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Model  作者: 南 晶
第2章
18/30

第18話

 ナビの到着予定時刻ピッタリに、あたし達は海が見えるパーキングに到着した。


 そこはフェリーの波止場だった。

 平日だけに人もまばらで、閑散としている。

 あたし達は車を降りて、堤防に激しく打ち寄せる波を呆然と眺めた。

 潮風が鼻について、ドーンという海鳴りがお腹に響いてくる。


 海に来たのなんて何年ぶりだろう。

 子供の頃、まだお父さんがいた頃は毎年来てたような・・・。

 そう言えば、何となくこの風景に見覚えがある。


「桃子、覚えてる?ここからフェリーで、どっかの島に行ったの。親父がまだいて、かあさんと、俺とお前がいてさ。多分あれが、最後だったかなあ・・・」


 遠い目をしてリュウ兄はタバコの煙を吐き出した。

 何となく、その記憶は残ってる。

 多分、あたしが6歳くらいだったかな。

 リュウ兄もまだ、不良じゃなかった。

 どちらかと言えば、大人しい男の子だった気がする。

 あたしもまだ、こんなに太ってなかったし、普通の女の子だった。


「俺さ、あの時、楽しかったんだ。まさか、あの後、離婚するとは思ってなかったからな」


 自嘲的に言って、リュウ兄は笑った。

 そっか。

 ここは幼かったリュウ兄の思い出の場所なんだ。

 あたしは小さかったから、お父さんのことも離婚したこともあまり記憶に残ってない。

 でも、小学生だったリュウ兄には辛い思い出だったに違いない。


 最後に見たかったんだね。

 楽しかった子供の時みたいに、この景色をもう一度。


「また、来ようよ。お母さんも連れて。ね?」


 あたしはリュウ兄の腕に巻きついた。


「ああ、そうだな。またいつか来れるといいな」


 嬉しそうに、でも悲しげに笑ってリュウ兄はあたしを見た。

 今度はいつ来れるのかなんて、あたし達には何の確信もなかった。


「なあ、桃子。俺のこと怖いか?」


 唐突にリュウ兄は、言った。

 あたしは意味が分からず、腕に巻きついたまま彼の顔を見上げる。


「何で?怖くなんか・・・」


 言いかけた時、リュウ兄のもう片方の腕があたしを捕まえた。

 あたしはあっと言う間に、二本の逞しい腕に挟まれてリュウ兄の胸の中に収まってしまった。

 あたしの顔が彼の胸にギュッと押し付けられる。


「な、な、何すんの・・・!?リュウ兄ちゃん!」


 突然の抱擁に、あたしは悲鳴を上げた。

 体は無意識に反応する。

 思わず伸ばしたあたしの腕は、リュウ兄の顎にアッパーを喰らわした。

 怖い。

 また吐きそう・・・。


 腕からすっぽ抜けたあたしを見て、リュウ兄は顎を押さえて苦笑した。


「俺が怖い?男だから?」

「こ、怖い!触られるのがダメ。触るのは大丈夫なのに・・・。変だね。被さってくる感じがヤダ・・・」


 上手くこの感情を表現することができなくて、あたしはしどろもどろに言い訳した。

 リュウ兄は気を害した風もなく、笑みを見せる。


「じゃあさ、お前がやれよ」

「は?何をですか?」

「触られるのが嫌なんだろ?だったら、お前が俺に触ってくれる?」

「えええ!?」


 ほらっと言って、リュウ兄は体を屈めた。

 変な気持ちだった。

 すごく胸がドキドキしてる。

 あたしは言われるまま、彼に近づき、彼の頬に触れた。

 彼は少しくすぐったそうに、首を傾げて目を伏せる。

 何だか、大きな犬に触ってるみたいだ。

 そして、短い髪に触れ、首筋をなぞり、シャツの上から逞しい胸に触れる。

 その手に彼の心臓の音が跳ね返るように伝わってくる。


「・・・どきどきいってる・・・」

「男も怖いんだよ。お前だけが怖いんじゃない。だから心配すんな」


 リュウ兄は笑っていうと、あたしの手を握って歩き出した。


 何、これ・・・。

 あたし、どきどきしてる。

 彼の分厚い胸の感触が、掌に残ってる。


 あたしの為に自分の全てを曝け出してくれた人。

 闘ってくれた人。

 そして、明日あたしの為に全てを失ってしまう人。

 あたしは、リュウ兄ちゃんに何をしてあげられるんだろう・・・。

 

 力強い手に引っ張られながら、あたしは目の前を歩く大きな背中に問いかけていた。




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