第17話 兄の存在
古賀さんは涙を拭って拓也に、村岡が耳元で囁いた言葉を書いた紙を手渡した。
「これ・・・・本当か分からないけれど・・・村岡が拓也に・・・って・・・」
紙を広げるとそこには驚きの事が書かれていた。
「そろそろ皆さん、行きますか?」
その事実には自分が関係していることを知るすべもない山口さんは、拳銃を2丁のうちまず、1丁をホルスターにしまい、皆に言った。
「そうだな。皆、準備を・・・。」
多田さんの話をさえぎり、拓也が割り込んだ。
「山口さん。」
皆いっせいに拓也を見た。多田さんは自分の話の途中だったためちょっと物をいいたげな顔をしている。
拓也は嘘だと思ったが、事実をすぐに確かめられずにはいられなくなった。
「これ嘘ですよね。『山口は拓也の実の兄』って。」
山口さんは手に持っていたもう一丁の拳銃をホルスターに仕舞いきれず落とした。
ちょっと俯いたまま口を閉じた。言おうか、言わないか悩んでいる様子だ。
「本当・・・・なんです・・・か?」
「俺の前の名前は・・・・」
やっと口を開けたと思ったとたん、また閉じてしまった。
「古賀・・・代わりに言ってくれ。」
山口さんは拓也とは一度も目を合わさず、そう言い残して体育館の出入口の階段に座った。
「実は・・・山口さんの前の苗字は滝ノ下だったんだ。」
「山口さんは拓也君の実の兄だ。」
みんな動揺した。誰も山口さんが拓也の兄なんて思いもしていなかった。同級生の国東さんと死んだ村岡さん以外は知っていたが。拓也は紙に書いてあることをただ確かめたくて、冗談と思い確認のつもりで言ったが、事実だった。
山口さんは皆に背中を向けたまま語りだした。
「オヤジと母・・・・さんが離婚したとき、俺はオヤジに引き取られた。というか自分から行った。あの女が浮気したんだ、他の男と。当時お前はまだ2歳だった事もあって、俺とは別に母さんが引き取った。
それからはあの女とは一切連絡を取らなかった。向こうからきても無視していた。
下水道で拓也と会ったとき、すぐに弟だと分かったよ。俺とオヤジが家を出たときより何倍も成長したお前の元気そうな姿を見られて本当にうれしかった。でもお前は当然のごとく俺が兄貴だとは気づいていなかった。すぐに話そうと思ったが、もう俺のことが記憶に無いのならそのままでいい。無理に教えるとややこしくなるかもしれないと思った俺は、こみ上げる思いを必死に我慢した。でも・・・村岡のせいで水の泡になってしまったな。あいつと俺と・・国東は同級生なんだ。学校で二人にこの事喋ったのが間違いだったな・・・。」
「でもお前の苗字は山口で、拓也の苗字は三井田。オヤジの苗字は滝ノ下なんだぞ。なんで苗字が違うんだ?」
多田さんが聞いた。
「親戚に引き取られたんだ。親父は俺が自衛官になろうとしたら猛反対した。警察官の息子なら警察官になれと。それで俺は家を出て、親戚に養子として引き取ってもらった。」
「それだけで?」
「いや、一番の理由は親父の帰りが遅いって事で、親父の姉さんが心配していて、俺がオヤジの家を出る前から俺を引き取る予定だったらしい。それ以来、親父とは会わなかった。手紙は何回か書いたが・・・。どうせあっても、自衛官なんぞ俺の家には入れん、とか言って追い帰されただろう。本当、わからずやの親父だよ。」
「それは違う!」
拓也のなかで一つの記憶がよみがえった。
7年前 12月24日
今日はクリスマスイブ!!プレゼントは何かな・・・・!?!?
そんな気持ちで、駆け足で拓也は家へと帰っていた。当時小学3年生。
「拓也、クリスマスプレゼントもらった?」
彼は羽島隆一、拓也と同じ当時小学3年生。野球仲間だ。
「俺まだ。隆一は?」
「俺も。新しいグローブほしいなぁ。もらえっかな?」
「さぁあ。」
拓也はそんな話より、クリスマスプレゼントは何か、ということで頭の中がいっぱいだった。
「つまんねぇ返事。じゃあな、また今度な。」
気がつけばもう家の前にいた。隆一はあきれてもう行ってしまった。
うしろ姿に手を振り玄関へ向かった。
「ただい・・ま・・・あれ、いないのか?」
玄関の鍵が閉まってあった。でもそんな珍しいことではない。どうせ近所のスーパーで買い物をしているのだろう。いつもランドセルのポケットに裏鍵を入れていた。今日もいつもと同じように・・・が、鍵が無い!どこにも無い!!!
そういえばちょうど昨日、玄関の鍵を開けて、鍵を下駄箱の上に置いていた。
ポストから中を覗くとやはりあった。でも手は届かない。
家の扉、窓。開いていないか調べまわったが全部しまっていた。
よりによってこんなに早く帰った日に・・・。拓也は玄関に座り込んだ。
目の前は国道。今はちょうど帰宅ラッシュ。渋滞で止まる車が何度もこっちを見てきた。助席に人が乗っているとぺちゃくちゃ喋っていた。なんと言っているのか聞こえないが、ある程度想像がつく。
「ま、あの子かぎ忘れたんだわ、きっと・・・かぎ忘れるとかドジ・・・」
そんなことを考え、落ち込んでいると、目の前に白い自転車が一台、急に止まった。
視線を上げると姿が分かった。
黒い靴に紺色のズボン、黒いコートに頭の上には紺色に光輝くエンブレムがついた帽子。おまわりさんだった。
自転車を拓也の家よりに止めると、こっちに向かってきた。
今の自分の姿を想像すると、恥ずかしくて顔が真っ赤になった。
「・・・お母さんいないの?」
恥ずかしそうに頷いた。
「鍵は?」
「・・・わすれました・・・。」
「そっか、じゃあおまわりさんところに来るか?・・・というか行こう。風引いたらまずいし。」
自転車に拓也を乗せ、おまわりさんはその自転車を手で押しながら崎野交番へと向かった。
「最近、誘拐が多いからな。鍵、今度から忘れたらだめだぞ。」
また赤い顔して頷いた。
車の中の人、すれ違う人、皆見てきた。ま、当然の事だ。小さい子がおまわりさんに連れて行かれているのだから。
交番に着くと中には、同じ格好をしたおまわりさんが二人いた。
二人とも自転車を止めた音に気づくと、顔を見合わせ何か言っていた。
「ただいま戻りました!」
拓也も恐る恐る入って行った。
「唐津巡査部長。この子交番に置いたらだめですか?家に入れないらしいんですよ。」
「・・・・分かった。いいだろ。よろしく、おまわりさん唐津って名前だから。こっちは滝上巡査長。で、君を連れてきてくれたのが、滝ノ下巡査長。それで・・・君の名前は?」
「あ・・・三井田拓也、小学校3年生です!」
思わず雰囲気で敬礼しながら言っていしまった。
「三井田・・・?確か・・・」
滝ノ下は唐津巡査部長に耳打ちすると、
「おう、そっか・・・・拓也君は敬礼がうまいから将来おまわりさんになったら?」
「な・・・な・・・なりたいです!」
すると滝ノ下は急に大きな笑顔を浮かべ拓也によってきた。
「本当か!?じゃあおまわりさんがいろいろ教えてあげるよ。」
二人はすぐに仲良くなった。拓也は当時知らなかったが、本当の父親なのだから当然だ。
「おまわりさんは、結婚しているんですか?」
「うん、しているよ。て、言ったら間違いだな。結婚していた人と仲が悪くなって別れちゃったんだ。」
「僕んちと一緒だね。子供はいるんですか?」
「うんいるよ。本当は二人いたけど、今は一人だけ。でもその息子ともケンカしちゃって・・・。家を出ちゃったんだ。」
「どうして?」
「おまわりさんの子供は将来、自衛隊・・・って分かる?」
「うん」
「その自衛隊に入りたいって言ったんだ。でも自衛隊は警察官よりも危険なんだよ。だからおまわりさんは反対したんだけど聞かなくてね。おまわりさんより先に天国に行ってほしくないから、自衛隊よりも安全な警察官になれって言ったんだけどね・・・。」
「じゃあ僕は将来おまわりさんになる!そんでここでおまわりさんたちと一緒に悪い人を捕まえる!」
なぜか突然、涙を流し始めた。
「おまわりさん、なんで泣くの?」
「・・・泣いてないよ。がんばれよ!」
自分の息子が自分の職業、仕事を夢にしてくれて本当にうれしかった。嬉涙だった。
交番に言ったときはすっかり忘れていたのにもかかわらず今思い出した。
「親父がそんなことを・・・!?!?」
山口さんの目から涙が出てきていた。
「バカだな、俺。なんでわからなかったんだろ・・・・。」
「もう泣くな、山口!もう後悔したって遅いんだ。もう行くぞ!」
10人は体育館を出て、第三校舎一階、笹見教官の部屋に向かった。
12月31日午後9時00分 沖縄県那覇市那覇空港
「30日から九州、本州、四国、北海道に向かう便はある事態により廃止されました・・・。」
「なんで行けないんですか?・・・俺仕事で急いでいるんだ!早く飛行機を動かせ!!!」
空港内にはバリケードが敷かれ、自衛隊や警察官、機動隊が警備していて、物々しい雰囲気だった。いつ暴動が起きてもおかしくない状態だ。
「只今空港内はパニック状態です!!昨日から続いている沖縄以外へ向かう便の廃止。自衛隊によると九州、本州、四国、北海道は今、大変危険な状態にあるための措置だと発表しています!果たして、大変危険な状態とは?今、九州、本州、四国、北海道はどうなっているのでしょうか?那覇空港からお伝えしました。」
空港内はパニックになっていた。飛行機だけではなくあらゆる移動手段が閉ざされた。
中には大金を払い船を持っている者に連れて行ってもらったりする者もいたが、向こうへ行った人が帰って来ることはなかった。
拓也の同級生で野球部のキャッチャー、羽島隆一の父の実家(沖縄県名護市)
午後9時01分
ちょうどニュースを見てその事態を知った隆一は地元の事が心配になり、拓也に電話をかけた。
なかなかつながらない。隆一の脈拍はゆっくりと上がっていった。
「・・・只今お客様がおかけになった電話番号の方は危険区域にいます。つなぐことはできませんので・・」
すべて聞く前に切った。今度はメールを試してみた。
「たくや・・そっちはだいじょうぶか?と、送信。」
『・・・・・・・・・・送信完了』
「おっ届いた!・・・えっ・・もう返ってきた。なんか早すぎねぇか?」
疑問に思いながらメールを開いた。
『危険区域への送信はできません』
隆一は苛立ち、携帯を床へ叩きつけた。
もう一度手にとり、今度は他のやつにもうってみたがすべて同じだった。
「いったい何が起きたんだ!?!?」
一行は笹見の部屋に入っていた。中は山口さんが言った通り、何が起きたのか聞きたくなるくらい物が散乱していた。警察関係の本がほぼ全部を占めていた。まあ当たり前だが。
「これは何かしら?」
国東さんが見つけたものは四角形の棒だった。長さは10cmくらいで黒い。
片方が細く、片方が太く、先に丸い球がくっついているような形をしている。
「こんな物何に使うんだろ?」
「ママ!ここに入れるんじゃない?」
吾郎が指す先には、ちょうど棒と同じくらいの大きさの穴があいた壁があった。
早速入れてみると大きな音をたて、本棚が下に沈んでいって、通路ができた。
ご丁寧に天井には1mくらいの間隔で電灯が取り付けられていた。
中の通路の壁にはおおきくLV.1と書かれていた。まさしく作戦司令室はこの中にある。
一行はゆっくり中へと入って行った。
しばらく進むと大きなホールに出た。正面に両面扉が設置されていた。どうやらエレベーターらしい。扉の上にLV.1、LV.2と書かれていた。
ちょうLV.1で止まっていた。横にあったボタンを押すと重い鉄の扉がゆっくりと開いた。
中はかなり広い。普通の一部屋分くらいはありそうだ。
作戦司令室があるLV.4はなぜか無いので、LV.2のボタンを押すと下へ降り始めた。周りの景色は分からないが、感覚である程度分かる。
「ハックシュン!!」
「吾郎、寒い?」
吾郎は頷いた。確かに地上より冷え込んでいた。おまけに何時間か前には川に飛び込んでびしょびしょになっているため、相当冷えていた。
それを聞いた古賀さんは自分が着ていたコートをかけた。
「これで大丈夫。結構暖かいだろ?風邪ひいたら困るからな。」
『ガシャン!!!』
結構、階と階の間が長くLV.2に行くまで5分くらいかかった。
重そうな扉がゆっくりと開くと、全体的に白に統一された廊下があった。先には十字路があった。
「みんな銃を構えて、いつ敵が出てくるか分からないからな!気をつけろよ!」
「はい!!!」
12月31日 午後9時10分
ミサイル発射まであと2時間50分
生き残り 多田三等陸佐、山口士長、倉澤巡査、後藤巡査、古賀巡査、多田巡査、三井田拓也、松尾泰造、国東晴香、国東吾郎
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