第5話 殺しあう!(その5)
「一年一組で行われていたセーラー対イートンはイートンの勝利でございますよ。うひひ」
校内放送を聞きながら、荒い息の充駆ががくりと両ヒザをつく。
目の前にはたった今自身が頭部を潰したセーラーの死体が横たわっている。
周囲にはセーラーの頭部から飛び散った血と脳漿と脳細胞と頭骨の欠片。
ミニバンの助手席から持ち出した発煙筒の煙がようやく尽きてきたのを感じながら、充駆はまだ手の中に残っている頭骨の割れる感触から逃れようと両手を振り払う。
そして、不意にこみあげる吐き気を堪えながら思い出す。
ミニバンの屋根を足場に跳躍した充駆の身体がセーラーの真上に達した瞬間、ハンマーを出現させ、そして、その手を離した。
ただ、それだけだった。
ただ、それだけだったが、足元の発煙筒から噴き出す白煙の中でセーラーは気付いてなかった。頭上から落ちてくるハンマーの存在を。
「充駆さん、大丈夫ですか」
おずおずと声を掛けるイートンに答える。
「うん。大丈夫。ごめん。身体を汚して」
立ち上がりながら両ヒザについた汚れを手で払う。
そして、煙を吐き終えた赤い筒に目をやる。
無我夢中で手にした発煙筒だったがここまで使えるとは思わなかった。
いかにも”緊急時対応機材”らしく大きな字で取り扱い方法がわかりやすく記載されていたことで、初めて手にしたどころかそれまで見たことすらなかった充駆でも容易にあつかうことができた。
「いえ、身体はいいんですけど……」
明らかに心配口調のイートンに充駆は“大丈夫、大丈夫”とつぶやいて大きく息をつく。
そして、ひとりごちる。
「でも、きっついな。人を殺すって」
「気にするな。そういうルールだ。そもそも人じゃない」
不意に投げかけられた声に無意識に答える。
「それでも、それでも僕は……」
自分でもなにを言おうとしているのかわからない。
ただ混乱していた。
確かに相手は人ではないけれど。
擬人化された制服デザインでしかないけれど。
それでも人の形をした存在を、人の動きをした存在を“殺した”のに抵抗を感じないわけはなかった。
その肩をぽんと叩かれた。
「落ち着け」
「はい」
そして、肩を叩いた人物に目をやる。
セーラーだった。
「は? え?」
さっきまで倒れていた“頭を潰した死体”があった場所に目を戻す。
そこにはなにもない。
飛び散った体液も体組織すらも。
改めてその地面とセーラーを見比べる。
戸惑う充駆にセーラーが眉をひそめる。
その表情すらも美しい。
「もしかして聞いてなかったのか」
答えたのはイートンの声。
「ボレロと相談したんです。とりあえず一戦目は黙っておこうって。その方が必死になるんじゃないかって――」
“なにを?”と耳を澄ませる充駆に続ける。
「――試合が終われば全ダメージが回復することは……ごめんなさい」
その言葉を理解しようと脳をフル回転させて立ち尽くす充駆の喉元をセーラーの白い指先がとんと突く。
「消えてるだろ、ダメージ」
確かに槍斧で貫かれたはずの穴はいつのまにか塞がっていた。
「ていうことはボレロも……」
イートンの声が答える。
「もちろん、元気で……あ」
不意に着信音が聞こえた。
「充駆さん、左手。スマホ」
「あ、うん」
慌てて左手を握って開く。
現れたスマホがメールの着信を告げていた。
メールのアイコンをタップすると画面からボレロの姿が投影される。
「イートン、すごいっす、すごいっす、すごいっす。あのセーラー姐さんに勝つなんて」
興奮状態のボレロが声を上げる。
しかし、すぐに真顔になる。
「ところで、ワンピ姐さんからセーラー姐さんへメッセージがあるっす」
セーラーが首を傾げてそのメッセージを待つが、投影画像のボレロはいつになく口ごもる。
「ええっと……その……」
言いづらそうに言葉を濁してから、決心したように一気に告げる。
「“なに負けてんだよ、ありえねーだろ”――とのことっす」
そして、慌てて開いた両手を振る。
「わ、わっしが言ってんじゃないっす」
セーラーがふっと笑う。
「敗因は……そうだな。自身の武器を囮にして素手で殴りかかってくる可能性は考えていたが、まさか、自分の身体を囮にして武器に攻撃させるとは思わなかった――ってところだな」
そして、充駆を見る。
「面白い存在だ。なにをやるかわからない、という意味で」
校内放送が告げる。
「明日の現女王ブレザーへの挑戦者決定戦はイートン対ワンピに決まりました。これにて本日のプログラムは終了です。明日の熱闘を期待しつつ、ごきげんよう、さようなら」
最初に音楽室で聞いた制服評議会代表の声だった。




