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窓の外の世界 恋する勇気のない私たち  作者: chippirock
prologue

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19/32

19 Iris prologue

夕方のカフェは、いつも同じ匂いがする。

深く焙煎されたコーヒーと、少し古い木のテーブル。

窓の外はゆっくりと色を変えていく時間。

いつも窓際の席に座る。

頼むものも同じ。ブラックコーヒー。半分も飲まない。ただ座っている。

向かいの書店が見えるから。

今日は、隣にケイラがいる。

彼女はソファの背にもたれ、スマホをいじりながら足を組んでいた。

「ルーク、聞いてる?」

「ん。」

「聞いてないでしょ。」

ケイラは笑う。

俺は窓の外を見ている。

書店のガラス越し。アイリスが本棚の間を歩いている。紙袋を畳む。レジの前に立つ。本を包む。どの動きも静かだった。

ケイラが言う。

「今日さ、夜どうする?」

「クラブ。」

「やっぱり?」

その時、大学生くらいの背の高い男が書店に入る。

視線は、自然にその男を追った。

男がレジへ行く。

アイリスが顔を上げ、そして笑った。

柔らかく。少し照れるみたいに。

男が何か言う。

エミリーは本を差し出す。二人の距離は近い。

男が本を受け取るとき、ほんの一瞬、指が触れる。アイリスはまた笑う。

その笑い方を、俺は昔から知っている。

でも、ここ何年と自分に向けられたことはない。

胸の奥で、何かが小さく動き思わず立ち上がってしまった。

ケイラが俺を見あげた。

「ルーク?」

「クラブに行くぞ。」

「え?」

ケイラは少し驚く。

「もう?」

ケイラに答えず、コートを手に取る。

カフェを出る。ドアのベルが鳴る。


ケイラは数秒、動かなかった。

そして、ルーカスが見ていた方向を見る。

向かいの書店。

ガラス越しのレジ。

そこに、女が立っている。

ケイラは目を細める。ほんの一瞬だけ、鋭い視線を向け、立ち上がる。

「ルーク、待って。」

ヒールで床を鳴らしながらケイラはカフェを出た。


夜。

クラブの音は低く震えていた。

ネオンの光。グラスの音。

VIPルームにはいつもの顔が揃っている。

ジェイデンはソファに寝転び、グラスを振っている。

コナーは笑いながら酒を注ぐ。ブレアはスマホを見ている。リアムは変わらずグラスを手に深く腰掛け周りを眺めている。

ケイラが隣に座ってきた。太ももにてを乗せられ、体を近づけてきた。

「ねえルーク。」

「ん。」

「さっきの女。」

ルーカスはグラスを持つ。

「何。」

「書店の子。」

「…。」

ケイラは少しだけ笑った。

「かわいいじゃん。」

酒をあおった。

その時、ジェイデンが声を上げた。

「おい、これ見ろよ!」

スマホを振る。

「やばいぞ。」

コナーが覗き込む。

「何?」

ジェイデンが笑う。

「これ!」

画面をルーカスに向ける。

写真だった。

昼間の写真。テニスコート。青い空。観客席。

ルーカスの試合の日だ。ネット越しに立つ自分の姿が、小さく写っている。

観客席の最前列。

派手な女が笑っている。

派手なサングラス。腕を上げてポーズをとっている。

そしてその隣に、もう一人。

思わず息が止まった。

アイリスだ。

少しだけ緊張した笑顔。でも、確かに彼女だ。

ジェイデンが言う。

「お前んちの向かいの女だろ?」

コナーが言う。

「あー、ルークがよく行くカフェの近くのあの書店の?」

ブレアが笑う。

「へえ、レイラと友達なんだ。」

「意外。」

ジェイデンは画面をスクロールする。

「ハッシュタグ見ろよ。」

そこには文字が並んでいた。

#tennis

#sunnyday

#Emily

#Helios

視線が止まる。

アイリスはエミリーという名前だったのか。と思うと同時に、知らない名前。

Helios。誰だ。

胸の奥で、小さな熱が動く。

ジェイデンが言う。

「ヘリオスって誰?」

コナーが笑う。

「彼氏じゃね?」

視界が黒く染まった気がした。

「レイラの周りだといそう。」

ケイラがスマホを覗き込む。

そして、ゆっくり言う。

「ルークの試合、見に来てたんだ。」

何も言えない。

写真を見る。エミリー。観客席。レイラの隣。

そして、知らない男の名前。Helios。

胸の奥に、名前の付けられない妙な感情が湧く。

それは、自分でも少し意外だった。

グラスを持ち、一気に飲む。酒が喉を焼く。

スマホの画面にはまだ、派手な女の隣で緊張した笑顔のエミリーが写っている。

書店の光の中ではなく、テニスコートの太陽の下で。

そして、知らない誰かの名前と一緒に。

俺は思った。

もし、あの子がこの世界に来たら。

もし、レイラと一緒に、クラブに来たら。

胸の奥に、妙な感情が湧く。

嫌な予感。それと、わずかな期待。

——来るな。

そう思う。

こんな場所に。この匂いの中に。この騒ぎの中に。この汚れた光の中に。

でも同時に、別の声がある。

——来い。

ここに。俺の世界に。

その時、俺はどうする。

グラスをテーブルに置くと氷が鳴った。

その音が、やけに大きく聞こえた。

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