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誓いと、毒。

作者: Noah


――彼女の体は、強い毒に犯されていた――


『一緒に死のう?』


 僕は目の前のベッドにその体を横たえているリラに向かって、優しく、優しく言った。この翡翠色の瞳から、今にもこぼれ落ちそうになる涙を必死にこらえながら……。

 一言一言、言葉を発する度に、喉の奥が燃えるように熱く痛む。

僕の目に

僕の体に

……心臓にまでも、リラの存在は深く深く染み込んでいた。瞼を閉じればいつもリラの姿が浮かんだ。

 ……彼女はすでに、僕のもぅ一つの心臓と化していた。


『…………』


 僕の誘いに答える代わりに、彼女はゆるやかに首をふった。


 縦ではなく、横に。


『何故?』

 僕にはもぅ、落ち行く涙を止められない。頬を伝って流れる涙は、尽きることを知らない雫。口に入って、少し塩辛い。

『…………』

 彼女は僕を優しく見つめて……その美しい青色の瞳で。口元はかすかに微笑んでいた。


なんで笑っていられるの?


僕はこんなに悲しいのに。


『僕は……どうすればいい?』

 皮肉を込めて、精一杯笑いながら。

 少し長い黒髪を全て後ろに流して。しっかり黒いコートを着て。そのくせ僕は、愛しい恋人の胸に顔をうずめて子供のように泣きじゃくった。


『あなたは、生きて』

私の分まで、生きて。


 リラは優しく柔らかく、幼い子供をあやすように僕の頭を撫でながら言った。その手があまりに愛おしくて、僕の雫は勢いをます。


もぅすぐこの手が動かなくなるんだね。


もうすぐこの優しい声すらも聞けなくなるんだね……。


 彼女は僕に永遠の約束を残して……やがてその青い瞳を閉じた。




 僕の頭上からは冷たい雨が降り注いでいた。日が落ち暗闇に染まりかけのこの墓地の空気は、まだ完全な黒は纏えずにほんのりと青い。まるで深い海の中のようだった。

 今、僕の目の前に咲き誇る薔薇の花。なんておぞましく美しい。その毒々しいまでの紅色は、蝙蝠の目か、死神の鎌か。目前の死を連想させる。雨に濡れているから余計に、僕の胸を掻き立てる。

 きっとこの色は、美しいリラの"命の色"。


 まるで僕を誘うかのように、その薔薇は咲いていた。鋭い棘付きの長い蔦を、神聖な白い十字架に巻き付けて。

 半年前に僕を残して死んでしまったリラの大事な大事なお墓の上に、この薔薇達は咲いていた。まるで僕から彼女を奪って、この沈黙を破るなとでも言うかのように。

 半年前……人魚の様に美しいリラのしなやかな白い体に、真っ赤なシルクのドレスを着せて、僕は一人彼女をここへ葬った。棺を閉める寸前の彼女の顔は


今までと変わらぬ頬で

今までと変わらぬ唇で


……動かない方が不思議なくらいだった。


 きっとこの鮮やかな薔薇達は、土の下に埋まっているリラのすべてを吸い取りながら、肥やしにしながら


生きて


育って


きたんだろう。


 だから、きっとリラのすべてがこの薔薇の中に詰まっているはず。


リラの体

リラの命

リラの毒……


 その全てが、きっときっとこの中に。彼女を吸い上げ生きてきた、この毒々しい植物の中に。

 結局僕は、リラが死んでも生きているのだけど……

 彼女との幸せな生活の思いでにすがりながら、一人生き続けてきたのだけれど……


『もぅ、たくさんだよ』


 また涙が溢れてきた。僕は幼い少年の様に、声をあげて情けなく泣いた。降り注ぐ雨と区別のつかない涙を流し、死んでもまだ愛しくてたまらない彼女の名前を呼んだ。


ただひたすら、呼んだ。


 彼女が僕に突き付けた約束は、ただあまりに残酷で。

 僕はそっと、真っ赤な薔薇に手をのばす。リラの全ての化身となった、この赤い薔薇達に。


 花びらのついたまま、つぼみも花も関係無く。僕の両手は薔薇をむしっては溢れんばかりに口へと運ぶ。


次から次から次から次から


 噛んで、潰して飲み込んで。口内に広がる薔薇の香りが、愛しくて――苦い――。

 まるで彼女自信を取り込むかの様に。乱暴に花をちぎっては、ただひたすらに飲み干して行く。


ホラ、段々と……覚醒を始めたようだ。


 あの『毒』が……彼女の命を奪ったあの『毒』が、薔薇の長い封印から目覚め、僕の体内を這いずり回り、汚染する。

 やがて口から真っ赤な液体が溢れた。胸が苦しくなってきて、手足の先が痺れを帯びる。咳き込むと同時に、入りきらない薔薇の花肉が口から飛び出して足下に散らばった。それでも薔薇を無理やり詰め込む。喉の奥まで手で押し込む。激しい嗚咽など気にもしない。

 薔薇達が君の亡骸から吸い取った毒が、僕の体に伝染して、やがては全ての動きを止める。


僕は君と同じ毒で……


君から貰ったこの毒で


死んでいけるんだね。


――なんて幸せ。


 やがて呼吸が出来なくなって

体温が引き

目眩がした。


 僕はその場に倒れ込む。


 追悼の雨が降っている。


『ごめんね、リラ。約束を守らなくて。』


 やがてこの貪欲な薔薇達は、このままここで腐敗する僕の体を、吸って食らっていくのだろう。大事なリラにもそうしたように。


 早く、その日が待ち遠しい――



僕と貴女は、薔薇の中で結ばれる。

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