第5話 殺しあう!(その12)
ダメージがリセットされた充駆がイートンの身体のまま静かに上体を起こす。
同時にボレロがヘッドスライディングのように抱きついてきた。
「イートンイートンイートン、おめでとおおおおおおっ」
となりでは。
「たった四十年で主流派交替とはなあ」
そう言って笑うワンピに
「大きなお世話ですわっ」
ブレザーが大げさに顔を逸らせる。
そこへ
「それでは集合無意識誘導鍵の授与式を行いましょう」
これまで何度も聞いた制服評議会の声が告げる。
「じゃあ……」
充駆が身体を戻そうとイートンにささやく。
充駆としては大会が終わった以上この姿でいる必要はないし、なによりも“鍵の授与式”における主役はイートンでなくてはならない。
しかし、イートンは。
「その姿のままで、お願いします。十センチだとちょっと……」
式次第は知る由もないが授与式というからには鍵が渡されるのだろう。
そう考えれば、確かに十センチでは荷が重いかもしれない。
そもそも、この姿はまちがいなくイートンであり、その中にイートンの意識も共存しているのだから、この姿の状態で出席するのはけしてまちがってはいない。
「わかった」
納得した充駆が答えて声の方へ向き直る。
が、百葉箱のかたわらに浮いている奇怪な存在に目を見開いて全身を硬直させる。
それは四畳半ほどの面積がある、昔でいうところのアメーバ、今でいうところのスライムで、表面には直径十センチから三十センチほどの六つのレンズが並んでいる。
「だ、大丈夫です、充駆さん――」
充駆の動揺を察したイートンがささやく。
「――制服評議会ですよ」
「これが?」
改めてスライムに目を凝らす。
よく見るとそれぞれのレンズに顔のようなものが浮かんでいる。
中央に位置するひときわ大きなレンズがちらちらと発光し、その中で顔が口を開く。
「おめでとう。イートン。見ての通り、すでに封印は解かれていますよ。あなたのために」
スライムの一端が腕のように伸びて百葉箱に目線を促す。
その様相は、しかし、以前ボレロの案内でここを訪れた時に見たものとは違っていた。
高床式の白い小さな小屋は四方の壁が消失して内部が露わになっていた。
そこにはバスケットボールほどの透明な球体が浮かんでおり、中には銀色の鍵がひとつ入っている。
イートンが充駆にささやく。
「ひとり脱落するごとに結界が一面ずつ消えていって……今は鍵を封印していた結界がすべて解かれた状態になってます」
「ということはあの中に入ってるのが?」
「はい。集合意識誘導鍵です。そして、中庭の隅に井戸がありますよね」
充駆が“確かあそこに”と記憶を手繰って目線を向ける。
時代劇やホラー映画でしか見たことのない、学校の中庭には場違いな丸井戸がある。
「あの井戸がそのまま深層域の集合無意識層へつながってるんです。だから、鍵をあそこへ投げ込めば……」
「次世代制服デザインの主流がイートンになる、か」
「はい」
制服評議会の別のレンズが明滅する。
「じゅるりじゅるり。ところでイートン。鍵とは別にひとつ私たちからプレゼントがあるぺろ」
制服評議会がスライム状の体を浮かせて背後に隠していたものを見せる。
それを見た瞬間、イートンが息をのむ。
さらにボレロやセーラーやワンピ、ブレザーまでもが目を見張るが、充駆にはそれがなにかわからない。
それは空中から降ってくる光の粒を集める漏斗。
漏斗の下ではぽたぽたと輝く液体が小さなビンに貯められている。
制服評議会のレンズがまたたく。
「じゅるりじゅるり。見ての通り空間に散逸している思念エネルギーを収集して精製しているぺろ」
思念エネルギー? 聞いた覚えはあるけど……なんだっけ?――首を傾げる充駆へ、さらに別のレンズが続ける。
「新女王をいつまでも小さな姿にしておくわけにはいきませんからね。うひひ」
その言葉に思い出す。
充駆の自殺をなかったことにするために十センチの身体になったイートンがささげた――あるいは消費した――ものが思念エネルギーだったのだ。
充駆がつぶやく。
「ということは……あの思念エネルギーでイートンは元の姿に戻れる?」
イートンが弾んだ声で答える。
「はいっ」
その口調に思わず充駆のテンションもつられて上がる。
「そうかあ。よかったな、イートン」
「はいっ。ありがとうございますっ」
いつにない興奮状態で答えるイートンへ制服評議会が。
「すうはあすうはあ。とはいえ、必要量までもう少し時間がかかるくん。終わったら改めてお知らせするので取りに来るくん」
「ありがとうございますっ」
「では、イートン。新女王として鍵を受け取ってくださいませよ。うひひ」
「はいっ」
はりきって返事をするイートンの声が充駆を促す。
「充駆さん、お願いします」
「おう」
充駆が百葉箱へ進む。
その背景に制服評議会によるガイダンスが朗々と流れる。
「なでなで。今の鍵はまだプレーンな状態もみ。でも、イートンが鍵を手にした瞬間から鍵の色がイートンの意思に応じて変わるもみ。完全に色の変わった鍵を井戸へ投げ込めば、それで制服デザインの次世代における主流がイートンタイプになるもみ。なでなで」
すぐ目の前に浮かぶ“鍵を収めた球体”を見ながら充駆は自分が緊張していることに気が付いた。
その緊張を紛らわせようとイートンに声を掛ける。
「じゃあ、取るよ。いい?」
「はい」
少し感極まったように震える声でイートンが答える。
充駆が球体へと手を伸ばす。
その指先が球体を透過して鍵に触れようとした瞬間――。
ずん。
衝撃。
え?
充駆が目を下ろすと自身の胸元から血にまみれた一本の触手が顔を出していた。
触手はそのままにゅるにゅると充駆を貫いて鍵に絡みつく。
そこまで見たところで充駆は血を吐き、意識が暗転した。




