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第4話 プレリュード(その5)

 翌朝、誰もよりも早く登校した充駆はグランドで鉄棒にぶら下がってみた。

 潜在意識の中層域でイートンの身体によって体感した運動機能は充駆にとって新鮮な体験だった。もしかしたら、少しは自分の身体にも影響が出てるかもしれない――そんな甘い期待を抱かせるくらいに。

 もしイートンの超人的な体機能の片鱗だけでも備わっているとしたら、その瞬間から人生バラ色とまではいわないが、いくらかは周囲に対する劣等感から解放されるはずである。

 しかし……。

 やはり懸垂は二回が限界だった。

 さすがに期待が大きかった分だけ落胆も大きく、鉄棒にぶら下がったまま舌打ちを漏らす。

 そこへ登校してきた同じクラスの連中が嘲笑を浴びせる。

「おう、くっせえ洗濯物がぶら下がってるかと思ったら高見じゃねえか」

「鉄棒の練習かあ? 小学生かよ、ばーか」

「おまえみたいなのが練習しようが努力しようが無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄」

「無様にぶら下がることしかおまえにゃできねーんだよ。ぎゃはは」

「あたし、もう絶対あの鉄棒さわんない」

「私もー」


 放課後になった。

 校門を出ると相変わらずエロ槻が祐未を待ち伏せているが、祐未もまた親友の紗登花と一緒に学校を出ることでアプローチを回避していた。

 充駆は祐未が無事に帰ったことを見届けて待ち合わせ場所へ向かう。ボレロの特訓を受けるために。

 待ち合わせ場所である丁字路脇の公園でボレロ、そして、十センチのイートンと合流して潜在意識中層域の校門前へ跳ぶ。

 そこでイートンの身体に切り替えて、グランドや体育館での特訓を三時間ほど行う。

 特訓の目的はもちろん、ハンマーの扱いのみならず、元の身体より小柄な一方で充駆的にはありえないレベルの体機能を持つイートンの身体に慣れるため――である。

 そんな特訓の日々を重ねるうえで充駆が意外に思ったことがふたつあった。

 ひとつは“そんな毎日”を“充実した日々”と自身が捉えていること。

 非日常ともいうべき潜在意識世界でイートンやボレロと接することによって世界観や自意識が改変され、自己否定から死へ向かっていた負の連鎖が希薄になった。そこへ死んだら終わりの殺し合いに参加するという目的意識が加わったことで充駆は明らかに前向きになっていった。

 もうひとつはイートンの肉体に対する違和感が思ったより早く消えたこと。

 小学生の頃にオカルト雑誌だったか科学雑誌だったかで読んだ記事を思い出す。

 集めた被験者に上下左右が逆に見える眼鏡を掛けて生活させるという、幼い充駆にはなんの意味があるのかよくわからない実験がどこかの機関で行われた。

 当然のように当初は全員が戸惑い、簡単な行動すらまともにとれなかったが、慣れるまでにはそれほどの時間は要しなかったという。

 そんな具合に“感覚と意識の不整合”は未経験者の想像よりも簡単に適応できるように人体はできているらしい。

 確かに小学生の頃に片方の目をケガして眼帯でふさいでいた同級生も、最初のうちこそ机上の消しごみをつまみ上げることすら手間取ったがすぐに慣れたと言っていたことを思い出す。

 充駆自身がそんな具合にイートンの身体に違和感を覚えることはなくなり、動く度に膝頭をくすぐるプリーツスカートの感触も気にならなくなってきた頃、大会の日がやってきた。

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