第28話
あれから半年が過ぎた。
暑かった夏は何とか過ぎて、やっと秋の涼しさが風に感じられる。
俺の一番好きな季節だ。
俺は相変わらず、組み立てラインで機械工をやっている。
今年になって少し景気が上向いてきたために、会社は新入社員を増員してきた。
単純作業だった俺の仕事は、班長という小さな役を与えられ、雑用が増えた。
つまんねえ仕事だと思ってたけど、それを回していくのは大変な仕事だ。
何しろ、人を教えるのが俺は面倒くさくて仕方ない。
今日も、突然休んだヤツの穴埋めに、俺は溶接の工程に入っている。
暑い・・・。
くそお・・・めんどくせえ・・・。
俺はブツブツ言いながら、火花を飛ばして働いていた。
「藤井班長!」
後ろから声がして、俺は振り返る。
今年、大学卒業して入社した滝川ってヤツだ。
俺はコイツが苦手だ。
小柄で真っ白なきれいな肌に、女の子みたいな顔立ちとさらさらの髪。
長い睫毛の大きな二重の目。
俺が大ッキライな、ヤられるほうのタイプだ。
桃子が大好きなタイプだろう。
そいつはにこにこしながら、悪びれもせず俺に言った。
「藤井班長、部品が足りません」
「何だと?」
笑い事じゃねえだろ。
俺は慌てて立ち上がる。
「運搬のパートのオバサンは?」
「さっき子供が熱が出たって学校から電話があって帰りました」
「はあ?聞いてねえよ!」
「だから今、ぼくが連絡にきました」
「遅っせえよ!てめえら、ライン止める気か?」
俺はゴーグルを掴んで床に叩きつける。
要領が悪すぎる。
何なんだ、こいつは?
「お前、ここ入ってろ。俺が運搬やるから。足りないのは何だ?」
滝川は、あっと手で口を押さえる。
「あー、詳しくは分かりません。今、見てきます」
「ばかやろう!最初から紙に書いて持って来い!」
「はい、今から書いてきます」
慌てて走り出すヤツの襟首を俺は掴んだ。
「もういい!俺が調べて持ってくるから・・・ったく、元大学生だろ? てめえ、バカ過ぎるぞ」
滝川は顔を赤らめて、頭を掻くとテヘヘと笑った。
「そういう藤井班長は元ヤンですか?」
「うるせえ!悪いか!てか、そんなことより台車持って来い!」
「溶接やるのと、台車持ってくるのとどっちが先ですか?」
「台車だ!早く行け!」
俺はブチ切れて、そいつのケツを蹴リ飛ばした。
雑用が増えて、責任は重くなり、バカばっかりの新入社員どもの世話。
この半年、俺はメチャクチャ忙しくて、でも楽しい日々を送っていた。
あれから・・・。
桃子とは会っていなかった。
桃子からも連絡がなかった。
禁断の一線を越えてしまった俺は、彼女と会うのが何となく気恥ずかしくて、疎遠になっていたのだ。
何の感情もなかった時は裸にだってなれたのに。
あいつを抱いてから、俺はまた脱げるかって聞かれたら多分無理だ。
もうモデルはできない。
俺はもう自制が効かないのが分かっていた。
ズルズルとこの関係を続けるのは、俺は避けたかった。
今でも時々思い出す。
アイツの白い肌。
濡れた泣き顔。
柔らかい大きな胸。
子猫みたいな喘ぎ声。
俺は髪をぐしゃぐしゃ掻き混ぜて、妄想を吹き飛ばした。
もうだめだ。
あいつを抱く事はもう許されない。
台車を押しながら俺は溜息をついて、倉庫に向う。
その時、群青色の作業着の胸ポケットからメールの着信音が聞こえた。
友達もいない俺にメールなんて滅多に来ない。
俺は思わず、携帯を掴んで確認する。
やっぱり、桃子からだ。
久しぶりに会う元カノみたいな、変な期待で俺の胸は一杯になった。
『リュウ兄ちゃん。
久しぶり。桃子です。
今夜、下宿に来れますか?
大事なお知らせがあるんだよ。待ってます。』
メールにはそれだけ書いてあった。
行くしかねえだろ。
俺は少し鼓動が速くなったのを感じながら、台車をガラガラ引っ張って行った。