第17話
校門を抜け、あたし達は学校から少し離れたコインパーキングに辿り着いた。
朝、あたし達はここに車を留めて、大学に向ったんだ。
リュウ兄が精算してる間、運動不足でコレステロール値も高いあたしは、アスファルトに座り込んでゼエゼエ肺の奥から息をした。
リュウ兄の行動は迅速だった。
助手席のドアを開けると、まだヒーヒー言っているあたしをグイグイ押し込み、自分もさっさと運転席に乗り込むと、エンジンをかける。
「飛ばすぞ、ベルトしとけよ」
言うや否や、リュウ兄はアクセルを踏み込み、ハンドルを切った。
その勢いで、あたしは顔から窓ガラスにベタっと押し付けられる。
エンジン全開で駐車場から飛び出した車は、車道に出るとドリフトをして向きを変えた。
キキキー!とタイヤは悲鳴を上げ、ノロノロ歩いていた通行人が飛びのいて道をあける。
な、なにもここから飛ばさなくてもいいでしょ!
あたしは泣きそうになってベルトに掴まった。
あたしの呼吸が何とか収まった頃、車は国道一号線に入った。
まだ免許を取ってないあたしには、どっちに向ってるのかもさっぱり分からない。
「あー!気持ち良かった!久々に人殴ったぜ!」
突然、高笑いしながらリュウ兄ちゃんが叫んだ。
あたしは恨めしそうな顔をして、その横顔を睨む。
「気持ち良かった、じゃないでしょ!嘘つき!最初からケンカするつもりだったんだね!」
ポカポカ殴りかかるあたしの手を、リュウ兄は運転しながら左手で器用に遮る。
「当ったりめえじゃん。俺は不良だからな。でも、あんな弱い奴とやったの初めてだ。もっとやっときゃ良かった」
「何言ってんのー!逮捕されちゃうよ!被害届けでも出されたら・・・」
あたしの言葉にリュウ兄はおかしそうに笑った。
「分かってるって。俺は経験者だからな。まあ、出すに決まってるよ。大学の物もかなり壊したしな。だから明日出頭する」
「え・・・?」
あたしはその言葉に青くなった。
今更ながら、彼がしたことの重大さに気付いた。
「・・・警察に行くってこと?」
「行くよ。自首する。ただし、明日な。今日は逃げ切るぞ」
ハハハ・・・とリュウ兄は高らかに笑う。
何が可笑しいの?
自首したら、逮捕されちゃうじゃん!
「やだよ。リュウ兄はあたしの為にやったんだもん。そりゃ、ケンカはまずかったけど、元はと言えば佐藤先輩があたしを・・・」
「桃子!」
言いかけたあたしをリュウ兄が制した。
「お前は関係ないからな。何も言わなくていい。俺が勝手に手ぇ出したんだから。大丈夫、警察は慣れてる」
慣れてるって、補導されてたのはまだ未成年の時じゃん。
社会人になってから逮捕されたら刑務所じゃないの?
あたしの気を知ってか知らずか、リュウ兄は涼しい顔をして窓を開けると、タバコに火をつけた。
煙と一緒に外の風が吹き込んできて、あたしの髪が四方になびいた。
「バカ・・・。リュウ兄ちゃんのバカ・・・!」
黙り込んだあたしを見て、リュウ兄は言った。
「なあ、桃子。今から海行かねえ?」
「はあ?何、呑気な事言ってんのよ?」
突然の提案にあたしの声がひっくり返る。
リュウ兄は楽しそうに、笑いながら続ける。
「いーじゃん。俺、この街嫌いなんだよ。工場ばっかでゴタゴタしててさ。なあ、海行こうぜ」
「そ、それどこじゃないでしょ?逮捕は?」
「だから、今日だけ。執行猶予だ。今までのモデル料の代わりに俺に付き合え」
リュウ兄はアクセルを踏み込む。
その時、気が付いた。
車のナビゲーターは既に海に向って南下するルートを示している。
目的地まで設定されている。
到着予定時刻13:30
目的地は伊良湖岬。
あたしはやっと理解した。
ここまで、リュウ兄は計画済みだったんだ。
逮捕覚悟で暴れた後、海で最後の時を過ごして、翌日自首。
最初から、刑務所に入る事まで予定に入ってるんだ。
あたしのために・・・!
こぼれる涙はもう止めようがなかった。
しゃくり上げて泣き出したあたしの頭を、リュウ兄の左手がクシャクシャなでる。
「泣くなよ、バーカ。今日はお前は俺の彼女だ、いいな」
リュウ兄は可笑しそうに笑ってハンドルを切った。