第15話
あたしはリュウ兄と手を繋いで別館の食堂に続く階段を上って行った。
エミリンは邪魔をしないように、気を利かせながら少し後ろを付いて来てくれる。
食堂は2階建ての別館の屋上にあって、ガラス張りの外観がオープンカフェみたいな洒落た建物だ。
ガラスのドアを開けると、することがない沢山の学生達が、休み明けの久々の再会に話を弾ませていた。
100席以上のテーブルがあるんだから、かなり大きい食堂だ。
でも、あたしは佐藤先輩がどこにいるのか、もう分かっていた。
本当のブレンドコーヒーがウェイトレスさんによって作られるちょっとリッチなカフェコーナー。
この食堂で一番人気のホットサンドは、ここで作られ、すぐに食べれる。
お洒落なカフェバーみたいなコーナーの真ん前のテーブルに、今日も佐藤先輩は取り巻きと一緒にたむろっていた。
あたし達は、彼らの視界に入らないテーブルを隠れるように陣取った。
エミリンがジュースを三人分買いに席を立った時、リュウ兄はテーブルの下からあたしの足をつま先で突付いた。
「おい、どいつだ?」
「あ、あの席の真ん中に座ってるジャニ系で茶髪の子。チェックのシャツにストールかけてる・・・」
「あのチビか?」
「・・・うん」
「お前の好きなマンガに出てくるヤられる方のタイプだな」
あたしはリュウ兄の容赦ない感想に、思わず吹き出した。
「・・・何、それ?」
「だって、そうじゃん。何であんなのが良かったんだよ?毛も生えてなさそうだ。俺の方が絶対デカ・・ぐっ!」
下品な台詞を最後まで言わさないようにあたしはテーブルの下でリュウ兄の足を蹴った。
確かにそういうタイプだ。
だからあたしは好きになったんだと思う。
穢れのない、永遠の美少年。
ヒゲもスネ毛も、ワキ毛も絶対に生えてきてはいけない。
どうしてBL好きはこういうのに弱いのか、自分でもよく分からない。
彼という人間像を勝手に作り上げてしまってたあたしは、最後まで本質を見抜くことができなかったんだ。
その時。
リュウ兄は突然、ゆらりと立ち上がった。
その視線の先に、こちらを見て取り巻きの女の子達とヒソヒソ話しては笑い転げている先輩の姿があった。
あたし達に気付いたらしい。
佐藤先輩は時々、あたしの方を指差しては何かを取り巻き連中に話す。
その度に輪の中に笑いが起こった。
間違いない。
あたしのこと、笑ってる。
「ちょ、ちょっと待って。リュウ兄ちゃん。何するの?」
「大丈夫だよ。ちょっと挨拶してくるだけだから」
リュウ兄はニヤっと笑って先輩達のテーブルに向って歩き出す。
その目はもう笑ってない。
興奮でギラギラしている。
ヤバイ。
完全にイっちゃってる目だ。
リュウ兄は戦闘モードに入っちゃうと、制御が効かないんだ。
この辺の性格はあたし達はすごく似てる。
あたしは慌てて、リュウ兄の後を追っかけた。
佐藤先輩とその取り巻き達が5人ほどたむろっているテーブルの前に、リュウ兄はゆらりと立ちはだかった。
突然やってきたこのデカイ男を前に、一同シーンと静まり返る。
佐藤先輩だけが、恐怖を隠すかのようにヘラヘラしながらリュウ兄を見上げ、そしてあたしを見た。
「あ、後輩の藤井さんじゃん?この人彼氏?なんかアブナイ人っぽいけど?」
佐藤先輩はあたしに言った。
言い返せなくって、あたしは黙って下を向く。
そこにリュウ兄が口を挟んだ。
「そうです。今、ぼくは桃子さんと付き合ってます。以前、彼女があなたと付き合ってたって聞いて、ぼくはどんな人か気になって来てみたんです」
リュウ兄は造り笑いをしながら丁寧に佐藤先輩に答えた。
でも、あたしには分かる。
もうリュウ兄は爆発寸前だ。
「マジ?あんたかっこいいのに悪趣味だね。もしかしてデブ専?オレはこんな男だよ。見ての通り」
ぎゃはは・・・と必要以上に大きな声で先輩は笑った。
それに合わすかのように、周りの取り巻き連中も笑い出す。
「彼女とは本当に付き合ってたんですか?」
リュウ兄ちゃんが佐藤先輩を睨んで言った。
それを聞いて、先輩は更なる大声でバカ笑いをした。
「オレが付き合う訳ないっしょ?悪いけど、このコ、そういう対象じゃないから。あんたみたいなデブ専ならともかく、オレには無理」
ぎゃっはっは・・という彼の高笑いがホールに響いた。
取り巻き連中も釣られて笑う。
あたしは聞きたくなくて耳を塞ぎたかった。
やっぱり最初から、そういうつもりだったんだ。
泣いてしまいそうだった。
隣で静かに聞いていたリュウ兄ちゃんの異変に気付いたのはその時だ。
リュウ兄が笑ってる。
目をギラギラさせて、佐藤先輩を笑って見つめている。
ヤバイ。
もう完全にイっちゃってるよ・・・!
「・・・そんだけ聞ければ上等だよ。このカマ野郎!」
あたしが止めるのが一瞬遅かった。
そう怒鳴ったと同時に、リュウ兄の長い足は先輩達が囲んでいた丸テーブルを蹴り上げた。