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窓の外の世界 恋する勇気のない私たち  作者: chippirock
prologue

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20/32

20 Iris prologue

最初はノアだった。ノアが始めた。

「ルーク」

リビングのソファで携帯をいじっていた俺に、

ノアが唐突に言った。

「向かいの子、見てるでしょ。」

心臓が一瞬、止まった。

俺は顔を上げない。

「誰のことだよ」

「クリーム色の家。」「それに、ルークがよく行くカフェの向いの本屋。」

ノアはそれだけ言って、冷蔵庫を開けた。

氷の音。グラスに水を入れる音。

その間、俺は画面を見続けていた。何も見ていないのに。

「……見てねえよ」

「ふーん」

ノアは笑った。

あいつの笑い方は昔から同じだ。人を責めない。

でも、全部わかっていると言わんばかり。

「ねえ俺、話してみよっかな」

俺はそこで初めて顔を上げた。

「は?」

「向かいの子」

ノアは肩をすくめる。

「偶然を装ってボール落としたら話せそうじゃん」

俺は一瞬、言葉を失う。それから、鼻で笑った。

「ガキかよ」

「テニス部だし」

「お前バスケ部だろ」

「ラケット借して。」

ノアはそう言って両手を差し出し笑う。

そして、少しだけ俺を見る。その目は、妙に静かだった。

「ルーク」

「何だよ」

「会いたいんでしょ」

俺は何も言わない。

沈黙。数秒。十秒。

それから俺は、ソファから立ち上がった。

「……勝手にしろ」

それだけ言って、二階に上がる。

でも。

心臓は、やけにうるさかった。


その日から。

俺は、ありえないことをするようになった。

早く帰る。クラブにも行かない。酒も飲まない。家に帰る。

二階の部屋。

カーテンをほんの少し開ける。

そこから見えるのは——

フェンス。クリーム色の家。小さな庭。芝生。

そして、エミリー。

最初の日。

ノアは、ぎこちなかった。ラケットを持つ仕草はどう見ても慣れていない。

——馬鹿か。

俺は思う。

でも。

ぱしん。ボールの音。

少しして。ころころ。

白いボールが芝生を転がる。

エミリーが本を持ったまま起き上がった。

夕方の光が、髪に落ちる。

それだけで。胸の奥が、妙にざわつく。

フェンスの向こうからノアが顔を出す。

口が動いている。

「ごめん、それ俺の。」たぶん、そう言った。

エミリーがボールを拾う。

少ししてからボールを投げた。

ノアが受け取り、「サンキュ。」それで終わる。

……はずだった。

俺は窓から離れようとした。

でも。足が動かない。知らぬうちに手で口を覆っていた。

エミリーがまた本を開く。

ノアがまたラケットを振る。

ぱしん。

ぱしん。

ぱしん。

規則正しい音。

妙に、静かな時間だった。


次の日。

俺はまた、早く帰った。

自分でも意味がわからない。

でも。気づけば昨日と同じように部屋の窓の前に立っている。

ぱしん。ボールが芝生にころころ転がった。

エミリーが顔を上げる。

ノアが何か言う。

エミリーが少し笑ういボールを投げる。

それだけ。それだけなのに。

妙に落ち着かない。胸の奥がざわつく。


三日目。

俺はまた窓の前に座っていた。

カーテンの影の中。

ぱしん。

ボールがころころ芝生に転がる。

エミリーは今回は立たない。

芝生に座ったまま。

エミリーが話し、ノアが頭をかきながら笑う。

エミリーの少し呆れた顔。

でも、笑っている。

その笑顔を見た瞬間。

胸の奥で、何かが小さく痛む。

なんだよ、それ。

ノアがラケットを振りながら話す。

エミリーが何か言う。

ノアが笑う。

それから。

ノアが言った。

「ノア」

エミリーが少し驚き、そしてわらった。

「エミリー」

名前を呼び合う声がなぜかここまで届いた。

その名前俺はもう知ってるのに。

胸の奥が、妙に響く。たまらず窓から離れた。


ボールはもう転がらない。

代わりに聞こえる声が増えた。

フェンス越しの会話。

俺の部屋には、はっきり届かない。

断片だけ。

笑い声。短い言葉。沈黙。

それが、やけに気になる。

気がつくと俺は毎日、ここにいる。

カーテンの裏。暗い部屋。

外は夕暮れ。

顔は半分しか見えないフェンス越しに二人は笑い合う。

静かな時間。


今日、俺の家でパーティーを開いた。周りから付き合いが悪いと言われ仕方なく。

音楽。笑い声。車。光。


パーティーの途中ノアの姿が見当たらず、胸騒ぎがして部屋に向かった。

暗い部屋のあの窓のカーテンを持ち上げると二人の姿がぼんやりと浮かんだ。

エミリーが窓を見た気がした。

2人が話している。

エミリーは少しだけ笑う。

胸の奥が、少しだけざらつく。


夕暮れを見る。沈んでいく光。

2人が背中を合わせてる。フェンス越しに。

距離は変わらない。世界を隔てたフェンスがある。

でも、なぜか。

孤独じゃない空気。

それが、妙に気に入らない。

俺は窓の影の中で。

胸の奥に、妙な感情が渦巻く。

嫌な予感。


——来るな。

そう思う。

こんな場所に。この匂いの中に。この騒ぎの中に。この汚れた光の中に。

でも、同時に、別の声がある。


——来い。

ここに。

俺の世界に。

その時、俺はどうする。

窓の向こうでエミリーが笑う。ノアも笑う。


静かな世界の外で俺だけが、カーテンの裏にいる。

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