第1話 脱出
「拓也・・・今日からはお母さんの言うことをよく聞いて、勉強頑張るんだぞ!じゃあな。」
「待って!お父さん!どこ行くの!ねぇ・・・・お父さん!!」
12月30日AM11:00
『起きろ!拓也!何時だと思ってんだ!早くしないと・・・。起きろ!・・・』
ようやく目覚ましを止めた。時計を見るともう11時。昨日は朝3時ごろに寝た。ということは7時間かぁ。・・・眠たい・・・。
最近よくこの夢を見る。顔が見えない父さんが俺と別れる夢だ。俺は母さんと弟の、母子家庭だ。俺が小さい頃に父さんと別れて女手一つで俺たちを育ててきてくれた。そんなわけで俺は父親というものを知らない。父親代わりの母はいつも仕事で、授業参観や運動会、卒業式、入学式・・・数えれば山ほどあるが、学校行事に来てくれたことなど一度も無かった。行事があるたびに、父さんが居たら・・・と1人でつぶやいていた。
今日も当然、母は仕事で居ない。弟は祖父母の家に泊まっている。長期休暇恒例のことだ。という訳で、この家には俺1人しか居ない。
ようやくベッドから起き上がると大きく背伸びをした。そして一言。
「寒っ!!」
温度計を見ると『9℃』の文字が。慌てて椅子の背も垂れたれにかけてあったジャンパーを羽織ると、一晩で冷え切った掌を摩りながら1階へと降りていく。
階段の途中で窓があり、そこからは家の前の閑散とした通りが見渡せる。そこから見えた光景に拓也は足を止めた。
いつもなら車が行きかい、騒音を住宅街に撒き散らしているのだが、数分その場でボーっと通りを見ていたが1台も通らない。人も車同様、皆無だった。
「今日は何かあるのかぁ?」
このままボーっとしていたかったが俺の腹が悲鳴を上げ始めた為、1階に降りて 遅すぎる朝食を摂ることにした。いつも母は忙しい中でも朝食を作り置きしていてくれている。今日もラップで覆われたおにぎりが3つ、テーブルの上に置かれていた。
時計の秒針が無造作に回っている音が部屋に響いている。
あまりの静かさに少し孤独感を感じた俺は、何か音を求めてテレビの電源スイッチを押した。灰色の画面に横線が動き、雑音が響く。いつもなら映るチャンネルも映らない。テレビ局も年末だから休みか!?
そんなはずはない。テレビ局にとっては、年末こそ視聴率が稼げるチャンスだ。どのテレビ局もこの時期になると、特別番組をする。それなのになぜ・・・?
すると突然玄関の方から物音がした。
『ニクゥウウウウ・・・』
玄関の扉を叩く音と、『ニク』と呻く声が聞こえた。
誰かの悪ふざけだろうと初めは無視していたが雑音はとどまることなく、逆に大きくなるばかりで、常識の超えた悪ふざけに俺は怒り、玄関に仁王立ちした。
「うるせぇえええええええ!!!」
扉の向こうでは人間達が不気味にうごめいている。どうやら本当に悪ふざけだったようだ。俺が少し脅しただけで奴らは速やかに退散して言った。まったく最近の連中はおかしいやつばかりだ。
俺はリビングに戻り、椅子に座るとラップをはずし、冷たいおにぎりを口いっぱいにほおばった。雑音しか発さないテレビを消し、隣の椅子の上に置かれた新聞を取り上げ、目を移した。見るのは当然テレビ欄。それ以外は興味なし。だが、生憎今日は面白そうな番組が無く、落胆した拓也は新聞をテーブルの上に散らかした。
だが、やはり寂しい。丁度表紙が上になって置かれた新聞に再び目を通してやることにした。テレビ欄以外のところを見るのは受験以来だ。昨日発覚した汚職事件で一面を飾られ、面白みを感じなかった俺は次々に飛ばして、流し読みをしているとあるところで目が留まってしまった。
『人体再生
人間が死なない日が来るかも知れない・・・!?』
アホかと思い新聞を閉じたときだった。ふと外に目をやると目があってしまった。一瞬固まる俺。庭にヘルメットを被り、黒のジャンパーを着た、郵便配達のおっさんが不気味に立っていた。一体そこで何をしているのかと思いながらも俺は言った。
「ポストは向こうですけど。」
その言葉に何故か郵便局員は不気味に微笑み、次の瞬間、ガラス戸を頭で叩き割った。
物凄い音とともに床に散るガラスの破片。反射的に両足を床から上げた。
「何すんだよ!!!」
まだ微笑んだままの郵便配達員は、割れた部分から身を乗り出し家に侵入してきた。
ありえない光景だ。なんか今日はいつもと違う!俺はリビングにおいてある素振り用のバットを構えた。
「うぅううううう・・・」
郵便配達員はゆっくりと立ち上がると、よろよろと手を前に出し近づいてきた。
顔は白く、口からは血がたれていた。右足のふくらはぎは何者かによって喰いちぎられ、白い骨らしきものが見えている。思わず目をさらしたくなるような凄まじい傷に鳥肌を立てるが、バッドを握り締める拳に力を入れた。
「来るな!来たらバットでお前を殺す!」
しかし、郵便配達員は聞こえていない様子で一切止まろうとしない。
俺はいつもの半分の力で、横腹めがけバットを振った。
普通の人なら激痛で立っていられないはずだが、こいつはビクともしていない!
俺は今度は腰めがけ振ったがまたもさっきと同じ反応を見せた。
もうあそこしかない!俺は骨が剥き出しになったところに全力でバットを振った。
『グシャッ!』
見事バットは命中し、おっさんの足がちぎれ、床に倒れこんだ。
「気持ち悪!!でもこれで・・・」
「うぅううう・・・」
まだ生きていた。床を這いずりこっちに向っている。こいつは人間じゃない!
窓からはまた何人か俺の家に入ってこようとしていた。
もうここは危険だ!逃げなければ!!
キッチンの横に勝手口があることを思い出した俺は、ジャージ姿で血のついたバットを握り、健康サンダルを履き、外へ脱出した。
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