第11話
やがて、少し落ち着いた桃子は、ぽつりぽつりと考えながらその時の状況を話し出した。
桃子が大学に入ったばかりの頃。桃子は、所属するマンガ研究会の先輩に一目惚れをした。
秘めた思いを抑えられなくなった頃、桃子はそいつに告白する。
そいつは、意外にもあっさり彼女の告白を受け止めた。
その夜、そいつは見て欲しいマンガがあるとか言って、桃子を自分の下宿に誘った。
桃子が部屋に入った途端、鍵が掛けられ、桃子はベッドに引きずり込まれた。
ちょうど、今俺がやったみたいに。
かいつまんで言えばこんなところだ。
俺は溜息をついた。
桃子の涙で忘れていた、加害者に対する怒りが俺の中にやっと湧き上がってきた。
強姦じゃねえのかよ、それって・・・。
大学生なら成人だろうから、完全に犯罪行為だ。
しかも、犯人は誰だか分かってる。
そいつはのうのうと学生生活を続けているというから、尚さら驚いた。
何で今まで何もしないで黙ってたのかが、逆に俺には分からない。
「お前さ、それ、警察に言った?」
俺の質問に、桃子はブンブン首を振る。
「そんなこと、誰にも言いたくないよ。それに、あたし彼が好きだったから・・・バカみたいだけど、誘われた時嬉しくって、自分から彼のマンションに入ったの。それは合意の上だから立件できないって・・・」
「誰が言った?」
「・・・彼が。だから人に話しても無駄だって・・・」
合意じゃねえだろ。
どう考えても、それは計画的犯行だ。
しかも、慣れてる。
多分、桃子が初めてじゃない。
自分が女の子にモテるのを知ってて、自ら近寄らせて、弱みに付け込んでくるタチの悪いやり方だ。
俺は、タバコに火をつけて煙を吸い込み、一気に吐き出した。
一服しないと、怒りで部屋を破壊しそうだった。
「お前よく今まで我慢してたね。俺は全然気付かなかった・・・」
そうだ、俺は何にも知らなかった。
この能天気な笑顔の裏に、そんな痛みを隠してたなんて。
頭を抱えて肩を落とした俺に、桃子は優しく言った。
「その時は、すごくショックで、死んじゃおうかって考えたよ。でも、あたしは夢があるもん。こんなことで・・・あの人の為になんか夢を諦めたくなかったの。だから、もう平気」
そんな健気なこと言うな・・・。
俺はまた涙が出てきて、目をゴシゴシ擦る。
それを見て、桃子は少し笑って言った。
「不良のリュウ兄ちゃんの泣くとこ、初めて見たよ。高校の時、補導されても泣かなかったのに」
「バカヤロ・・・補導された時だって泣きたかったよ。俺にも拳銃があればって・・・」
「その後、警察に迎えに行ったお母さんが泣いてたね」
「往復ビンタされた。その時も泣きたかった」
こんな時だけど、俺たちは泣きながら笑った。
「でもさ、今からでも遅くねえだろ?俺からそいつに何か言ってやろうか?」
そうだ。
このままじゃ気がすまない。
兄として、一度はその男のツラ拝ましてもらわねえと。
だが、桃子は黙って首を横に振った。
「本当にもういいの。もう済んだ事だし、蒸し返すの嫌なの。思い出したくもないし・・・。初体験はちょっと辛い思い出になっちゃったけど、あたしには夢があるもん」
初体験・・・。
女の子にとっては一生に一度の思い出だろうに。
努めて明るく話そうとする姿が、一層痛々しく見えた。
その時、俺は唐突にいいことを思いついた。
俺と桃子が一番満足できる唯一の方法・・・。
「桃子、そいつが今度大学に来るのいつだ?」
「4月4日の始業式。この日は授業はないけど、全員出席だから。でも、何で?」
桃子は怪訝そうな、不安そうな顔で俺を覗き込む。
俺は笑って言った。
「お前が嫌がるなら、そいつには何にもしねえよ。でも、リベンジしたくないか?」
「リベンジ?」
桃子は首を傾げる。
「そう、リベンジ。そいつよりイケてる男連れて見せ付けてやろうぜ。男はバカだから、振った女に別の男ができると、逃した獲物は大きかった気がするんだよ。その男が自分よりイケてたら尚更な」
「それは・・・確かに面白そうだけど・・・。誰?その彼よりイケてる人って?」
誰?じゃねえだろ。
こんなにイケてる奴が目の前にいるのに。
俺は自分の胸に親指を突き立てた。
「ええ?リュウ兄ちゃんが?」
「ええって何だよ。その日、俺も会社サボッてお前の大学行くからな。大丈夫、今風のイケメンぽく振舞うから。俺を恋人として連れて歩け。分かったな」
桃子は困惑気味に俺を見つめてから、渋々頷いた。
ここで、第1章終了です。
ここまで読んで頂いた方々、ありがとうございます。
次なる展開にご期待下さい。(^^)