第16話
佐藤先輩はじめ取り巻き一同の目の前に、リュウ兄に蹴られたテーブルは反転しながら吹き飛ばされてきた。
テーブルの上のコーヒーカップや皿がバラバラ床に落ちて割れ、破片を撒き散らす。
女の子達は悲鳴を上げて、その場から飛び退いた。
食器が割れる大きな音に、ホールは一時騒然となる。
飛び上がっていち早く逃げようとする先輩の襟首を掴んでリュウ兄は自分の顔の前にグイっと引き寄せた。
先輩の顔は恐怖で引きつっている。
それでも必死に反抗的な態度を取り続けているのはさすがだ。
それが、命取りになるとも知らずに・・・。
お願い、せめて抵抗しないで!
リュウ兄はホントに恐い人なんだよおお!
「こ、こんなことして暴行罪で逮捕だぞ、てめえ!」
顔を引きつらせながら、先輩はまだ大口を叩く。
それを嬉しそうに聞いて、リュウ兄はヒステリックに笑った。
「上等だ。俺は傷害罪、てめえは強姦罪だ。叩けばホコリが出るのはどっちの体だか、よく考えて通報しな!」
その瞬間、リュウ兄のパンチが佐藤先輩の顔に炸裂した。
先輩の体はテーブルや椅子をなぎ倒して、10mほど吹っ飛んだ。
倒れたテーブルの隙間で仰向けに倒れてた先輩のほうに、リュウ兄は尚もゆっくり近づいていく。
あたしは、その背中にしがみ付いた。
「ダメだよ!リュウ兄!喧嘩しない約束だよ!」
「うるせえ!俺がそんないい奴なわけねえだろ!実は最初っからこの予定だ、どけ!」
あたしは軽く突き飛ばされ、尻餅をついてあっさり敗退。
どうしよう・・・。
もう誰も彼を止められない・・・。
美しい顔から鼻血を出して、先輩はムクリと起き上がった。
ポケットから携帯電話を出して、震える手でボタンを押そうとしている。
警察に通報する気だ・・・。
あたしが思う間もなく、リュウ兄は見事な回し蹴りで彼の手の携帯を蹴り飛ばした。
バキャっ!と小気味良い音と共に、携帯は大きく弧を描いて宙を舞うと、はるか彼方の厨房の壁に当たって、バラバラになった。
「ワリイな。喧嘩で負けたことないんだよ。俺は」
ギラギラした目で笑いながらリュウ兄ちゃんは、やっと起き上がった先輩の胸に蹴りを入れ、土足で踏み倒した。
その顔は完全にチンピラだ。
気管を圧迫された先輩の美しい顔が紫色に染まっていく。
「お、オレが何したんだ・・・よ?・・・てかアンタ・・何モンだ?」
苦しい息の下から先輩は切れ切れに言った。
「何したか、だと?そんなこと、てめえで考えろ!俺は藤井隆一、藤井桃子の兄貴だ!」
そう言うと、リュウ兄の足は先輩の股間を蹴り上げた。
完全にノックアウト。
先輩は股間を押さえて蹲ったまま動かなくなった。
逆に、今までシーンとなって状況をただ見つめていた群集が騒ぎ出した。
倒れている先輩の周りに女の子達がキャーキャー悲鳴を上げながら集まってくる。
「おい、桃子。逃げるぞ!」
ぼんやりしていたあたしの腕をリュウ兄はすごい力で掴んだ。
そのまま、グイグイ引っ張られて、あたし達は食堂の外に出る。
騒ぎを聞きつけたのか、今まで他の場所にいた生徒達も一斉に階段を登って、食堂に向って来た。
「食堂でケンカだって!」
「人が殺されたって・・・」
「加害者は凶器を持ってるらしいぞ・・・」
階段を下りていくあたし達とすれ違う生徒達の、緊迫した囁き声が聞こえた。
どうしよう・・・。
すごい大事になっちゃった・・・。
しかも、話に尾ひれがついてる。
リュウ兄、逮捕されるかも・・・あたしのせいで!
「気にすんな、桃子!とにかく車まで走れ!絶対逃げ切るぞ、いいな!」
立ち止まりそうなあたしの手を引っ張る力を緩めず、リュウ兄は怒鳴った。
あたし達は人の波に逆らいながら、校門に向って走り続けた。