音と同じだった。
二人が下を見ると死んでいたと思っていた、あの日記の持ち主が、残っている左腕で残っている力を振り絞り、必死に床を叩いて合図していた。
「大丈夫ですか!?・・・・・千草さんですか?」
兄貴が優しく聞くと、一旦、空気を吸い答えた。
「そうです・・・・早く逃げて・・・ください・・・化け物は・・・・・すぐそこに・・・・。」
そう言うと、どこか遠くから、まるで俺たちの話を聞いていたかのように、化け物の雄叫びが響いてきた。
それを聞くと、千草さんは力が抜けたように目を瞑って動かなくなった。
「千草さん!!!しっかりして下さい!!!拓也!脈計れ!」
そう言われ、俺はまず、千草さんの左手から黒い手袋を外し、手首に手をやった。
すごく冷たい手だ。こんなに冷めた手を握ったのは初めてだ。
・・・脈はない。やはり、もう死んでしまったのか?もう一度、軽く手首を押さえると、ゆっくりながらもドクッ、ドクッっと脈をちゃんと打っていた。千草さんは必死に生きようとしている。
「拓也、どうだ!?」
「大丈夫!ちゃんと脈、打っているよ。」
それを聞くと兄貴の顔はほぐれた。そして兄貴は、意識がない千草さんの左腕を自分の左肩に掛けて、千草さんを負ぶった。
「ちょっとガスマスクが痛いな・・・。」
千草さんの装備しているガスマスクの口の辺りにある、硬い突起物が兄貴の首に当たっていた。
「拓也、嫌かもしれないが、そこのドアノブを握っているこいつの腕を取って持っていてくれないか?」
開いた口がふさがらなかった。胴体にしっかりつながった腕なら手で握れるが、胴体につながっていない腕を握るとなると、どこか抵抗がある。それにしてもこの腕を、一体何に使うのだろう?
俺はドアノブを握った手に触れようとゆっくり伸ばして、指先で触れた。そのちょっとした振動で、ぶらさがった腕が揺れた。もう耐えられない。
「頼む、取ってくれ。」
俺はもう一度触れた。こっちの腕も冷たかった。右手で腕を掴み、左手でしっかりとノブを握った手の指を一本ずつ離していく。意外に固く、離すとき何度も骨が鳴っていた。
ようやく腕を取ることができ、部屋から出た。
「兄貴・・・この腕・・・・どうするの?」
腕を片手で握り、呆然と立ち尽くしながら聞いた。
「いや・・・やっぱり起きて自分の切れた腕が無かったら嫌かな、と思って。」
微妙な答えだった。その腕は千草さんの背中に紐で巻いてくっつけた。
俺は倉澤さんのことが気になり廊下の奥のほうへと視線を移動させた。
すると、前隣の『特殊部隊員宿舎3』の前で倉澤さんがひざまずき、顔を下に向け涙を流していた。扉が半開きになっている。
俺はゆっくりと倉澤さんのほうへ歩いた。それに気づいた兄貴も俺のあとについてきた。
「倉澤さん・・・どうしたんですか?」
そういって倉澤さんがひざまずいている方向に目をやると、部屋の中にはさっきと同じように残酷な死体があらゆるところに横たわっていた。その中で一番目に付いたのが、中央の奥で、仰向けに倒れている特殊部隊員だ。頭にはナイフが刺さっていた。
「俺・・・・殺っちまったんだ・・・・・」
涙声で倉澤さんは言ってきた。見た感じ誰を殺したのか分かっていたが、念のため聞いた。
「誰をですか?」
「殺っちまった・・・・俺・・・・殺っちまった・・・・ゴメン・・・・・」
俺の言葉なんぞ聞いてなかった。倉澤さんはおかしくなっている。
そんなに熱くもないのに汗は体中の汗腺から次々と噴出し、今まで雨が降っていたみたいに、汗が床へ滴り落ちていた。
それなのにまるで寒いところにいるように、顔をガクガクさせ、体を震わせ、両腕で自分を抱きしめて体を縮まらせている。
「俺・・・・死刑だ・・・・・。」
そう言って近くにおいてあった銃をとり、引き金に震える手を掛けた。
目はうつろで誰かに操られているようだった。
「・・今から死刑を実行します・・・・・」
「倉澤さん!!!やめろ!!!!!」
『パァーン!!!』
俺が叫んだと同時に薄い白い煙が俺の前にかかった。薬莢の臭いが俺の鼻をつく。
倉澤さんは床に倒れた。隣にはなぜか千草さんを負ぶった兄貴がいた。
「自殺しようなんて、100年早いんだよ!!!このクソヤロォ!!!」
そう怒鳴っているのは兄貴だ。倉澤さんは生きていた。動いている。
それにしてもなんで助かったのだろう?銃弾が反れたのか?
「なぜ止めた!?」
「なんでお前がその行動に出たのかは知らないが、自殺なんてみっともない死に方すんな!!!」
どうやら兄貴が止めたらしい。兄貴に力ずくで止められ、怒鳴られ、倉澤さんは元に戻るかと思ったが、起き上がって俺たちに見せた表情はさっきと変わっていなかった。
「自殺が駄目なら・・・・俺を殺してくれ・・・」
そう言って俺の手に銃を握らせた。引き金に指を置かせた。
「拓也・・・・俺を殺してくれ・・・・殺してくれ・・・・・」
この人は自分が何を言っているか分かっているのか!?!?
「どうしたんですか!?倉澤さん・・・。目を覚ましてください!!」
倉澤さんはまともに立っていられないのか、中腰でふらふらしていた。
「早く・・・・・・俺を・・・・殺せぇええええええ!!!!!!」
突然声が大きくなったことに驚いて、つい引き金を・・・・
『パァーン!!!』
引いてしまった。倉澤さんはそのまま床に倒れこんだ。
俺は・・・・人を殺してしまった。俺は・・・。
すぐに兄貴の大きな拳を頬にくらった。
「拓也・・・なんて事を・・・・・足だからよかったものの、もし頭とか心臓に当たっていたらどうするんだ!!!」
兄貴に初めて本気で怒られ、初めて殴られた。倉澤さんの右足の太腿からは出血していた。紺色のズボンが血と重なり、黒くにじんでいる。
「なんですぐに引き金から指を離さなかった!?!?なんですぐに銃を捨てなかった!?!?これ以上、怪我人を増やして・・・・」
「もうやめてください!!!!」
兄貴が俺に怒鳴る横で倒れた倉澤さんが兄貴に怒鳴った。
「拓也のおかげで、ようやく目が覚めました。俺が・・・・バカだったんです。殴るなら俺を!」
俺は気がつくと涙が流れていた。怒られて泣いたのは初めてだ。兄貴は血が出るくらい強く握った拳をゆっくりとしまった。
「・・・・・どうして泣いていたんだ!?!?」
倉澤さんは痛めた右足にできるだけ体重をかけないようにして立ち上がり、言った。
「俺は・・・・親友を殺してしまったんです。あそこに倒れているのは・・・俺の同僚で幼なじみの親友なんです。俺がこの部屋に入った時、ベッドの上で血だらけで倒れていました・・・・・
12月31日午後9時59分 特殊部隊員宿舎3
「ひどいな・・・」
俺はベッドに血だらけで横たわる七人の死体を見ていた。
奥の勉強机のようなところには武装した死体が一体、壁にもたれて死んでいた。拳銃を構えゆっくり近づく。
床には這いずったような血の跡が残っていた。それを辿るように近づく。
やつは死んでいた。
防弾チョッキを貫通し大きな穴が胴体にあいていた。臓器が見えている。
手には何か持っている、なんだろう?
俺は取り上げた。写真だった。これは・・・・俺との・・・
「お前・・・・恭平か?」
聞いても当然、答えは返ってこないが、顔を見るとやはり恭平だった。
「・・・ウゥウウウ・・・・肉ゥウウウ」
後ろを振り返るとさっきまでベッドで死んでいたやつが手を前にあげ、人肉を求め俺に近づいてきた。咄嗟に銃を構え発砲した。
『パァーン!!パァーン!!!・・・・』
体のあらゆる部分に穴があき、中から血が噴き出した。次々、ドミノのようにゾンビが倒れていき、最後の一体。
見事、眉間に決まった。銃弾は脳を貫通し、後頭部から血が噴き出して倒れた。
銃を握る両手、両腕が震えた。
「俺・・・・初めて人を・・・・」
ゾンビといっても外見は人間だ。俺は普通に生きていた人を殺したように思え、震えはやがて体全体に伝染していった。
銃をホルスターに直そうとした。
その瞬間、後ろから襲われた。俺は勢いで床に倒れ銃を放してしまった。高く上がり閉めきった扉にぶつかり、音をたて床に落ちた。
俺を攻撃したやつは誰なのか!?
振り返ると、恭平がいた。腹から飛び出た腸をぶら下げ、無表情で俺のほうを見ている。
あの親友の恭平とは思えない。恭平は勢いよく俺の首に飛び掛ってきた。
俺は必死に恭平の顔を両手で抑えた。いつもの恭平からは想像もつかない表情で大きく口を開け、俺の肉を喰おうとしている。
だんだん疲れてきて、つい心の中で弱音を吐いた。
『もういいか・・・・他人に喰われて死ぬより、恭平に喰われて死んだ方がましだ・・・・』
恭平の顔が、大きな口が近づいてきた。その時、恭平のズボンの後ろポケットに刺さったナイフを見つけた。やっぱり死ぬのは嫌だ!!しかし、今、片手を離せば確実やられる。でもやらなければやられる。
決心した。俺は力を振り絞り勢いよく手で顔を押しのけ、蹴り飛ばして、ポケットからナイフを抜いた。どこかで握ったことのある感触だった。
恭平は壁にぶつかり床に倒れた。そしてまたゆっくりと立ち上がってこっちに向ってきた。
俺はナイフを強く握る。
「恭平・・・・すまない!!!」
俺は思いっきり恭平の頭めがけてナイフを突き刺した。
恭平はまだ口をパクパク動かしている。まだ死なないのか!?俺はナイフを押し込んだ。すると恭平は床に倒れこみ、動かなくなった。
仰向けに倒れた恭平に刺さっているナイフの柄の部分を見て俺は気づいた。
「あのナイフは・・・・・!!」
俺があいつの誕生日にプレゼントしたペーパーナイフだった。
俺は俺が親友にプレゼントした物で、親友を殺してしまった。
こんな事、俺には耐えられなかった。」
「それでか・・・・。」
兄貴はそのあとの言葉につまり、俺も倉澤さんにかける言葉が見つからないまま、しばらくの間、沈黙が続いた。
『親友が親友を殺す。』
俺には考えられない。というか考えたくもない。俺の親友、隆一は今、どこで何をしているのだろう・・・?
12月31日午後10時30分沖縄県那覇市 羽島家実家
午後のニュースをお伝えします。今夜10時前、政府専用機が那覇空港に到着しました。中には黒崎首相を初め、内閣の閣僚10人ほどが降り立ちました。その後、閣僚達は県庁に赴き、先ほど緊急非常事態対策本部を立ち上げました。
今回の異例の事態について黒崎首相は一切コメントしませんでした。
沖縄県各地ではこの事態で暴動が起き、負傷者があいついでいます。そして、今、暴動がいつ起きてもおかしくない那覇空港に小室さんがいます。小室さん。
はい。こちら那覇空港です。今はピークを越して人がかなり少なくなりましたが、未だに警察、自衛隊による空港内の厳重警備は続いています。
『早く飛行機動かせよ!!・・・早くしねぇとぶっ殺すぞ!!!』
『君達、やめなさい!』
え〜っと、今、警察官、自衛官と20歳代の男性5人が言い争いを始めた模様です。
小室さん。そちらでは今までに負傷者は出ていますか?
いえ、こちらではまだ・・・
『お前、やめ・・・・』
『パァーン!!!』
『キャーー!!!!』
えぇ・・・・・ただいま、5人グループの男一人が、警察官の拳銃を盗み、警察官に向け発砲した模様です!!!銃撃戦が始まりました!!!!!
小室さん!!早く逃げて!!危ない!!!
・・・・・映像が切れた。
えぇ・・・今、大変なことがおきてしまいました。一旦CMです。
「こえぇなぁ・・・・。父さん。おじさん今、那覇空港に出動しているんでしょ?大丈夫?」
「・・・・・隆一・・・あいつは死なないよな?」
「きっと大丈夫だよ。おじさん強いからね!それに、俺とキャッチボールしてくれる約束だからね!!あぁ〜早くおじさんの剛速球、受けてぇ!!!」
俺はそういいながら風呂へと向かった。
さっきは、おじさんはきっと大丈夫、と言ったが、実際のところ、そんなこと思っていなかった。さっきニュースでは警察官に向けて発砲したと報道した。しかもその後に悲鳴が聞こえた。二つが意味しているのは、警察官がその銃弾を受けたってことだ。それぐらい、バカな俺でもわかる。
おじさんは本当に大丈夫なのか?不安でゆっくり風呂につかることもできず、5分足らずで上がった。リビングでは父さんがリモコン片手にソファーに座り、テレビを見つめていた。
ちょうどその時、画面の上に『ニュース速報』という文字が出た。ニュース番組中だが、ちょうどコマーシャルの時間だった。
『那覇空港内で若者5人が警察官と自衛官と銃撃戦を繰り広げた事件で、先ほど、奪われた拳銃で撃たれた羽島豊巡査部長の死亡を確認。その他、警察官5人、自衛官7人、民間人3人が重軽傷を負い、病院で手当てをしている。若者5人については先ほどその場で逮捕した。那覇警察署で取調中。』
羽島豊巡査部長・・・・おじさんだ!
「嘘だよな・・・・・豊かが・・・・・・・殉職・・・・・!?!?!?」
父さんは突然、気絶して倒れてしまった。
「父さん!!父さん!!!しっかりして!!母さん!!!!」
12月31日 午後10時30分
ミサイル発射まであと1時間30分
生き残り 多田三等陸佐、山口士長、倉澤巡査、後藤巡査、古賀巡査、多田巡査、千草巡査、三井田拓也、松尾泰造、国東晴香、国東吾郎
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