16 Iris prologue
祖父の家から戻ってから、時間は静かに、けれど確実に進んでいた。
俺は17歳になり、ノアは15歳になった。
背丈はほとんど変わらない。
ノアの方が少し細く、まだ少年の輪郭を残しているが、並んで歩けば兄弟だとすぐわかる。
家は相変わらず広かった。
広くて、静かで、人の気配がない。
母はたまに帰ってくる。
ノアの頬を撫でて言う。
「ちゃんと食べてる?」
「学校どう?」
「背伸びたわね。」
母親らしい言葉をいくつか並べて、それで終わる。
俺には、ほとんど言葉をかけない。
廊下ですれ違うと、ふと視線を向け、
「問題起こしてないでしょうね。」
それだけ。
俺は短く答える。
「起こしてません。」
母は頷く。それで終わり。
父とは、さらに会わない。
同じ家にいるのに、生活の時間が違う。
父は朝早く出て、夜遅く帰る。
食卓を囲むことは、ほとんどない。
ただ、公的な場では二人並ぶ。
パーティー。式典。写真。
父と母は隣に立つ。笑顔を作る。完璧な夫婦の顔をする。
だが家に戻れば、二人が同じ部屋に入ることはない。
それが今の家だった。
俺は金持ちの私立学校に通っている。街でも有名な学校だ。
門は重く、芝生はよく手入れされ、校舎はきれいに管理されている。
だが俺はこの学校が嫌いだった。
昼休み、中庭のテーブルでジェイデンが言う。
「うちの親さ、来年ヨット買うんだって。」
コナーが笑う。
「いいな。俺んとこはもう二隻ある。」
ブレアが鼻で笑う。
「うちの別荘の方がすごいけど。」
ケイラが俺の肩にもたれかかってきた。
「ルーク、今度一緒に行こうよ。」
俺は黙ってコーラを飲んだ。
周りでは、ブランドの話。車の話。金の話。
どれも同じだった。
親の金。親の会社。親の名前。
——こいつらは、いつか親の会社を継ぐ。豪華な生活を続けて、会社を駄目にして、信託財産を食いつぶす。そんな連中ばかりだ。
笑っている顔を見ながら、俺は冷めた目で思う。俺もそんな連中の一人だというのに。
クソみたいな世界だ。
教師たちは言う。
「ルーカス、よくできている。」
「このエッセイは優秀だ。」
「君は大学でもやれる。」
俺は笑う。
「ありがとうございます。」
声も態度も完璧だった。
テニスコートでも同じだ。
白いラインの上で、ラケットを振る。鋭いサーブ。速いフットワーク。
コーチが言う。
「いいぞ、ルーカス!」
観客席の女子が騒ぐ。
「ルーカス!」
スクールカーストの上位。誰もが知っている名前。誰もが近づきたがる。
ただ一つだけ、教師たちが目をつむっていることがあった。
女性関係。
来る者拒まず。去る者追わず。
それが今の俺だ。
「ルーカス、今日パーティー?」
ジェイデンが廊下で言う。
「クラブだろ。」
俺は答える。
「もちろん。」
ジェイデンは笑う。
「酒ゲームやろうぜ。」
コナーが後ろから肩を叩く。
「今日テニス勝ったんだから祝杯だろ。」
「毎日祝ってるだろ。」
俺は呆れて言う。
「それが人生。」
コナーは笑う。
ブレアがヒールの音を鳴らして近づいてきた。
「VIP取ってる?」
彼女はいつもそう聞く。
俺は頷く。
「父の店だ。」
ブレアは満足そうに笑う。
「さすが。」
ケイラはもう俺の隣にいた。
腰に手を回す。自然な動き。そうするのが当然だというかのように。
「ねえルーク。」
「ん?」
「今日私の隣座って。」
俺は肩をすくめた。
「好きにしろ。」
それが答えだった。
夜になると、街の光は変わる。
父の所有するクラブは、街の中心にあった。
重い扉。低い音楽。ネオンの光。
入口でスタッフが頭を下げる。
「ルーカス様。」
俺は軽く手を上げる。
VIPルームは二階にある。広いソファ。ガラスのテーブルには酒瓶が並ぶ。
ジェイデンがすぐ叫ぶ。
「酒ゲーム!」
ショットグラスが並ぶ。
笑い声。音楽。あぁ、狂った世界だ。
ブレアはソファに足を組んで座る。
「ルーカス、こっち。」
ケイラは俺の腰に腕を回す。
「ねえルーク。」
「ん。」
「今日帰らないで。」
俺は曖昧に笑いケイラの耳元で応えた。
「気分だな。」
それで十分だった。
コナーはボトルを開ける。
「今日は勝つぞ!」
ルーカスはグラスを持つ。
一気に飲む。喉が焼ける。
でも、それで少し頭の中が静かになる。
それが心地よかった。考えなくていい。
家のことも、父のことも、母のことも。
音楽の中では、全部遠くなる。
ジェイデンが笑う。
「さすがルーカス!」
酒が進む。音楽が大きくなる。知らない女の子が入ってくる。誰かがキスする。誰かが笑う。
誰かが踊る。すべてが速い。全部が軽い。
音楽が低く震えていた。VIPルームの照明は暗く、ネオンの青い光がゆっくり回っている。
グラスがぶつかる音。ジェイデンの笑い声。コナーが叫ぶ声。
その喧騒の中で、ケイラが俺の耳元に顔を寄せた。
香水の甘い匂いが鼻につく。
「ねえ、ちょっと抜けましょう?」
囁く声だった。
俺はグラスをテーブルに置く。氷が小さく鳴った。
「どこに。」
ケイラは少し笑う。
「静かなとこ。」
答えはそれだけだった。
俺は立ち上り、グラスを空けた。
ジェイデンがすぐ気づく。
「おいルーク、どこ行く!」
俺は振り返らない。
「すぐ戻る。」
ジェイデンが笑う。
「お楽しみか!」
周りの何人かも笑う。俺は肩をすくめただけだった。
ケイラが腕を絡めてくる。
二人はVIPルームを出た。
廊下は少し暗い。音楽はまだ聞こえるが、さっきより遠い。床のカーペットが足音を吸い込む。
ケイラは俺の前に立ちキスをしてきた。俺は背中を壁につけた。
照明が横から落ちて、彼女の髪が少し光る。
「ねえ。」
「ん。」
「今日、機嫌悪い?」
俺は軽く息を吐いた。
「いつも通りだ。」
キスが首まで降りてきた。
「嘘。」
ケイラの息が首にかかる。俺は答えない。
ケイラは手を伸ばし、俺のシャツのボタンを外していく。
「ルークってさ。」
彼女は言う。
「たまに遠くなるよね。」
俺は少し笑った。
「最初から遠いだろ。」
ケイラは目を細める。
「そういうとこ。」
廊下の奥で、ドアが閉まる音がした。
音楽が一瞬だけ強くなり、また遠くなる。
ケイラは俺を見上げる。長い睫毛の影。
そのまま、俺の胸にそっとキスをした。
軽いキスだった。試すみたいに。俺は一瞬だけ動いた。
それから、彼女の腰に手を回す。
ケイラが小さく笑う。
「ほら。」
「何が。」
「機嫌悪いじゃん。いつもはもっとノリがいい。」
俺は何も言わない。ただ少し顔を近づける。もう一度キスをする。今度は少し長く。
廊下は静かだった。遠くの音楽だけが響く。
ケイラの手が俺の首の後ろに回る。
二人はしばらくそのまま立っていた。
その時、俺の視線がふと動く。
廊下の奥。ガラス窓の向こう。街の光が見えた。
ネオン。車のライト。遠いビル。
一瞬だけ、別の窓を思い出す。
小さな窓。懐中電灯。笑う女の子。
俺は目を閉じた。その光を頭の奥から押し出す。
ケイラが囁く。
「何考えてるの?」
俺は目を開ける。
「何も。」
ケイラは少し疑う顔をする。
でも、それ以上は聞かない。代わりに言う。
「戻る?」
俺は肩をすくめた。
「好きにしろ。」
ケイラは笑う。
「じゃあ最後まで。」
俺は壁にもたれた。
ケイラの手は徐々に下に降り、ベルトに手が掛かる。
俺はケイラにキスしながらもしばらく街の光を見ていた。
音楽はまだ鳴っている。騒ぎも続いている。
その中で、俺の心は静かだった
俺は少し笑う。
「最高。」
それで十分だった。
今日中にノアがエミリーに近付くとこまでいくかな?いやむりだ。
匂わせられたかな?もっとこうただれた雰囲気を出したかったがムリでした。むづかしい。




