第5話 殺しあう!(その13)
「イートンっ」
悲鳴を上げたボレロが充駆に駆け寄る中でセーラー、ワンピ、ブレザーがそれぞれの右手にそれぞれの武器を集束させる。
全員の視線を集めた“触手の主”が跳躍して井戸のかたわらに降り立つ。
スクールセーターだった。
ボレロに抱かれた充駆の身体から抜いた触手をしゅるしゅると袖口に収納すると、その末端につまみ上げた鍵を受け取り、かざして見せる。
見る間に銀色の鍵が黒く変わっていく。
その様子に息をのむセーラー、ワンピ、ブレザーの前で、スクールセーターの右耳からにゅるりとスライム状の思念体が姿を現した。
制服評議会よりはるかに小さい一畳サイズで、表面で明滅するレンズもひとつしかない。
そのレンズの中で顔がゆれている。
「この鍵が黒く――すなわち、私の意思に染まりきるまで、まだ少し間があるようだねえ」
問い掛けたのは制服評議会。
「一体……何者です?」
スクールセーターの耳から生えた思念体が答える。
「自己紹介が必要かねえ。じゃあ名乗ろうかねえ。とはいえ名前なんてありゃしないんだけどねえ。それでも強いていうなら私の名は――」
続く名前にその場の全員が耳を疑う。
「――“制服廃止論者”……ってところかねえ」
擬人化された制服にとってはあまりにも否定的なその名前に、セーラー、ワンピ、ブレザーが立ち尽くす。
そして、ボレロがイートンを抱きしめる。
その敵意を隠さない名前を持つ思念体からイートンを守るために、そして、自身が恐怖に飲まれないために。
制服評議会の表面に浮かぶ六つのレンズが激しく瞬く。
「制服廃止論者……うわさには聞いていましたが、まさかこれほどまでに成長しているとは」
制服廃止論者のレンズの中で顔が笑う。
「それだけ私の存在が人間界で支持されるようになったということさ。おや、終わったようだねえ」
スクールセーターの指先で鍵の色が完全に黒く変わっていた。
耳から廃止論者を生やしたままのスクールセーターがその鍵を井戸にかざす。
制服評議会が叫ぶ。
「いけませんっ。あの中へ落とさせては」
制服廃止論者の意思で染められた黒い鍵。
その鍵が深層意識へ直通の井戸に落ちれば、人間の意識はイートンを制服の主流にするどころか制服廃止論へと一気に傾く。
「もう遅いんだよねえ。ばーか」
制服廃止論者がささやき、スクールセーターが微笑む。
その手から鍵がこぼれ落ちた。
しかし、それが井戸に落ちることはなかった。
セーラーが投げた槍斧、ワンピの打った手裏剣が井戸を破壊していた。
ただ、ブレザーだけが銃は構えることすらせずにスクールセーターを見つめている。反射的に集束させた銃を下ろしたまま、信じられないという表情で。
「ちっ」
舌打ちしたスクールセーターが粉砕された井戸の瓦礫から触手で拾い上げた鍵を手に背を向ける。
その背に声を掛けたのはブレザー。
「待ってっ」
スクールセーターが振り返る。
そして、つぶやく。
「……ブレザーちゃん」
なにか言いたげなスクールセーターを耳元から伸びたままの廃止論者が促す。
「スクールセーター。次にやることはわかっているんだよねえ?」
「……うん」
スクールセーターが改めて背を向け、南校舎へと走り出す。
その先には購買のラウンジ、さらに先には生徒玄関。
セーラーが槍斧を投げる、ワンピが手裏剣を打つ。
しかし、それらはスクールセーターを狙っていない。
槍斧がラウンジと中庭の境界に位置する防火扉の開閉機構を直撃して扉を閉じる。
手裏剣が閉じた防火扉の取っ手をえぐり取る。
逃走経路を封鎖されたスクールセーターだが立ち止まることなく、その袖口から触手を空へと伸ばす。
触手は南校舎屋上のフェンスに絡みついてスクールセーターを引き上げる。
「スクールセーターさんっ」
呼び止めるブレザーの声を無視するスクールセーターの背にワンピが改めて手裏剣を投げるが、スクールセーターは校舎の外壁を蹴ってかわすとそのまま屋上のフェンスを飛び越える。
「屋上か?」
ひとまず外した手裏剣を四散させて忌々しげなワンピへセーラーが答える。
「違う。目的は校舎の向こう側だ」
評議会が叫ぶ。
「校門から出て、直接、集合無意識へ向かうつもりです。取り返すのですっ」
セーラーが、充駆を抱いたまま立ち尽くしているボレロを指さす。
「イートンを看てろ。鍵は取り返す」
「わ、わかったっす」
ボレロの答えを聞きながら、セーラーは駆け寄った防火扉を槍斧で押し破る。
ブレザーの心中を察したワンピが声を掛ける。
「大丈夫か? 行けるか?」
気を取り直したブレザーが答える。
「も、もちろんですわっ」
セーラーの開いた防火扉から出ていく三人をボレロが見送る。
胸から噴き出す血で全身を濡らす充駆を抱きしめながら。




