第13話
車に駆け寄って、あたしはいつもみたいに窓ガラスを叩いた。
助手席のドアが開くのを待って、よっこらしょっと掛声をかけながら、お尻から中に入る。
「おはよう、リュウ兄。本当に来たんだ・・・」
そう言いながら、あたしは運転席を振り向き、言葉を失った。
そこにはあたしの知らないイケメンが咥えタバコであたしを見ていた。
それは、紛れも無くリュウ兄ちゃんだった。
ボサボサだった黒髪は短く切られ、ワックスで綺麗に整えられている。
整髪料のコマーシャルに出てくるタレントみたいだ。
眉毛まできちんとカットされてて、切れ長の目元が涼しい。
お馴染みの群青色の作業服は今日は着ていない。
細身のストレートのジーンズにVネックの黒いシャツ。
体にフィットしたシャツから出た逞しい首のラインがセクシーだ。
その上から無造作に黒いパーカーを羽織っている。
たったそれだけなのに、リュウ兄はユニクロのモデルみたいに決まっていた。
口を開けて、見とれたあたしのホッペを、リュウ兄はビヨーンと引っ張る。
「オバサン臭いんだよ、お前は。黙って乗れないのか?」
タバコの煙を吹きかけられ、あたしはコホコホ咳をした。
「だ、だって、リュウ兄ちゃん。すっごい。別人みたいじゃん。イケてるよ!」
あたしは興奮して、手を叩いた。
照れくさそうに彼は再びタバコを咥える。
「だって、そいつよりイケてないとリベンジになんねえだろ?・・・てか、髪切っただけだし。俺はモトがいいんだよ」
そう言いながらも彼の顔は赤くなった。
見れば見るほどに、あたしと似てない。
あたしとお母さんはウリ二つなのに。
きっとリュウ兄は、子供の頃離婚していなくなったお父さんに似てるんだ。
あたしはまじまじと彼の顔を見つめた。
「で、学校どこだよ?絶対にそいつはいるんだろうな?」
「あ、うん。今日、始業式があって、授業の発表があるの。だから、全校全員出席なんだ」
「よし。そいつの名前は?」
「・・・・佐藤裕也・・君」
あたしは躊躇いながら、その名を口にした。
「ねえ、でも、喧嘩しないでよ。リュウ兄、もう未成年じゃないんだから。今度は補導じゃなくて逮捕されちゃうよ」
「分かってる。今更そんなことしねえよ。お前にだって迷惑かかるしな」
彼はひらひら手を振ってみせる。
それを聞いて、あたしは少しホっとした。
あたしはリュウ兄が暴行事件を起こす事だけが心配だったから。
正直なところ、このリベンジ作戦にはあたしは乗り気だったんだ。
先輩はあたしがモテないのを知ってて、ばかにしてる。
だから、彼氏がもしできたら、見返してやるのがあたしの野望の一つだった。
結局、二次元の世界にハマってしまって、それは実現できなかったんだけど。
一時でもいい。
先輩を見返すことができたら、あたしはきっと満足する。
そして、何かが変るんじゃないかと、期待してた。
「おし、いくぞ。今日はお前は俺の彼女だ。俺のことはリュウって呼べ」
リュウ兄はそういうと、アクセルを踏み込んだ。