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Model  作者: 南 晶
第3章
29/30

第29話

 いつも通り2時間の残業を済ませた後、俺は桃子のいる学生寮に向った。


 久しぶりのいつもの農道に車を止める。

 最後に会った時は桜の季節だったのに、秋らしくなった今は夜風が冷たくなって、コオロギの鳴き声でやかましい。

 秋生まれの俺が一番好きな季節だ。

 いつも通りレトロな玄関を通って、桃子の部屋に続く階段を登っていく。

 登ったところで、ヤツの部屋のドアが内側からバン!と開いた。


「いらっしゃ~い!リュウ兄ちゃん、ひっさし振り~!」


 相変わらずの丸い顔でニンマリ笑って、彼女が飛び出してくる。

 ダサいジャージを来たコイツは、あの夜の前のハムスターに戻っていた。

 ホっとしたような、少しガッカリしたような・・・。

 複雑な気分で俺は苦笑いして、手を振った。


「ああ、久しぶり・・・」


 部屋に入ると、そこは以前のままの汚さで、俺は座る場所を探して部屋の中をウロウロした。

 桃子は散らばっていた雑誌をブルドーザーみたいに両手でダーっと押しのけ、隙間を作ると、そこに座布団をひいて俺に勧める。

 ここに来たのは久しぶりだったけど、以前と変わりが無くて俺は安心した。

 桃子は立ち直って、元気にやってる。

 聞かなくても俺には分かった。


 桃子はニヤニヤしながら、茶色の大きい紙封筒を俺の前に持ってきた。


「大ニュースがありまーす!」


 そう言うと、一人で手を叩いて喜んでいる。

 俺はタバコに火をつけながら、それを無表情で見ていた。


「・・・何だよ?早く言えよ」

「あたしの芸術作品が大賞を取りました!賞金100万円です!」


 えへへ~と変な笑い声を出しながら、桃子はガッツポーズをする。


「・・・マジ?」


 俺は言葉を失った。

 こいつの作品が認められた。

 努力が実ったのか。

 つけたばかりのタバコを消して俺は立ち上がった。


「やったじゃん!桃子。おめでとう!」

「ありがとう!リュウ兄のお陰だよ!」


 俺達は抱き合って汚い部屋の中をクルクル回った。


「リュウ兄ちゃんがモデルになってくれたお陰で、あたしの作品に足りなかったものが分かったんだよ。生きてる感じがあたしの作品に出てきたの」

「そっか。それは良かったな。脱いだ甲斐があったぜ」

「ストーリーもリアリティが出てきて、心に響くって評価高かったの」

「そっか、それは良かったな」

「コマ割も上手くなってるって。テンポが良くなったって褒められた!」


 コマ割?

 聞いてて、俺は違和感を感じ始めていた。

 考えたら、こいつの作品を俺は見たことがない。

 一体、何を作ってたんだ?


「お前、何を作ったの?」


 基本的情報が無かった事に俺はようやく気付いて、初めてその質問をした。

 桃子は目を見開いて、驚いた顔をする。


「あれ?あたし、言わなかったっけ?あたし、BLマンガ描いて投稿してるんだよ。」


・・・今、なんて言った?

 俺は唖然として、その場に立ち尽くす。


「BLってお前の好きな・・・?」

「そう。ボーイズラブ。やだ、今まで知らないでモデルしてたの?」


 桃子はさっき持ってきた茶封筒をガサガサ開いて、俺に見せた。

 そこには一冊の少女漫画雑誌。

 目がキラキラした美しい男が二人、バラの蔓に巻かれて裸で絡み合う表紙の雑誌が入っていた。

 そして、その見出しには・・・。


『大賞作品掲載!期待の大型新人、モモタンの衝撃デビュー作!


背徳のアポロン -禁断の恋の行方- 』


 な、何だ、これは!?

 俺は青くなって、それを桃子から取り上げた。

 パラパラページを捲って、期待の新人モモタンの大賞作品に目を走らせる。


 そこには生きてるような俺が描かれていた。

 もちろん、目がキラキラして、かなり少女マンガ化されているが、主人公は俺に間違いない。

 そして、確かに絵は上手い。

 内容は、何だか分かんないけど、その俺が他の男に言い寄られて、拉致監禁され、無理矢理ヤられた後、実はそれが血の繋がった双子のお兄さんで・・・みたいなハチャメチャな展開。

 俺は読んでて絶句した。


「おい、桃子・・・」

「ね、いいでしょ?今回のは渾身の作品だったの」

「お前の言ってた芸術ってのは、エロホモ少女マンガのことかよ!」


 俺は雑誌を掴んで、桃子のケツを思いっきり叩いた。


「きゃあ!痛ったーい!何すんのよお!」

「うるせえ!完全にこれ、俺じゃねえか!てめえ、何描いてくれてんだ!」

「何で?知っててモデルしてくれてると思ってたのに~!」

「知らねえよ!知ってたらやるもんか!これが俺だって誰かに・・・」

「あ、インタビュー受けたよ」


 俺は硬直した。

 雑誌をパラパラめくってみると、新人マンガ家モモタンの突撃インタビューのコーナーがある。


-このお話の主人公、いいですね。男性の切ない表情がよく表現されてます。モデルはいるんですか?

-モデルは私の実の兄です。今回の受賞を一番に知らせて、この作品を捧げたいと思います。


 俺は再び、雑誌を振り上げる。


「俺はホモじゃない!いらねえよ、こんなの!」

「え~!ひっどーい!あたし、真剣なんだよお!」


 雑誌を頭の上に振り上げたその時、ノーガードになった俺の胸に桃子は抱きついてきた。

 背の低い彼女のほっぺがちょうど俺の心臓に当たる。

 ヤバイ。

 動悸が激しくなる。

 桃子は俺を見上げた。

 その顔がすごく女っぽくて、俺は動揺する。

 あの夜の彼女の泣き顔を思い出して、俺の下半身が熱くなった。


「リュウ兄ちゃん、あたし、真剣なの。だってやっぱりBL好きなんだもん。あたしは、あたしの好きな道を行くんだ。だから、応援して?」


 最後の台詞を言った後、桃子はいつものハムスター顔でニンマリ笑った。

 それを見て、俺も思わず苦笑する。

 そうだ、こいつはいつもこういう女だったっけ。

 マイペースで、自分が好きなことに没頭するのが一番の幸せなヤツ。

 俺はそういうコイツが好きで、ここに通ってたんだ。


「応援するしかねえだろ・・・。兄貴だからな」


 渋々言った俺に桃子は飛びつき、その重みで俺は背中からひっくり返った。





ここまでお付き合い下さり、ありがとうございます。

次回、最終回です。


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