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Model  作者: 南 晶
第1章
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第3話

 俺はハンバーガーと油っぽいポテトで胃を膨らませてから、改めて桃子の部屋を見回した。

 汚いのはこいつのせいだが、まず古い部屋だ。

 この寮に入っていた学生達の伝統さえ感じさせる。

 6畳一間のワンルームには和式のトイレはついてるけど、風呂がない。

 共同のシャワールームが1階にあるそうだ。

 小さな電気ストーブだけが、この部屋の暖房設備だが、その周りにも本が散乱していて危ない事この上ない。

 お世辞にも快適とは言いがたいこの部屋で、彼女は本当に幸せそうだった。


「ここにはあたしの「好き」の全てがあるから」


 いつか、こいつが言った事があったが、何となく分かる気はする。

 彼女にとって快適さとか、外観とかは問題ではない。

 自分の趣味に没頭できることが、こいつの最大の幸せなのだ。

 ただ、その趣味が常人の俺には理解できなかったんだけど。


 ぼんやりタバコを吸ってる俺の前に桃子はインスタントコーヒーと、皿に載ったチョコレートケーキを持ってきた。

 ほっぺにさっきのハンバーガーのケチャップがついたまま、にんまり笑って言った。


「では誰にもチョコ貰えなかったリュウ兄ちゃんに、カンパーイ!」


 俺はタバコの煙を飲み込んで、ゲホゲホとむせ返った。

 お前だって非モテのくせに何だと?


「どうしたの?リュウ兄ちゃん?」


 桃子は自分の分のケーキに手をつけながら、俺を見てニコニコ笑う。

 俺は上目でその丸い顔を睨みつけた。


「・・・るっせえ。殺されたいか?」

「えー!なんで?やだよお」


 そう言いながらも目は俺を見ていない。

 既にケーキを食うのに夢中になっている。

 それは、俺にくれるケーキじゃないのかよ・・・?

 突っ込みたかったけど、もうどうでもいい。


 桃子は恐ろしくマイペースな女だった。

 俺が、全く人種が違う妹の所に顔を出すようになったのは、こいつの性格が心地よかったからかもしれない。

 自覚はあるが、俺は顔に表情が無いし、喋るのが苦手だ。

 仕事だって肉体労働で、社交性とは程遠い性格をしている。

 ビジュアル的にも大柄で、一緒にいる人間に威圧感を与えるらしい。

「怖そう」って、綾香にも何度も言われた。

 だからって、人は簡単に変わる事はできない。

 俺だって好きでこんなになった訳じゃない。


 ところが、この妹だけは俺の全てのマイナス要因が通じなかった。

 俺が喋ろうが、怒ってようが、黙ってようが、こいつは気にしないんだ。

 ただ、自分が話したい事のみ一方的に話して、後は満足している。

 俺が聞いてなくても、気にしないし。

 血の繋がった兄だからできる、遠慮のなさかもしれなかった。


・・いや、そうでもないかな。

 多分、こいつは誰といてもこんな女なんだろう。


 ハムスターみたいな顔でモグモグ口を動かしながら、桃子は喋り出した。


「あたしねえ、今、創作に取り組んでるの」

「ああ、いいんじゃない?さすが美大生だな」


 俺はコーヒーを口につけながら、さらっと聞き流す。

 どうせ、俺の答えなんか聞かないんだから。


「ヘヘヘ・・・これでも、あたしの作品は評価されてるのよ。ただ、選考は通っても最終までいくには足りないものがあるんだって」

「へえ、そう」


 俺は芸術のことなんかさっぱりだから、言っても無駄なのに。

 彼女は熱く語り始める。


「ギリギリの所で勝敗を決めるのは、やっぱり画力なんだよね。あたしにまだ足りないのは、リアリティのあるデッサン力よ。もうこれは訓練しかないの。ピカソみたいな天性のモノを持ってる人以外は、頑張るしかないのよ」

「はあ、そういうモン?」


 テキトーな返事をして俺はまたタバコを口に咥えた。

 桃子は珍しく真面目な顔をして俺を見つめている。


「リュウ兄ちゃん・・・」


 怖いくらい目をギラつかせて、彼女は俺を見ている。

 あ、なんかヤバイ。

 完全に自分の世界に入っちゃった時の顔だ。


「な、何?」

「あたし、ミケランジェロみたいな自然の美しさを画風に取り入れたいのよ。あたしの新しい作風にしたいの。分かるかな?ダビデ像みたいな、リアリティある自然の美しさ」

「ダビデ像?」


 学のない俺でもそのくらいは知っている。

 それは歴史の教科書に載ってた、あのヌードな人じゃないのか?


「桃子、落ち着けよ。何言ってんだ、お前」

「あたしに足りないのは、実物を見てないっていう経験の無さかなって思うの」


 彼女の視線は、すでに俺の全身を舐め回している。

 俺は怖くなって、後ずさる。

 その俺に、彼女はにじり寄って来た。


「お願いがあるの、リュウ兄ちゃん。見せて」

「・・・何を?」


 完全にイっちゃってる目をぎらつかせて、桃子はニンマリ笑った。


「・・・裸。リュウ兄ちゃんの裸、描かせて欲しいの・・・」




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