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Model  作者: 南 晶
第1章
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第2話

 俺の妹、藤井桃子は、今俺が立っているショッピングモールから車で30分ほどの所に下宿している。

 この辺じゃまあ、ランクの高い国立教育大学の美術科の2年生だ。


 長男の俺が不良で、何とか工業高校を卒業できるレベルだったのに対し、国立大学に進学した彼女は藤井家の期待の星だったと言ってもいい。

 確かに小さい頃は、成績優秀な優等生だった。

 そのデキのいい頭脳が、今となっては別の方向に暴走しているのを親はまだ知らない。


「リュウ兄ちゃん、今どこ?バレンタインだしチョコあげようと思って」


 鼻にかかった甲高いアニメ声。

 こういうのが好きな男も世の中にはいるだろう。

 そうではない普通の男の俺には、ヤツの声は少し耳障りで、俺はケータイを少し耳から離した。


「今?お前んとこから遠くないとこ。チョコくれるんなら行くけど」

「うわあ、来て来て。どこにいるの?」


 何で聞きたがるかな・・・?

 俺は少しうんざりする。

 現状を説明するのが面倒で、俺は適当に返事をする。


「・・・どこだっていいだろ。それよりお前メシ食った?」

「ううん、まだまだ。なんか食べに行く?」

「出かけんの面倒くせえよ。下宿にいるんだろ?そこで待ってろ。ハンバーガーでも買って行くから」

「えー、今どこにいるの?マクド?」


 だから聞きたがるなって・・・。

 俺は一方的に電話を切ると、車に乗ってエンジンをかけた。


 俺たちきょうだいの実家は、日本を代表する自動車メーカーの本拠地と隣接した工業地帯にある。

 ここで生まれ育つと、何らかの形で車産業に関わる仕事に就いてしまう。

 俺も例外なくそう育った。

 桃子はその工業地帯から少し離れた大学に進学した。

 実家から大学まで車で30分の距離だ。

 だから全く下宿する必要はないのだが、美術の課題の締め切りが迫ると大学に泊まって来ることもザラにあって、親は渋々学生寮に入る事を承諾した。

 俺は時々、親から頼まれた届け物を渡しに桃子の部屋を訪ねるようになった。

 不良の俺とは全く違う人種の彼女と口を利く様になったのは、実は最近だ。


 ハンバーガー屋のドライブスルーでビッグマックセットを二人分買って、俺は妹の待つ下宿に向った。

 畑と隣接した学生寮は、オンボロアパートという名が相応しい、レトロな建物だ。

 俺は畑の農道に車をとめて彼女の部屋まで歩いていく。

 木造の昔の小学校みたいな造りの建物だ。

 女子専用な筈なのに、いつもこの建物の中で学生風の男どもに会う。

 まさか、こいつらも姉妹に会いに来てる訳じゃないだろう。

 多分、俺もそうは思われてないだろうから、まあ、お互い我関せずといったところだ。


 階段を登る足音がしたのか、桃子はドアを開けて俺の到着を待っていた。


「いらっしゃ~い、リュウ兄ちゃん!」


 手をひらひら振って、彼女はニンマリ笑う。

 俺はその姿を見て思わず苦笑いする。

 自分の妹ながら、その容姿を何と表現すべきか・・・。


 まず、小さくて太っている。

 運動できなくて外に出ないから、激白い顔。

 羽二重餅みたいな顔に分厚い赤いフレームの眼鏡。

 長い黒髪はセンターで二つに分けて両方の耳の後ろで縛っている。

 まるで教科書に出てきた弥生時代の人みたいだ。

 運動できないくせに、何故かスポーティーなラインの入った紺色のジャージを上下で着ている。

 まあ、俺もオイルで汚れた群青色の作業着だし、ファッションについては人のこと言えないけど。

 少なくともさっき俺をフった綾香と同じ女とは思えない。


 彼女に招かれて、俺は部屋に入った。

 が、汚くて、足の踏み場が無い。

 美大生らしいキャンバスやスケッチブックが重ねて部屋の隅に置いてある。

 それはいいとしよう。

 実家から持ってきたカラーボックスには、本や、雑誌、マンガ、教科書なんかがバラバラに突っ込んである。

 それらの本が棚に置いてある意味が無いほど、床には更に本がばら撒かれている。

 ベッドには布団に匹敵する、洗濯物の山。

 極めつけが、壁に架かっている青いロングヘアーのウィッグにパールホワイトの宇宙服みたいなレオタード

 これってコスプレってヤツか・・・?


「おい、何だよこれ?」


 挨拶もそこそこに、俺はその衣装が気になって聞いた。

 まさか着るんじゃないだろうな?

 俺が興味を持ったのを、彼女は嬉しそうに笑って答える。


「ボカロのミクちゃんだよ」

「・・・誰だって?」


 聞いたこともない人だ。

 歌手か?

 怪訝な顔をした俺に、桃子は説明するのを諦めた。

 床に散らばった雑誌を手で掻き分けると、そこに座布団を敷いて俺に勧める。


「まあ、いいからいいから。リュウ兄ちゃん元気だった?チョコ貰えた?」


 嫌なこと言いやがって・・・。

 俺はさっきの出来事を思い出して舌打ちした。


「・・大きなお世話だ。お前こそ他にチョコやる男はいないのか?」


 彼女は丸い顔に笑窪を作ってコロコロ笑った。


「あ・た・し・は~、三次元の男性には興味ないんですう」

「・・・ああ、そう」


 お前に興味がある三次元の男も、あんまりいないだろうけどな。

 俺はなんか脱力して、足元に散らばった雑誌を手に取った。

 少年ジャンプくらい置いてないのか。

 手に取った雑誌は少女漫画・・・と思いきや目がキラキラした男同士が絡み合ってる・・・なんだこれは?


「あ、これえ?あたしの愛読書。BL系なんだけど、リュウ兄ちゃん好きかなあ?」

「俺が好きかって?・・・んなわけねえだろ!」


 俺はおぞましくて、雑誌を床に投げ捨てた。

 何で、俺がここでホモ少女漫画読まなくちゃなんないんだ?


 桃子は気にする風もなく俺が持ってきたハンバーガーの袋をガサガサさばくりだした。


「あ、ビッグマックだ。ありがと!丁度お腹減ってたとこなんだ」


 ハンバーガーの袋を見つけて、彼女は幸せそうに食べ始めた。

 その姿は大きな白いハムスターみたいだ。

 無邪気なその顔を見てるうちに、俺はなんか苛ついてたのがバカバカしくなってきた。

 ポケットからタバコを取り出して火をつける。


「リュウ兄ちゃん、食べないの?」


 モグモグ口を動かしながら、桃子は灰皿を勧める。


「お前の顔見てから食べるよ。面白いから」



 そう、こいつは面白い。

 俺の妹、桃子は自他共に認める非モテ腐女子だった。





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