第23話
朝の光の中であたしは目を覚ました。
部屋の時計は6時を指している。
窓の外に広がる太平洋が朝日を受けて銀色に輝いているのが見えた。
そして・・・。
あたしの目の前には、まだ眠っている彼の浅黒い体があった。
あたしを胸に抱きしめたまま、腕枕で寝てくれたんだ。
触れ合う素肌に、彼の体温を感じる。
子供みたいに寝息を立てている彼の唇に、あたしはそっと口付けた。
その時、閉じられていたリュウ兄の細い切れ長の目が薄く開いた。
あたしは慌てて顔を離して寝たフリをする。
それに気が付いた彼の腕が、あたしの体をそっと抱き寄せた。
「起きてんのか?」
気だるい、寝起きの低い声がセクシーだ。
あたしは、何だか気恥ずかしくって目を瞑った。
「・・・寝てます」
「ああ、そう」
あたしのポチャポチャした首に、彼は突然、歯を立ててキスをした。
「いたたた!痛いよ!リュウ兄!」
逃げようとするあたしを彼の腕は素早く抱え込み、抱きしめる。
あたしの顔を手繰り寄せると、今度は唇にキスをする。
彼の温かい手があたしの胸を包み込み、体が溶けていく感覚にあたしはまた脱力してしまう。
「お前さ、綺麗だよ」
突然、リュウ兄は言った。
「な、何言ってんの?急に?」
聞きなれないその台詞に、あたしは動揺して赤面する。
彼は上を見て、うーん、と考える。
「俺、お前の甲高いアニメ声とか苦手だったんだけどさ。昨日、それ聞いて結構興奮した。太ってて肉の感触が気持ちいいし、肌綺麗だし、色白デブって結構好みかも・・・」
彼が言い終わる前に、あたしは枕を掴んで立ち上がった。
「アニメ声の色白デブで悪かったわね!褒めてんのか、貶してんのかどっちかにしてよ!」
「褒めてるって!おい、暴力反対だろ!」
枕は横になっているリュウ兄の顔を直撃した。
ベッドでひとしきり暴れた後、あたし達は昨日から全く食事をしないでいたことを思い出した。
「朝は食堂で朝食バイキングがあるって。それとも、ルームサービス頼む?」
ベッドに備え付けてあるホテルの案内パンフレットをパラパラ開いてリュウ兄は聞いた。
お腹は減っている。
猛烈に。
だけど、この部屋から出た瞬間、あたし達の前には現実が立ちはだかっている気がした。
リュウ兄は今日、自首するんだ。
朝が来たのがこんなに早かったのが悔やまれる。
何で、寝ちゃったんだろう。
黙っているあたしをリュウ兄は後ろから抱きしめた。
「まず、風呂入る?」
「・・・うん」
「朝食はルームサービスでいい?」
「・・・うん」
「泣くなよ」
「・・・うん」
あたしはポロポロ涙を落として既に号泣モードに入っていた。
「俺は大丈夫だから心配するな。警察は慣れてるよ」
耳元で笑いながらリュウ兄は囁いた。
朝日に照らされた海を見ながら、あたしはバスルームのガラス戸を開けた。
潮風が一気に入ってきてお風呂の中の蒸気を飛ばす。
なるほど。
こうやってガラス戸を開放してお風呂に入れば露天風呂になるんだ。
潮風を感じながら、朝日でキラキラ光る湯船に入るのは最高だ。
そしてあたしの横には、美しいアポロン。
何て贅沢なんだろう。
「今から、メシ食って、それからお前の学生寮に戻るからな。そしたら、俺、行くよ」
リュウ兄は何てこともなさそうに、顔をタオルでこすりながら言った。
でも、あたしは恐れていたその言葉に体を硬くする。
「あ、あたしも行くよ、警察」
「バーカ、来んなよ。かっこ悪いじゃん。手錠とか掛けられたら俺でもちょっとヘコむじゃん? 人に見せたくねえよ」
手錠・・・。
あたしの脳裏に刑事ドラマで見た、面会シーンが浮かぶ。
パジャマみたいな白いシャツとズボンで、後ろに回された手に手錠をかけられ歩かされる犯罪者。
大学生に対する傷害罪で逮捕された会社員 藤井隆一容疑者23歳・・・。
ニュースのテロップはきっとこんな感じだ。
あたしはその現実を受け止める自信はなかった。
「嫌だよ。やっぱり、嫌!リュウ兄ちゃん、あたしと逃げよう?」
半分泣き出して、あたしは彼の胸に縋り付いた。
彼は黙って、あたしの髪を触る。
あたしを悟らすように、そして自分に言い聞かせるみたいに彼はゆっくり言った。
「俺は人生諦めてないんだ。わざわざ自首するのは少しでも早く刑を終わらせたいからだよ。死んではないだろうけど、ヤツがどの程度怪我したか分かんないし・・・まあ、示談じゃ済まないだろうからな。嫌な事は早く済ませたほうがいい。お前は・・・気にしなくていいから。そりゃ、待っててくれたら嬉しいけど・・・」
いい終わる前に、あたしは彼の首に両腕を巻きつけ、キスで唇を塞いだ。
無理矢理、舌を入れ、彼の下半身に手を伸ばす。
「・・・おい、ちょっと・・・」
驚いた顔で彼は細い切れ長の目を見開いた。
「待ってる。ずっと待ってる。だから、戻ってきて!あたしのとこに・・・!」
願わくは、あたしを忘れないで・・・すぐに戻ってきますように・・・。
あたし達は潮風を感じながら、最後にもう一度愛し合った。