第6話
あいつが着替えてる間、俺は車に戻ってタバコをふかしていた。
いくら妹でも、本人の着替えてるとこで待ってるのは失礼というものだ。
俺は無口で無表情だけど、デリカシーはある男のつもりだ。
だから、往々にして桃子のぶっとんだ行動が理解できないのだけど。
やがて、丸々した体にモコモコしたダウンジャケットを着た桃子が、車の窓ガラスを叩いた。
俺が助手席のドアを開けてやると、よっこらしょっと掛け声を掛けながら、桃子が入ってくる。
オバサンかよ・・・。
俺は横目でそれを眺めながら、タバコを消した。
「で、どこいく?今日はおごるけど」
「うーん、じゃあね。せっかく車出してもらえるんだから本屋さんのあるとこ、連れてって欲しいな」
「・・・本屋でメシ食えねえじゃん」
「だから、両方あるとこ。あそこの大型ショッピングモールがいいな。レストラン街もあるし、大型書店が入ってるから」
俺はハンドルに突っ伏した。
そこって、この前俺が別れたとこだろ・・。
俺のリアクションの理由が分からない桃子はテンションの高いアニメ声で話し続ける。
「あそこにね、パスタが食べ放題のイタリアンレストランが入ってるんだよ。スタバもあるし。あたし、車がないからリュウ兄ちゃんに連れてって貰おうって、待ってたんだ」
「ああ、そう」
俺は髪を掻きながら、エンジンをかけた。
しょうがねえな。
さっき恥ずかしいもん見ちゃったお詫びもあるからな。
腹をくくって、俺はアクセルを踏み込んだ。
俺がフラれた懐かしい屋上駐車場に車を留めて、俺たちはあの日綾香が出て行った入り口からモール内に入った。
時間はもう8時になっていたが金曜日の夜だったせいか、まだまだ人は多かった。
俺はオイルで汚れた作業服のまま、ダウンジャケットを着た弥生人みたいな桃子と並んで、オシャレなブランド服エリアを闊歩した。
完全に異色なカップルだろうけど、こいつと一緒なら人目も気にならない。
どうでもいいからだ。
俺たちは恋人にも見えないだろうけど、兄妹にも見えないだろう。
痩せ型で180cmの俺に対して、桃子は150cmくらいでぱっと見ても60kgは、ありそうな体型だ。
反対じゃなくて本当に良かったと、俺は思う。
俺がのろのろ歩いている間、桃子は体に似合わぬ素早さであちこちの店に顔を突っ込んでは物色していた。
やがて桃子オススメというパスタが食べ放題の店に入った。
オープンカフェみたいにテーブルが並んだ店の前には、明らかに恋人同士のカップルが会話を楽しんでいる。
オシャレな店だ。
綾香はきっとこんな店でもっと小奇麗な男とお話したかったんだろう。
俺みたいな口下手なヤツじゃなくて、女の子を笑わすのが上手い爽やかなヤツ。
最初から、俺たちはこうなる運命だったのかな。
感傷に浸ってた俺を全く気にすることなく、桃子は席に着くなりお皿を掴んで、パスタを取りに行ってしまった。
「リュウ兄!早く取りに行こうよ。サラダバーも食べ放題だよ!」
テーブルに頬杖をついて座っている俺の前にパスタの皿がどんどん並んでいく。
こんなに食えるのか?
俺は恐ろしくなって、彼女の後を追いかけた。
食べている間中、桃子は自分の作品について自画自賛し続けた。
本人曰く、何度も最終選考まで残っているらしい。
俺はこいつの作品を見た事がなかったし、芸術にも興味がなかったので適当に相槌を打ちながらパスタを食べ続けた。
「でね、一番最後にエントリーした作品の結果がもうすぐ来るの。アレはイケルと思うんだよね。あたしこの作品の結果で将来のことも決めようと思ってるんだ。アーティストとしていくか、無難に教職でも取るか」
熱く語る桃子を俺は少し羨ましく眺めていた。
こいつにはまだ未来がある。
何を作ってんのか知らないけど、自分の可能性を信じてチャレンジしている。
いい結果が出て欲しい。
素直にそう思った。
桃子は、できれば俺みたいにはなって欲しくない。
朝から晩まで日の差さない工場で機械みたいに働く俺みたいには。
ドングリを頬張ったハムスターのような顔でストローを咥えて、桃子は続ける。
「もし、入選したらあたし次はリュウ兄ちゃんをモデルにするよ。あたしね、名誉市民章もらったり、作品が市役所に飾られるような有名アーティストになりたいんだ」
俺はその丸い顔を睨んで呻いた。
「・・・その話はやめろ。俺は脱がないからな。俺の銅像は市役所には置かせない」
「もー、何でよ?リュウ兄、意外にシャイなんだね」
コロコロとハムスターは声を上げて笑った。
ああ、脱ぐさ。
他の女の前ならな。
俺は、妹のお前の前で脱ぐのがイヤなんだよ!
俺は思ったが、もう黙ってた。
どうせ聞いてやしないんだから。
胃が痛くなるほど、パスタを食べた後、俺たちは桃子オススメの大型書店を歩き回った。
俺は本を読まないので、ちょこまか動き回る桃子の後をノロノロ付いて回った。
彼女が釘付けになるのはいつも、男同士がキスしてる表紙のマンガコーナーだ。
俺だってエロ本コーナーには恥ずかしくて行けないのに、桃子は悪びれもせずコーナーの真ん中で立ち読みを始める。
周りを見ると、何となく桃子と系統が似ている女の子達が一心不乱に立ち読みをしている。
彼女達より頭1つ分大きい俺は、コーナー内で異常に目立っていた。
何で、この女どもは恥ずかしくないんだ?
俺はいたたまれなくなって、桃子の背中を小突いた。
「おい、行くぞ!」
「うーん、もうちょっと。これだけ読んでから・・・」
桃子は俺を振り返りもせず、マンガを読んでいる。
何を読んでるのかと小さい桃子の頭の上から見下ろしてやると、そこには俺には理解しがたい世界が描かれていた。
完全にエロ本じゃねえか、これ・・・。
絵が美しいだけ、タチが悪い。
知らないヤツが見たら、少女漫画と間違えて買っちまうだろ。
ダウンジャケットのフードを引っ張って、俺は桃子をコーナーから引き擦り出した。
「なあ、お前ってさ」
「なあに?」
桃子の寮に向う車の中で俺は口を開いた。
「何でああいうの好きなの?」
「BLのこと?」
そんな専門用語知らねえよ!
ツッコミを入れつつ、俺は少しだけ、こいつの頭の中を覗いてみたくなって聞いてみた。
「だって、男嫌いなんだろ?なんでそんなの興味有るわけ?」
「うーん、リュウ兄には分かんないと思うよ」
分かんないから聞いてるんだよ!
俺は心の中で更に突っ込みを入れる。
桃子は少し考え込んだ。
黙ってると、賢そうな顔だ。
仮にも国立大学の美大生だから、実際、賢いんだろう。
もう喋らなきゃいいのに。
「安心するのかも」
「は?」
「そこに女の子がいないことに安心して読めるの」
俺は運転しながら、首を傾げる。
「・・・意味分かんないんだけど」
少し沈黙の後。
桃子は車の窓を見つめたまま、ぼそっと言った。
「あたし、男の子がキライなんじゃなくて、男の子が怖いの」