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Model  作者: 南 晶
第1章
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第1話

 2月14日、俺はフラれた。


 俺が工業高校の時から付き合ってた女の子だった。

 今更、どうでもいいけど名前は綾香。

 名前だけでも、男ならグっとくる。

  顔だって名前負けしてない本当にかわいい女の子だった。

 俺なんかが相手じゃ、最初から勿体無かったのかも。

 高嶺の花ってヤツだ。


 バレンタインデイのその日、俺は彼女に呼び出されていた。

 当然、チョコレートを渡す為だって思うだろう。

 最近、俺の仕事が忙しくて会ってなかったから寂しがらせてたし、埋め合わせしようと俺は朝からムチャクチャ気合入ってた。

 彼女に会うのが楽しみで、つまんない自動車部品の組み立てラインもその日は心なしか早く流れていく気がした。

 

 このラインも高卒で入った俺はもう5年目になる。

 板金を素早く掴んだり、持ち上げたりするのはもうベテランの域だ。

俺がこのラインで車の部品を加工組み立てしている間、2年年下の彼女は大学3年生になっていた。

 高卒でラインの部品の一部のように単純作業を繰り返してきた俺と、大学のキャンパスライフを謳歌してきた彼女との間には、当然のように溝が出来始めていた。

 その溝は月日が経つにつれ深くなっていたんだけど、気付かないフリする以外に俺にできることはなかった。


「会って話ししたいの。14日会える?」


 改めて連絡があったあの日に、俺は気がつけば良かったのかもしれない。

 だけど、2月14日という特別な日に指定されたことで、俺の勘は別の方向に働いてしまった。

 定時のチャイムが工場内に響くと、5分前から板金を流さずスタンバってた俺はダッシュでタイムカードに向った。

 何があってもこれだけは忘れちゃいけない。

 俺が一日この工場で生産活動をしたという唯一の証だ。


 オイルのついたままの群青色の作業着のまま、俺は約束の場所に車で到着した。

 彼女が指定してきたその場所は、何故か大型ショッピングモール内の屋上駐車場だった。

 夕方6時の屋上駐車場は、もう真っ暗で澄み切った冬の空にはオリオン座が輝いている。

 車から降りて、俺はタバコに火をつけた。

 その時、ショッピングモールの入り口に見慣れたシルエットが現れた。

 綾香だ。


「隆一君!待った?」


 彼女はふわふわカールした茶色の柔らかい髪を弾ませ、近づいてくる。

 流行の細身のダウンジャケットにモコモコ毛の生えたブーツ。

 さりげなく肩にかけたバッグはブランド品だった。

 会うたびに違う服を着てくる彼女の財源が俺には分からない。

 高卒の俺は正社員とはいえ、ボーナス入れても贅沢できる身分ではなかった。


「俺も今来たとこ。なんか久しぶりだな」


 俺は何となくどぎまぎしてタバコを靴で踏み消す。

 彼女が近づくと、甘酸っぱいフルーツ系のコロンの香りが漂った。

 反対に彼女は俺に近づき、顔をしかめた。


「ねー、オイル臭いんだけど。作業着のまま来たの?」

「あ、ゴメン。そのまま来た・・。家帰ってないんだ」


 彼女はあーあ、と大きく溜息をつく。


「それじゃあ、中は入れないじゃない。スタバで話しようと思ったのに」

「別に中入んなくてもいいじゃん?車出すよ」


 別にこのまま中入ったっていいだろう。

 俺はあんまり外観に気を配る人間ではなかった。

 問題があるとすれば、彼女が作業着の俺を連れて歩きたくないことだろう。

 俺は何となく彼女の言わんとすることが分かった。

 腰をかがめて、背の低い彼女の顔を覗き込む。

 彼女は俺の視線から逃れるようにさっと顔を背けた。

 勘がいい俺はそれで分かってしまった。

 俺が今日呼び出された意味を。


「俺と別れたくなった?」


 先に聞いてやると彼女は一応悲しそうな顔をした。


「ごめん。隆一君」

「理由・・・聞いてもいい?」


 俺が意地悪な質問をしてやると彼女はぽろぽろ涙を流した。

 泣きたいのは俺の方だろ?


「あ、あたしね、大学に入って、色んな人と会って、すごく世界が広がったの。隆一君のことは大好き。でもね、あたしもっと大きな世界に飛び立ちたいのよ」


 目を潤ませ熱く語る彼女を、俺はしらけた感じで見ていた。

 でも、この言い訳はうまいな。

 誰の入れ知恵だか知らないけど、褒めてやってもいい。


「ふーん、まあ俺と一緒にいたら、この工業地帯から離れられなくなっちゃうからな。」

「ごめんなさい。隆一君のことは忘れないわ」


 目をキラキラさせて綾香は勝手に締めくくると、チョコレートらしきリボンのついた箱をブランドバッグから取り出した。


「これ、最後のバレンタインだから・・・隆一君も頑張ってね」


 何を?

 俺は突っ込みたかったけど、黙って苦笑いした。

 最後に彼女は俺に近づき、顔を寄せてきた。

 背の高い俺の肩に彼女の手がかかった時、その白々しい泣きっ面を見下ろして俺は言った。


「やめとけよ。俺に触るとオイルで汚れるぞ」


 俺に言える精一杯の見栄っ張りと、最後の矜持だ。

 彼女ははっとした顔で、さっと手を引っ込めるともう一度ゴメン、と言った。

 そのまま俺に背を向けるとさっき出てきた入り口に向って走り去っていった。


 チクショー・・・。

 暇になっちゃったな。


 このまま家に帰るのだけは、いくら俺でもシャクに触る。

 その時、作業ズボンのポケットからケータイの着信音がした。

 誰だか知らないけど、すげえタイムリーじゃん?

 一瞬俺は浮かれたが、発信元を見て再びガックリする。

 仕方がないから、俺は着信ボタンを押した。


「あ、リュウ兄ちゃん?あ・た・し。桃子だよーん」


 だよーんて・・・。

 特徴のある甲高いアニメ声・・・。

 声の主は俺の妹、桃子だった。





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