第7話
男が怖い?
桃子の回答は理解できなかったけど、その言葉が俺には引っかかった。
「何だよ、それ?どういう意味?」
「ねえ、それよりさあ。さっきのイタリアンおいしかったよねえ。また車で連れてってよ、リュウ兄ちゃん」
話を変えたがるように、桃子は明るい声でそう言った。
・・・話したくないってことか。
勘のいい俺はすぐに分かった。
だから今日のところは、これ以上追求するのをやめた。
農道に車をとめて、俺たちは桃子の学生寮に向って並んで歩いた。
外はいつの間にか風が止んで、春の気配を感じる生暖かい空気が立ち込めていた。
湿気が多くて、明日は雨になりそうだ。
桃子が部屋に入るとこまで見届けるつもりで、彼女の後をついて行く。
少し前を歩いていた桃子は、先に寮に着くと玄関に並んでいるメールボックスをガサガサさばくりだした。
出張エステだの、出会い系サイトだの、いかがわしいチラシが彼女のメールボックスから山のように出てくる。
その紙くずの中から桃子は小さな茶封筒を見つけて、立ち尽くした。
手紙を握った彼女の太い腕がガタガタ震えている。
「何?手紙か?」
俺は桃子の後ろから覗き込む。
「・・・これ、きっと結果発表の通知だ・・・」
震える手で封筒を破りながら、彼女は言った。
さっき、結果次第で進路まで考えるっていってたヤツか。
そう気付いたら、それを見ていた俺まで緊張してきた。
桃子は封筒から白い紙を取り出し、顔に近づけて広げた。
しばらく書面に目を走らせていたが、やがて呆けた顔で俺を見上げた。
「リュウ兄・・・。ダメだった。また落ちた」
桃子の落胆振りは凄まじかった。
さっきまでパスタをほうばっていたハムスターのような顔が、突然萎んでしまったかのようだ。
俺はどうしたらいいのか分からなくて、桃子が崩れ落ちていく様を傍観していた。
「まあ、また頑張ればいいじゃん?次もあるんだろ?」
取り合えず、無難な慰めの言葉を口にする。
桃子は恨めしそうに俺を見上げた。
「言ったでしょ?これで進路決めるって。4月から3年生になるから、進路によって取る授業を選択しなきゃならないんだよ。アートの道を究めるならその方向のゼミ取らないといけないし、教員試験受けるなら一般教養の授業増やさないと。それをこの結果で決めようと思ってたの」
桃子はそう言うと、はあああ・・・と溜息をついた。
大学に行ってない俺にはそのシステムが分からなくて、桃子の言ったことの半分も理解できなかった。
が、彼女が自分の夢を諦めて、無難で堅実な道へ行こうとしていることだけは分かった。
頑張ったのに、報われなかったんだな。
少し、こいつが可哀相に思えた。
だが、それ以上に俺の中に湧いてきたのは、諦めて欲しくないという思いだった。
こいつにはまだ未来があるんだ。
こんなことで諦めないで欲しい。
俺みたいになって欲しくない・・・。
俺は、メールボッックスの前で手紙を握り締めたまましゃがみ込んでいる桃子の腕を掴んで、グイっと引っ張り上げた。
突然、引っ張り上げられた桃子はよろめきながら立ち上がり、ビックリした顔で俺を見る。
「何?リュウ兄ちゃん?」
「諦めんなよ。協力するから」
「え?」
桃子は怪訝そうな顔をする。
俺はその腕を掴んだまま、部屋に続く階段をずんずん登って行った。
「な、なあに?リュウ兄ちゃん?」
「何度も言わすな。協力するって言ってんだよ」
「何を?」
口にするのも憚られたその一言を、俺は言い放った。
「俺の裸、描きたいんだろ?協力するから好きなだけ描け。だから・・・だから、まだ諦めるな!」
桃子の顔が一瞬パっと輝き、そして柔らかく綻んだ。