第6話 追跡行(その3)
駆け込んだ森の中では、視界を覆い、進路を塞ぐ木々の存在にさすがにそれまでの市街や草原のように走り続けることはできなかった。
さらに襲いかかってくるという悪魂への警戒も必要になる。
すぐにボレロと充駆は速度を緩める。
しかし――。
悪魂の襲来に備えて緊張しながら歩く充駆とボレロだが、襲ってくる悪魂はいない。
「うようよしてるんじゃないのか、襲ってくるんじゃないのか」
無言の緊張に耐えられなくなった充駆が声を上げる。
「おかしいっすね」
ボレロも首を傾げる。
そこへイートンが声を潜める。
「あそこに……」
「どこ?」
充駆は問い返すものの、すぐになにを指しているのか理解する。
それはあちこちに散乱する初めて見る生物の死骸だった。
「悪魂っす。全部、死んでるっすね」
その死骸は体長が一メートルほどの節足動物や軟体動物であり、充駆にとって実物はおろかテレビや本でも見たことがない形状ではあるものの“森の生き物”というより“海の生き物”のように見えた。
それらの死骸が累々と森の中に散らばっている。
「襲ってきた悪魂はみんなやっつけられちゃったみたいっす」
「やっつけ……。誰に?」
ぽかんと訊き返す充駆に、ボレロは手頃な死骸を次々と指さす。
「こいつは突かれて、そっちのは切られて、あれは撃たれて死んでるっす」
ということは――気付いた充駆より先にイートンが声を上げる。
「セーラーさんたちが?」
「そっすね」
充駆はなにげなく手をついた木の幹に違和感を覚えて目を凝らす。
そこにはブレザーのものらしい銃弾が数発めり込んでいた。
その時、どこからかかすかな鳴き声のようなものが聞こえた。
きょろきょろと声の出どころを探して周囲を見渡す充駆に、ボレロが問い掛ける。
「どうかしたっすか」
「なにかの鳴き声みたいなのが聞こえる。ぽぽぽって」
答えて声の方へと歩き出す。
そして、現れた光景に息をのむ。
大木の根元に巨大な悪魂の死骸があった。
それはずんぐりした胴体に三対六本の脚を持つクマムシのような形状だが、その体長は三メートルを超えている。
「あれじゃないっすか」
ボレロの指さす頭上を見上げる。
五十センチほどのアメフラシに似た生き物が枝の間から身を乗り出して充駆たちを見下ろしている。
その様子に充駆が。
「下りられなくなったのかな?」
「のようですね」とイートン。
「よし」
充駆は大木から数メートルの距離をとると、助走をつけての跳躍でその生き物を抱きかかえる。
そして、着地すると改めて抱いた謎生物を見る。
その軟体動物特有のぐにゃぐにゃした体躯にはプレートを提げたリングがはめられていた。
「これは……首輪?」
リングがはまっている部位が首なのかはわからないが、それでも充駆の知っている範囲で似たものといえば飼い犬や飼い猫であることを示す首輪しか思いつかなかった。
眉をひそめる充駆にイートンがささやく。
「ペットですね」
ボレロが充駆に抱かれた軟体動物を覗き込む。
「飼い主がいるっすか。こんな森の中に」
そこへ背後から声が掛けられる。
「そこの乙女たちに問うが、吾輩のぽぽちゃんを見かけな――」
充駆の腕の中で謎生物が声を上げた。
「ぽぽぽぽぽぽっ」
「――おおうっ。ぽぽちゃんっ。無事であったかっ」
謎生物、ぽぽちゃんとぽぽちゃんを抱く充駆のもとへ駆け寄ったのは制服廃止論者――と同じ形状を持つ二体の思念体だった。
それぞれが制服廃止論者と同じサイズで、同様にそれぞれがひとつずつのレンズを表面で明滅させている。
その容姿に充駆は――
「制服廃止論者っ」
――声を上げて思わず後ずさりする。
しかし、ボレロが。
「違うっす。別の思念体っす」
「違う?」
充駆には同じに見えるが、ボレロには区別がつくらしい。
改めて目を凝らそうとする充駆の腕の中で、身を捩った“ぽぽちゃん”が足元に降り立ち思念体にすりよる。
そして、思念体を見上げて――
「ぽぽぽぽぽぽ」
――なにかを訴える。
思念体のレンズが激しく明滅し、中の顔が巨大悪魂の死骸を見る。
「森の中で道に迷ったところを、この巨大悪魂に追いまわされたとな」
「ぽぽぽぽぽぽ」
「そこで木の上に逃げたが、悪魂は諦める様子がなく木を倒そうとしたとな」
「ぽぽぽぽぽぽ」
「そこへ三人の乙女が現れて、巨大悪魂を瞬殺したとな」
「ぽぽぽぽぽぽ」
「その乙女は“本来なら飼い主のもとまで送り届けたいところだが追跡中の身。幸い、木の上なら悪魂に食われることもあるまい。悪く思うな”――そう言って森の奥へ入っていったとな」
そのやりとりにボレロがつぶやく。
「セーラー姐さんたちっすね」
二体の思念体のうち、ぽぽちゃんと話していないもう一体は「じろじろ」とつぶやきながら、充駆とボレロの周囲をぐるぐる回っている。まるで衛星のように。ふたりを観察するように。
ぽぽちゃんの報告を受けていた思念体のレンズがぽぽちゃんから充駆とボレロに向く。
「で、こちらの乙女たちはこの森へ何用で参ったのかね」
答えたのはボレロ。
「森に用があるんじゃなくて通り過ぎようとしてるだけっす」
レンズの中の顔が思案顔に変わる。
「この先は深層域になることは知っておろう。ぽぽちゃんを助けてくれた先の乙女たちといい、うら若きレディが足を踏み入れるような所ではないのだがね」
そんな目的を問い掛けているような表情と口調に答えたのは、声だけのイートン。
「私たちは大切なものを持ってった相手を追いかけてるんです」
普通ならいきなり割って入った声だけの存在に戸惑いを見せてもいいところだが、思念体は気にせず問い返す。
「大切なもの……とな?」
充駆が続く。
「鍵です」
その言葉にレンズの顔がさらに怪しむようなものに変わる。
「その鍵とはもしかして集合無意識誘導鍵というのではないかね」
「知ってるっすか」
眼鏡越しに目を見開くボレロに思念体は。
「制服姿であることから“もしかして”と思ったまでである。ということは……制服評議会が関わっておるのであろう」
「そうっす」
ボレロの即答に、それまでぐるぐる回っていた思念体がぽぽちゃんの飼い主に寄り添い、こそこそと話しかける。
その思念体にぽぽちゃんの飼い主が返す。
「この乙女たちと先の乙女たちはぽぽちゃんの恩人であるぞ。吾輩たちにとってもそれ以外の何者でもあるまいぞ」
二体の思念体がどんな会話をしたのかわからないが、それに構わずボレロが問い返す。
「制服評議会を知ってるっすか」
顔がレンズの中からボレロを見る。
「昔、ちょっと関わったことがあるゆえ――である」
そして、告げる。
「深層域まで行くのなら近道を案内してしんぜよう。ついてまいるがよいぞ」
ふたつの思念体が森の中をふわふわと遠ざかる。
その後について歩き出すボレロの背に、充駆が不安げな声を掛ける。
「ついていっても大丈夫なのか」
そんな充駆をイートンが促す。
「敵意は感じません。行ってみましょう」
先頭をぽぽちゃん、続いてぽぽちゃんの飼い主である思念体、その後をボレロと充駆が続く。
そのボレロと充駆の周りをもう一体の思念体が改めてぐるぐる回る。「じろじろ、じろじろ」とつぶやきながら。




