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Model  作者: 南 晶
第2章
19/30

第19話

 それから、あたし達は白い砂浜を歩いた。

 目の前に広がる大海原を見ていると、自分達の儚さを感じる。

 シーズンオフの平日の海に人影はなく、あたし達はこの世で二人っきりになった漂流者みたいだ。

 広がる大空に続く水平線。

 すっごい開放感。

 目の前に何もないことが、こんなに美しくて心もとない。


「同じ県なのに、内陸側は損してる感じだな。俺もこっち側に生まれたかった」

 

 リュウ兄は舌打ちした。

「しょうがないじゃん。海がない県もあるんだから、我慢しなくちゃ」


 あたしも慰めにもならない事を言った。


「リュウ兄ちゃん、これからどうするの?」


 グイグイと手を引っ張られて、ここまで歩いて来たけど。

 車もさっきの波止場のパーキングに置きっ放しだ。

 まさか、ここで心中する気じゃないよね・・・?

 少し不安になったあたしは、恐る恐る聞いてみる。

 あたしの心を見透かすように、彼は振り向いてニヤっと笑った。


「俺とここで死んでくれる?」

「・・・え?」


 あたしは一瞬凍りついた。

 でも、自分でも驚くほどに答えは決まっていた。


「いいよ。リュウ兄と一緒なら」


 あたしの答えに今度はリュウ兄が凍りつく。

 一瞬、強張った顔がすぐに緩んで、彼はあたしの頭をクシャクシャなでた。

 嬉しかったのかな?

 バーカ、と言って笑うと、彼はまたあたしの手を引っ張って歩き出した。


 やがて、あたし達の目の前に真っ白な要塞みたいな巨大建造物が姿を現した。

 高級感溢れるリゾートホテルだ。

 椰子の木や、棕櫚の木の並木が南国の雰囲気を感じさせる。

 テニスコートやプールが敷地内にある。

 セレブ専用本格リゾートホテルじゃないの?ここ。

 見るからにお金がかかりそうだ。


 リュウ兄はホテルのエントランスに続く並木の歩道を、どんどん歩いていく。

 慣れない場所にオドオドし始めたあたしをグイグイ引っ張って、リュウ兄は堂々とロビーに入っていった。

 南国風のロビーには、小さな滝がついた小川が流れていて、せせらぎの音が涼しげだ。

 どういう仕掛けでホテル内で川が流れるのか、よく分からないけど。

 エスニックな藤細工のソファや、照明器具をあたしはもの珍しげに眺めた。


 レセプションでキッチリおでこを出して髪をアップに纏めた女性従業員に、リュウ兄は声を掛ける。


「予約しました藤井です」


 女性はカウンターでリストに一瞥してから、あたし達を見てにっこり笑った。


「藤井隆一様、桃子様ご夫妻ですね。お待ちしておりました。最上階のスイートルームお取りしております。今からチェックインできますので、こちらの用紙にご記入をお願いします」


 あたしは思わず吹き出しそうになり、慌てて口を押さえた。

 リュウ兄の脇腹を突付いて聞こえないように囁く。


(あたし達、夫婦になってるじゃん)

(そう言った覚えはねえけど、苗字が同じなんだからしょうがねえだろ。今更、否定するのも面倒だしな)


 リュウ兄も苦笑いしながら言った。


 簡単な用紙に記入し終わると、あたし達は鍵を持ったクラークにおもむろに最上階まで案内された。

 ある一室の前で、クラークは鍵を開け、あたし達を中に入るよう促した。

 だだっ広い部屋にキングサイズのベッド、ジャグジー付きのバスルームからは太平洋が一望できる。

 間違いない。

 一晩、10万円以上コースだ・・・。

 新婚さんが一生に一度の記念に泊まるところじゃないの?

 彼が何を考えてるのか、あたしにはもう理解不能だった。

 クラークはマニュアル通りの説明を一通り終えると、うやうやしく頭を下げ、部屋から出て行った。


 リュウ兄は鍵を閉めると、子供みたいに窓に張り付いて、眼下に広がる太平洋を眺めた。


「すげーじゃん。おい、桃子。風呂入ろうぜ、風呂! 海が見える露天風呂だぞ」


 はしゃいで早々とパーカーを脱ぎ始めるリュウ兄を、あたしは困惑して見つめる。


「ここ、高いんじゃない?大丈夫?」

「今まで金使った事ないんだから、たまにはいいだろ?刑務所入ったらしばらく金使わないし、だったら今しかないだろ?」


 あたしの返事も待たずに、自問自答しながら、さっさと服を脱ぎ始める。


 なんで、脱衣所で脱がないの・・・。

 きっと、モデル体験のせいで、あたしの前で裸になるのに抵抗が無くなってしまったんだ。

 それには少し罪悪感を感じるけど。


「お前も入れよ、ホラ」


 素っ裸になって、タオルを掴むとリュウ兄は軽く言った。


「い・や・で・すうう!後から一人で入るもん!」

「何で?いいじゃん。バスタオル巻いて入れば?」

「やだよ、一緒に入るなんて!恥ずかしいもん」


 リュウ兄は呆れた顔で、あたしを見下ろす。


「お前、人の陰毛まで写生しといて、今更よく言うね。恥ずかしいのはこっちだってんだよ」

「そっそれは、芸術の為だから別の話です!あたしが恥ずかしいのは・・・」

「分かった!自分が太ってるからだろ?」


 あたしは手に持ってたスケッチブック入りのカバンを、リュウ兄目掛けて振り回した。


「ほっといてよ!どうせあたしはデブですよおだ!」


 ハハハ・・・と高らかに彼は笑った。


「別に興味ねえよ。いいじゃん、タオル巻いて入ったら?」


 あたしの返事も待たずに、バスタオルを投げて寄越すとリュウ兄はさっさとバスルームに入っていった。


 何なのよお・・・この異常なハイテンション。

 今日のあたしはリュウ兄に振り回されっぱなしだ。

 次は無いと思うから、必死で楽しんでるのかもしれないけど。

 あたしはタオルをギュっと抱きしめた。


 しょうがない。

 今日は振り回されてやるか。

 あたしは覚悟を決めてバスルームに入った。





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