第14話
久しぶりの大学は、人でごった返し、すごい活気だ。
いつもは全ての学生がいるわけじゃないから、全員集合になるとこんなに人が在籍していたことに驚く。
新入生っぽい、まだあどけない顔をした生徒達も集団でうろうろしている。
それを見つけては勧誘チラシを配る体育会系クラブの集団。
特色を見せようと、各部ユニフォームで勧誘しているので、キャンパスはさながら仮装大会だ。
リュウ兄はキョロキョロしながら、あたしの横を歩いている。
大学に行ってないリュウ兄には、初めての光景かもしれない。
「空手部あんのか?」
「あると思うよ。あたしは興味ないけど」
「俺、入ろっかな?」
「勧誘されないよ。新入生に見えないじゃん」
背が高いリュウ兄は歩いているだけで、目立っていた。
が、誰も彼を新入生とは思わないだろう。
新入生どころかOBの風格だ。
その時、リュウ兄の手がふいにあたしの手を掴んだ。
「なっ何?」
驚いたあたしに彼は、アレ、と言って指を指す。
その方向には手を繋いで歩いている、カップルがいた。
「俺達もやろう、アレ」
「えー!恥ずかしいよお」
「うるせえ!黙ってやりゃいいんだよ、ホラ!」
リュウ兄はあたしの手を自分の腕に巻きつける。
そ、それはやり過ぎでは・・・?
ただでさえ目立ってるリュウ兄に、あたしは腕に巻きつき、寄り添い歩いてる。
当然、周りは羨望の眼差しだ。
遠くから、女の子集団がキャッキャ言いながらこちらを見つめている。
多分、何であんなかっこいい人が、あんなデブと歩いてるのって言われてるんだろうなあ・・・。
リュウ兄の気持ちは嬉しかったけど、彼に対して何だか申し訳なくなった。
でも。
確かに気持ちいい。
皆に見られてるこの優越感。
リュウ兄が兄ちゃんじゃなかったら良かったのに。
でも、兄ちゃんじゃなかったら、相手にもしてくれないかな?
「あー!モモタン!見ぃつけたあ!」
突然、背後から甲高い声で呼ばれて、あたしはギクっとして振り向いた。
親友のエミリンが、こちらに向ってダダダ・・と駆け寄ってくる。
あたしと同じくくらい、小さくて元気なエミリンは、本名は鈴木恵美子。
眼鏡に、おでこを出したポニーテール、そしてやっぱり、ぽっちゃり系。
大学に入ってから、同じマンガ研究会で知り合い、それからBL仲間になった。
地元が静岡県のエミリンは、春休みの間、帰省していて久しぶりの再会だった。
あたしたちはキャーキャー甲高い声を上げて、抱き合った。
「エミリン、久しぶりい!里帰り、どうだった?」
「あっという間だったよ。あ、モモタンにお土産買ったしね。ワサビ茶漬け。後で渡すよお」
あたしたちが抱き合って再会を喜んでる間、リュウ兄はまさに苦虫を潰した顔であたし達を見下ろしていた。
ついていけねえ、って顔が言っている。
「あ、モモタン。このイケメン誰?怪しいぞおお?」
エミリンはあたしのお腹を突付いて、ニヤリと笑う。
親友のエミリンだけど、今日だけは騙しちゃおっかな。
あたしはわざと、リュウ兄の腕に巻きついて言った。
「紹介しま~す!モモタンの彼氏のリュウ君でーす!」
あれ?
さっきまで、恥ずかしかったのに。
一度開き直ったら、なんか調子出てきた。
我ながら、ふてぶてしい性格だ。
あたしに巻き付かれたリュウ兄の拳が震えている。
調子にのんな、このやろう!って声が聞こえてきそうだ。
でも、リュウ兄は背の低いエミリンのために少し体をかがめて、笑みを見せた。
うわ!
リュウ兄ちゃんが笑った。
すっごいサービス精神だ、こりゃ。
「初めまして。彼女がお世話になってます」
リュウ兄ちゃんに笑いかけられたエミリンは、真っ赤になって手を振った。
「そ、そんなあ!こっちこそお世話になってますよお。モモタンはエミリンの大事なお友達なんですよお」
「そうみたいだね。ありがとう」
必死に作り笑いをするリュウ兄。
BL友達だってことは、もう分かっているみたいだ。
エミリンはあたしの手を引っ張って、ヒソヒソ内緒話を始めた。
「ねえ!カッコいいんですけど!モモタンいつから付き合ってたの?」
「えー、昔っから知ってる人だったんだよ。最近、コクられたの」
テキトーに言ったけど、嘘ではないから大丈夫かな?
なんか、いい気分だ。
今まで彼氏なんかいなかったあたしは、完全に舞い上がってしまった。
「ねえ、モモタン。さっき学食に佐藤先輩いたよ」
エミリンは眉間にしわ寄せて、あたしに囁いた。
佐藤先輩。
その名前を聞いただけで、あたしの体は強張る。
エミリンだけには、あたしは秘密を打ち明けていた。
「モモタン、リュウ君連れて行って、あいつの前で見せつけちゃいなよ。あいつ、また今年の新入生狙ってるよ。もー、ムカつく!ちょっと自分がかっこいいからって調子に乗ってんだよ」
エミリンはあたしの代わりにプンプン怒ってくれる。
気持ちは嬉しいけど。
被害者は案外、事を荒立てたくないものなんだ。
「行こう!モモタン。リュウ君とあいつの前でいちゃついちゃえ!」
エミリンはあたしの腕に絡み付いて、食堂に向って歩き出す。
そうだ。
リュウ兄はその為にここに来てくれたんだ。
そして、あたしも何かが吹っ切れるかもしれない。
これはあたしが変る為に、やり遂げなきゃいけない儀式なんだ。
あたしは、決意を固めて頷いた。
「うん、行こう!リュウ君!・・・あれ?」
そこには、女の子達に囲まれて熱烈勧誘を受けているリュウ兄がいた。
山のようにチラシを手渡され、困った顔でもみくちゃにされている。
このいかつい男の人を、新体操部が一体何の為に勧誘をしてるのかは、分かんないけど。
結構、学校に馴染んでいるリュウ兄を見て、あたしは苦笑した。