第29話
いつも通り2時間の残業を済ませた後、俺は桃子のいる学生寮に向った。
久しぶりのいつもの農道に車を止める。
最後に会った時は桜の季節だったのに、秋らしくなった今は夜風が冷たくなって、コオロギの鳴き声でやかましい。
秋生まれの俺が一番好きな季節だ。
いつも通りレトロな玄関を通って、桃子の部屋に続く階段を登っていく。
登ったところで、ヤツの部屋のドアが内側からバン!と開いた。
「いらっしゃ~い!リュウ兄ちゃん、ひっさし振り~!」
相変わらずの丸い顔でニンマリ笑って、彼女が飛び出してくる。
ダサいジャージを来たコイツは、あの夜の前のハムスターに戻っていた。
ホっとしたような、少しガッカリしたような・・・。
複雑な気分で俺は苦笑いして、手を振った。
「ああ、久しぶり・・・」
部屋に入ると、そこは以前のままの汚さで、俺は座る場所を探して部屋の中をウロウロした。
桃子は散らばっていた雑誌をブルドーザーみたいに両手でダーっと押しのけ、隙間を作ると、そこに座布団をひいて俺に勧める。
ここに来たのは久しぶりだったけど、以前と変わりが無くて俺は安心した。
桃子は立ち直って、元気にやってる。
聞かなくても俺には分かった。
桃子はニヤニヤしながら、茶色の大きい紙封筒を俺の前に持ってきた。
「大ニュースがありまーす!」
そう言うと、一人で手を叩いて喜んでいる。
俺はタバコに火をつけながら、それを無表情で見ていた。
「・・・何だよ?早く言えよ」
「あたしの芸術作品が大賞を取りました!賞金100万円です!」
えへへ~と変な笑い声を出しながら、桃子はガッツポーズをする。
「・・・マジ?」
俺は言葉を失った。
こいつの作品が認められた。
努力が実ったのか。
つけたばかりのタバコを消して俺は立ち上がった。
「やったじゃん!桃子。おめでとう!」
「ありがとう!リュウ兄のお陰だよ!」
俺達は抱き合って汚い部屋の中をクルクル回った。
「リュウ兄ちゃんがモデルになってくれたお陰で、あたしの作品に足りなかったものが分かったんだよ。生きてる感じがあたしの作品に出てきたの」
「そっか。それは良かったな。脱いだ甲斐があったぜ」
「ストーリーもリアリティが出てきて、心に響くって評価高かったの」
「そっか、それは良かったな」
「コマ割も上手くなってるって。テンポが良くなったって褒められた!」
コマ割?
聞いてて、俺は違和感を感じ始めていた。
考えたら、こいつの作品を俺は見たことがない。
一体、何を作ってたんだ?
「お前、何を作ったの?」
基本的情報が無かった事に俺はようやく気付いて、初めてその質問をした。
桃子は目を見開いて、驚いた顔をする。
「あれ?あたし、言わなかったっけ?あたし、BLマンガ描いて投稿してるんだよ。」
・・・今、なんて言った?
俺は唖然として、その場に立ち尽くす。
「BLってお前の好きな・・・?」
「そう。ボーイズラブ。やだ、今まで知らないでモデルしてたの?」
桃子はさっき持ってきた茶封筒をガサガサ開いて、俺に見せた。
そこには一冊の少女漫画雑誌。
目がキラキラした美しい男が二人、バラの蔓に巻かれて裸で絡み合う表紙の雑誌が入っていた。
そして、その見出しには・・・。
『大賞作品掲載!期待の大型新人、モモタンの衝撃デビュー作!
背徳のアポロン -禁断の恋の行方- 』
な、何だ、これは!?
俺は青くなって、それを桃子から取り上げた。
パラパラページを捲って、期待の新人モモタンの大賞作品に目を走らせる。
そこには生きてるような俺が描かれていた。
もちろん、目がキラキラして、かなり少女マンガ化されているが、主人公は俺に間違いない。
そして、確かに絵は上手い。
内容は、何だか分かんないけど、その俺が他の男に言い寄られて、拉致監禁され、無理矢理ヤられた後、実はそれが血の繋がった双子のお兄さんで・・・みたいなハチャメチャな展開。
俺は読んでて絶句した。
「おい、桃子・・・」
「ね、いいでしょ?今回のは渾身の作品だったの」
「お前の言ってた芸術ってのは、エロホモ少女マンガのことかよ!」
俺は雑誌を掴んで、桃子のケツを思いっきり叩いた。
「きゃあ!痛ったーい!何すんのよお!」
「うるせえ!完全にこれ、俺じゃねえか!てめえ、何描いてくれてんだ!」
「何で?知っててモデルしてくれてると思ってたのに~!」
「知らねえよ!知ってたらやるもんか!これが俺だって誰かに・・・」
「あ、インタビュー受けたよ」
俺は硬直した。
雑誌をパラパラめくってみると、新人マンガ家モモタンの突撃インタビューのコーナーがある。
-このお話の主人公、いいですね。男性の切ない表情がよく表現されてます。モデルはいるんですか?
-モデルは私の実の兄です。今回の受賞を一番に知らせて、この作品を捧げたいと思います。
俺は再び、雑誌を振り上げる。
「俺はホモじゃない!いらねえよ、こんなの!」
「え~!ひっどーい!あたし、真剣なんだよお!」
雑誌を頭の上に振り上げたその時、ノーガードになった俺の胸に桃子は抱きついてきた。
背の低い彼女のほっぺがちょうど俺の心臓に当たる。
ヤバイ。
動悸が激しくなる。
桃子は俺を見上げた。
その顔がすごく女っぽくて、俺は動揺する。
あの夜の彼女の泣き顔を思い出して、俺の下半身が熱くなった。
「リュウ兄ちゃん、あたし、真剣なの。だってやっぱりBL好きなんだもん。あたしは、あたしの好きな道を行くんだ。だから、応援して?」
最後の台詞を言った後、桃子はいつものハムスター顔でニンマリ笑った。
それを見て、俺も思わず苦笑する。
そうだ、こいつはいつもこういう女だったっけ。
マイペースで、自分が好きなことに没頭するのが一番の幸せなヤツ。
俺はそういうコイツが好きで、ここに通ってたんだ。
「応援するしかねえだろ・・・。兄貴だからな」
渋々言った俺に桃子は飛びつき、その重みで俺は背中からひっくり返った。
ここまでお付き合い下さり、ありがとうございます。
次回、最終回です。