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Model  作者: 南 晶
第3章
25/30

第25話

 桃子を学生寮の前で下ろした後、俺は地元の警察署に向って車を走らせた。


 桃子の大学があるのは隣の市だけど、敢えて地元の警察に行くのは、少しでも知り合いがいた方が心強いからだ。

 自慢じゃないけど、補導歴のある俺には警察に知り合いが何人かいた。

 高校時代に、深夜の繁華街で暴行事件を起こした時、俺を補導した四角い顔の年配警察官の顔が目に浮かぶ。

 暴れる俺をぶん殴って、地面に叩き付けたヤツをこんなに懐かしく思い出せる日が来るなんて思ってもみなかった。

 まだ定年退職してなきゃいいけど。

 俺はまたタバコに火をつける。


・・・やべえ。

 完全に中毒だ。

 タバコが終わるとイライラするのは、俺がビビってるからかな?


 交通量が増えてきた国道を走りながら、俺は昨晩のことを思い出していた。

 自分でも、自分の取った行動に自信が持てない。

 俺は最悪の思い出になってしまった彼女の初体験を、素敵な思い出に変えてやりたかった。

 その相手が俺で良かったのかどうかが分からない。

 何しろ、俺たちは血が繋がっている。


 桃子は泣いてた。

 俺は別にテクニシャンではないけど、あれは女性としての悦びの涙だったと信じたい。

 近親相姦が犯罪になるのか俺には分からない。

 でも、彼女のトラウマが消えるのなら、俺はもう一つくらい罪を増やしても全然構わない。

 どうせ今回だけで、不法侵入、器物損壊、傷害、暴行だ。

 今更、近親相姦くらいどうってことない。


 桃子の甘いアニメ声が俺に懇願した時、不覚にも我を忘れてしまった。

 ヤツが自分の好きな女のタイプだったのは、俺自身が一番驚いた。

 吸い付いてくるような肉付きのいい白い肌、エロビデオみたいな高いアニメ声、メガネを外した泣き顔は男の本能をくすぐる。

 妹に欲情するとは思ってなかった。

 俺って変態だったのかな?

 彼女は俺が好きだって言った。

 あの時、俺は正直嬉しかったんだ。


 実を言えば、昨日泊まったホテルは初めて行った訳ではなかった。

 高校三年の時から付き合いだした綾香と初めて肉体関係を持った場所が、あのホテルだったからだ。

 ちょうど、付き合いだして1年目だった。

 今の会社に入社して俺の初めてのボーナスが出た時、俺は彼女を旅行に誘った。

 もちろん、ヤりたかったからだ。

 不良は不良でも暴力系武闘派の俺は女に対してはオクテで、一年たっても綾香の体には手を出してなかった。

 おまけに彼女は初めてだった。

 その時、高校2年生だったんだから、まあ普通か。


 下心丸出しで旅行に誘った俺に、彼女はワープロで打ち出したA4の紙を突き出した。

 箇条書きになった誓約書に俺は目を丸くした。


『隆一君に綾香の初めてを捧げる為の諸条件』


1>海が見えるホテルのスイートルームである事。

2>海が見える露天風呂に二人で入る事。

3>お姫様だっこでベッドまで連れていく事。

4>私の名前を呼びながら何度もいかせてくれる事。

5>終わったら、私を胸に抱いて腕枕をして寝かす事

6>私より先に寝ない事。

7>私より先に起きない事。

8>ちゃんと避妊する事。



「分かったら、サインして」


 綾香は真剣な顔で俺に言った。

 冗談ではないみたいだ。

 俺は半ば呆れて逆に聞き返す。


「お前、本当に初めてかよ?」


 俺の言葉に綾香はキイキイ怒った。


「失礼ね!当たり前でしょ。女の子の一番大切なものあげるのよ。これっくらいの条件、当然よ」

「だって、初めてにしちゃ具体的過ぎねえ?何度もイカす事って、お前、どうやったらイクんだよ。てか、初めてなんだろ? どこでそんな事、聞いてきたんだよ?」

「どうでもいいでしょ、そんなこと。男だったら自分で考えてよ」

「そっちが初めてなのに分かる訳ないじゃん。矛盾してねえ?」

「し、知らないわよ。とにかくそれは男の仕事だって」


 俺は頭を掻いた。

 当時、まだ19歳だった俺は、耳年増の17歳の綾香に完全に負けていた。

 彼女は顔を真っ赤にして紙を俺の胸にドンと突き出した。


「これをやってくれないなら、隆一君にはあげません!するの?しないの?」

「・・・分かったよ。やってみるよ、できる範囲で・・・」


 俺は勢いに気圧されて、作業着のポケットに入っていた業務用シャチハタで、捺印した。


 思い出して、俺は苦笑する。

 確かに大した女だ。

 桃子が言ったとおり、タダ者じゃなかったかもしれない。

 経験が無くて、他の方法も思いつかなかった俺は、彼女の条件通りに動いて、何とか女の子の一番大切なものを貰う事ができた。

 それ以来、女の子の初体験はあの条件通りすればいいのだと、単純な俺の頭にインプットされた。

 今回、桃子にしたことはインプットされていたプログラムを実行したに過ぎない。


「女の子は進化するんだよ」


 桃子が言ってたのを思い出す。

 確かに、綾香は俺を好きだったと思う。

 暴行の常習の俺と一年も付き合ってから、大事なものをくれたんだから。

 変ったとしても、あの時の気持ちは嘘じゃないはずだ。

 俺は急に綾香の声が聞きたくなった。

 ムショに行く前に一言だけ。


 車を国道沿いのコンビニに止めて、俺は携帯を取り出した。

 彼女の番号はまだメモリーに入っている。

 車の時計は昼を回っている。

 出てくれればいいけど。


 何度かコール音がした後、彼女が出た。


「・・・隆一君?」


 不審そうにオズオズと綾香の声が問いかける。

 俺も少し緊張した。

 まだ2ヶ月しか経ってないのに、知らない女の人の声みたいだ。


「そう。俺。元気か?」

「うん。どうしたの?」


 どうしたのって言われても・・・。

 今から刑務所入るから、とは言えず俺はテキトーに返事をすることにした。


「いや、この前、カンジ悪い別れ方しちゃって、悪かったと思って。ごめん」


 ああ、と彼女は明るく言った。


「こっちこそ、唐突に切り出しちゃってごめんね。でも、私、ずっと考えて、決めたの。大きな世界に行こうって」

「大きな世界?」

「隆一君も言ったでしょ?この街にいてもしょうがないって。私なんか大学卒業したってこの街でフラフラ、バイトするだけで終わっちゃうわ。私はそんなの嫌なの。あたし、イギリスに留学することにしたから、未練のあるものは断ち切ろうと思って、別れる事に決めたんだ」

「イギリスに留学!?」


 俺は驚いた。

 派手で軽いカンジの綾香が、そんな真剣に将来の事を考えてたのは意外だった。


「そうよ。日本にいても、就職先なんかないもの。私はイギリスに今から留学して、就職活動もしてくるつもり。就職決まったら、もう戻ってこないわ。大学も辞める。だから、隆一君に待ってもらうの悪いから、別れることにしたの。日本に未練は残したくないからね」


 俺は絶句した。

 ハキハキ自信を持って話す彼女の声は、別人みたいだった。

 俺が工場で無気力に単純作業やってる間、綾香は自分なりに人生を考え、努力してたんだ。

 お前はやっぱり大した女だ。


「隆一君、私が変ったと思ってるでしょ?」


 悪戯っぽく言った彼女の言葉に、俺はギクっとする。


「ああ・・・まあ。思ってた・・・」


 開き直ったように、彼女は続けた。


「私は変ったよ。自分を磨こうといつも努力してるんだから、日々変っていくのは当たり前でしょ?あたしは、もっと広い所を見たい。もっと色んな人と会いたい。それが隆一君への気持ちより、今は勝ってるのよ」

「分かってるよ。綾香」


 俺は笑いながら、さっぱりした気分で言った。

 こいつを応援したい。

 素直にそう思った。


「頑張れよ。応援する。でも、一つだけ聞いてもいい?」

「何?」


 俺は少し緊張して、思い切って言った。


「俺が初めての相手で後悔してないか?」


 電話の向こうで彼女が笑った。


「してないよ。だって最高の夜だったもん。大好きだったよ、隆一君!」





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