11 Iris prologue
クリスマスイブの夜だった。
家は明るかった。けれど、静かだった。
大きなツリー。赤いリボン。暖炉の火。高い天井に吊られたガラスの飾り。
すべてが完璧で、すべてが遠かった。
父は仕事の電話をしていた。
母は誰かにメッセージを打っちながら笑っている。でも、誰にも向けていない笑顔だった。
僕は二階の自分の部屋にいた。3歳のノアはもう寝ている。
僕は5歳だった。
ベッドの上に膝を立てて、小さなライトを握っていた。
サンタクロースを見るためだ。本当に来るのか、確かめたかった。
部屋の電気は消してある。暗い。少しだけ怖い。だから、ライトをつけた。丸いプラスチックのライト。柔らかい光。部屋の中を星みたいに小さく照らす。
窓の外は、冬の夜だった。空は深い青で、庭の木は黒い影になっている。
門の前には車が停まっている。いつもの黒い車。門の横には警備の人。
ここは、そういう家だった。
でもその夜、僕の目は違う場所を見ていた。向かいの家。小さな家。二階の窓。
そこに——光があった。
小さな光。
最初は家の僕の家の光が窓に反射した光だと思った。
でも、動いた。僕は窓に近づく。
窓の向こう。女の子がいた。同じくらいの年だ。ベッドの上に座っている。胸の前にライトを抱えている。丸い光。
僕と同じだった。
その瞬間、胸の奥が、少しだけ跳ねた。
僕は、そっとライトを持ち上げ、窓のほうへ向ける。
向こうの女の子が顔を上げた。
目が合った気がした。
彼女が、手を振ってきた。小さな手。迷いのない動き。
僕は、少しだけ驚いた。知らない人に手を振られることなんて、今までなかったからだ。
でも、なぜか嫌じゃなかった。
僕も手を振った。
窓と窓の距離は遠い。声は届かない。でも、光は届いた。
彼女がベッドの上で立ち上がる。
変な顔をする。
舌を出す。
頬を膨らませる。
僕は思わず笑った。
笑いながら、同じ顔を返す。
彼女はもっと変な顔をした。
負けたくなくて、僕も変な顔をする。
声は聞こえない。でも、笑っているのは分かった。
窓と窓のあいだに、静かな夜があった。そこには確かに何かがあった。光。秘密。
僕はその夜、サンタクロースを見なかった。
でも、それより大切なものを見つけた。
向かいの窓の女の子。
次の日も、その次の日も、僕は夜になると窓に立った。
彼女もいた。
ライトを振る。紙を見せる。
"HELLO"
僕は少し考えてから紙を書いた。
"L"
それだけ。名前を書くのが、少し怖かった。
でも彼女は笑った。
その日から、夜は特別になった。
昼間、僕たちは一度も会うことは無かった。
僕は家の裏口に行く事は無いし、彼女も僕の家に近付くことは無い。
でも、夜は確かに一緒にいた。
暗い部屋。小さな光。窓と窓。そして、彼女。
その女の子を、僕はまだ名前で呼んだことはない。
ただ、思っていた。
——あの子がいる。
それだけで、夜は少しだけ温かかった。




