第18話
ナビの到着予定時刻ピッタリに、あたし達は海が見えるパーキングに到着した。
そこはフェリーの波止場だった。
平日だけに人もまばらで、閑散としている。
あたし達は車を降りて、堤防に激しく打ち寄せる波を呆然と眺めた。
潮風が鼻について、ドーンという海鳴りがお腹に響いてくる。
海に来たのなんて何年ぶりだろう。
子供の頃、まだお父さんがいた頃は毎年来てたような・・・。
そう言えば、何となくこの風景に見覚えがある。
「桃子、覚えてる?ここからフェリーで、どっかの島に行ったの。親父がまだいて、かあさんと、俺とお前がいてさ。多分あれが、最後だったかなあ・・・」
遠い目をしてリュウ兄はタバコの煙を吐き出した。
何となく、その記憶は残ってる。
多分、あたしが6歳くらいだったかな。
リュウ兄もまだ、不良じゃなかった。
どちらかと言えば、大人しい男の子だった気がする。
あたしもまだ、こんなに太ってなかったし、普通の女の子だった。
「俺さ、あの時、楽しかったんだ。まさか、あの後、離婚するとは思ってなかったからな」
自嘲的に言って、リュウ兄は笑った。
そっか。
ここは幼かったリュウ兄の思い出の場所なんだ。
あたしは小さかったから、お父さんのことも離婚したこともあまり記憶に残ってない。
でも、小学生だったリュウ兄には辛い思い出だったに違いない。
最後に見たかったんだね。
楽しかった子供の時みたいに、この景色をもう一度。
「また、来ようよ。お母さんも連れて。ね?」
あたしはリュウ兄の腕に巻きついた。
「ああ、そうだな。またいつか来れるといいな」
嬉しそうに、でも悲しげに笑ってリュウ兄はあたしを見た。
今度はいつ来れるのかなんて、あたし達には何の確信もなかった。
「なあ、桃子。俺のこと怖いか?」
唐突にリュウ兄は、言った。
あたしは意味が分からず、腕に巻きついたまま彼の顔を見上げる。
「何で?怖くなんか・・・」
言いかけた時、リュウ兄のもう片方の腕があたしを捕まえた。
あたしはあっと言う間に、二本の逞しい腕に挟まれてリュウ兄の胸の中に収まってしまった。
あたしの顔が彼の胸にギュッと押し付けられる。
「な、な、何すんの・・・!?リュウ兄ちゃん!」
突然の抱擁に、あたしは悲鳴を上げた。
体は無意識に反応する。
思わず伸ばしたあたしの腕は、リュウ兄の顎にアッパーを喰らわした。
怖い。
また吐きそう・・・。
腕からすっぽ抜けたあたしを見て、リュウ兄は顎を押さえて苦笑した。
「俺が怖い?男だから?」
「こ、怖い!触られるのがダメ。触るのは大丈夫なのに・・・。変だね。被さってくる感じがヤダ・・・」
上手くこの感情を表現することができなくて、あたしはしどろもどろに言い訳した。
リュウ兄は気を害した風もなく、笑みを見せる。
「じゃあさ、お前がやれよ」
「は?何をですか?」
「触られるのが嫌なんだろ?だったら、お前が俺に触ってくれる?」
「えええ!?」
ほらっと言って、リュウ兄は体を屈めた。
変な気持ちだった。
すごく胸がドキドキしてる。
あたしは言われるまま、彼に近づき、彼の頬に触れた。
彼は少しくすぐったそうに、首を傾げて目を伏せる。
何だか、大きな犬に触ってるみたいだ。
そして、短い髪に触れ、首筋をなぞり、シャツの上から逞しい胸に触れる。
その手に彼の心臓の音が跳ね返るように伝わってくる。
「・・・どきどきいってる・・・」
「男も怖いんだよ。お前だけが怖いんじゃない。だから心配すんな」
リュウ兄は笑っていうと、あたしの手を握って歩き出した。
何、これ・・・。
あたし、どきどきしてる。
彼の分厚い胸の感触が、掌に残ってる。
あたしの為に自分の全てを曝け出してくれた人。
闘ってくれた人。
そして、明日あたしの為に全てを失ってしまう人。
あたしは、リュウ兄ちゃんに何をしてあげられるんだろう・・・。
力強い手に引っ張られながら、あたしは目の前を歩く大きな背中に問いかけていた。