第4話
「嫌だ!断わる!んな事、出来るわけねーだろ!」
俺は、ずるずると後ずさったまま、狭い部屋の壁に衝突した。
その俺を追いかけて、四つん這いで桃子は更ににじり寄ってくる。
その姿はまさに巨大なハムスターだ。
「いいじゃない、減るもんじゃないし。かわいい妹が芸術の為にお願いしてるのよ」
上目遣いでパチパチ瞬きしながら、桃子は高い声でシナを作る。
「それがかわいいと思ってんのか?だとしたらお前はもう病気だ」
「失礼ね。リュウ兄ちゃんだってモデルになって入選したら、ダビデ像みたいに市役所とかに飾って貰えるかもよ。伝説になるじゃん」
「自分の裸体の銅像が市役所に飾られて嬉しい訳ねえだろ!」
想像してみて俺はゾっとする。
パンツも履いてない銅像のモデルが俺だなんて、こいつの口が裂けても絶対に言わせない。
桃子は壁に追い詰められた俺に接近し、作業着に手をかけた。
ファスナーを摘んで、少しづつ下げていく。
俺はその白いむくむくした手首を掴んで、最後まで下げられるのを何とか阻止した。
二人で向き合ってハアハア肩で息をしながら、しばし停止する。
「落ち着け、俺はまだ許可してない」
「何で?」
「何でって、俺たちは兄妹だろ?そういうお願いは彼氏にしろ」
「そんなの、いないもん」
桃子の迫ってくる力が初めて緩んだ。
ぶすっとして、彼女は横を向く。
俺はその隙に、急いでファスナーを首まで引っ張り上げる。
危ないとこだった。
「ああ、そうか。三次元の男に興味なかったんだっけ?」
「そうよ。それに、男の子なんかキライだもん」
それはハムスターが俺に見せた初めての女の子っぽい顔だった。
何はともかく、正気に戻ったらしい。
俺はやっと立ち上がった。
「男嫌いなのに、よく男同士がセックスしてるマンガ読むね」
「ほっといてよ。リュウ兄に芸術は解んないんだよ」
呆れる俺に桃子はぶーたれて言った。
俺はフェイドアウトしようと、壁伝いにそっと入り口の方へ向った。
逃げるなら今のうちだ。
靴を履いてから、俺は座り込んでる桃子の背中に向って言った。
「ごめん!俺、芸術は分かんない。チョコケーキご馳走様!」
桃子は返事もしないで肩を落としている。
首が下がると、丸い背中が更にまん丸だ。
必要以上に落胆している彼女が少し気になったが、俺はこれ以上、この件に関りたくなくて学生寮を飛び出した。