第4話 プレリュード(その3)
「潜在意識?」
「そうっす。潜在意識の中層域っす」
イートンがテーブルの上から補足する。
「海面に出てる島って海底ではみんな地続きですよね。その“島の部分”が個人の認識している表層意識で海面下が潜在意識と思ってもらえれば……。ここはそんな潜在意識の中層域になるんです。ここよりもっと深い所――海でいうと海底部分が集合無意識で、そっちは深層域と呼んでます」
さらにボレロが。
「その集合無意識にアプローチすることで人間界のブームや流行を作り出したり世論誘導ができたりするんす」
なんとなく世界観を理解した充駆がつぶやく。
「それが大会の目的でもあると」
イートンが頷く。
「そうです。大会で優勝すると“集合無意識誘導鍵”というアイテムが授与されるんです。それを集合無意識へ投げ入れることで次世代の制服デザインの主流になれるんです」
それを手に入れるために“殺し合い”をやるのか――そんなことを思う充駆は試合形式をまだ聞いてないことを思い出す。
「大会ってのはどんな……。いや、五人で争そうってのは聞いたけど……バトルロイヤルとか?」
ペットボトルのストレートティでおにぎりを流し込んだボレロが答える。
「げふ。トーナメントと防衛戦っす。わっしとイートンとセーラー姐さんとワンピ姐さんの四人でトーナメントやって、優勝した人が現女王のブレザーに挑戦するっす。組み合わせは当日までわかんないっすけどね」
「なるほどねえ」
ようやく大会の全容を把握できた充駆だが、大会以前の根本的な――ある意味では“最も重要なこと”をまだ知らないことに気づいて聞いてみる。
「そもそもだけど、さ」
「はい?」
「なんすか?」
「イートンとかボレロって何者なんだ」
イートンがつまんだスカートを左右に広げて答える。少しはにかみながら。
「私たちは擬人化された制服デザインです」
「擬人化? デザインの?」
「はい」
はにかむイートンはかわいかったが、それと“言ってる内容が理解できるか”は別の話である。
「それがよくわからないんだよな」
大げさにため息をつく充駆にボレロが笑う。
「わかんなくてもいいっすよ」
「わかんなくてもいいって……そんなものなのか」
「そんなもんっすよ。わかんなくてもわかっても、わっしたちは存在してるっす。命ってなんすか、意識ってなんすかって聞かれても答えられないっしょ。それでも存在してるっす。同じことっす」
それまでアホっぽいと思ってたボレロから哲学的にも受け取られる答えを示されて充駆は黙るしかなかった。
「恐れ入りました」
それで機嫌をよくしたのかボレロが新たな話題を提示する。
「でも、わっしたちの方からは現実世界へ、よく行ってるっすよ」
充駆には意外な言葉だった。
学校の数自体が少ない田舎では、採用されていない制服の女生徒がいれば十分目立つはずである。
あまり外を出歩かない充駆が見たことないのはやむなしとしても、校内でうわさにならないはずはない。
そこまで考えて思い出す。
「あのスクールセーターの子も、か」
「そうっすよ。でも、あの子は大会にはエントリーしてないっす。制服じゃないから」
そうか、なるほど、あの子は潜在意識世界側の存在だったのか――納得する充駆だが、それでもすべての謎が解けたわけではない。
「でも、他の子は見たことないよ。学校でも聞かないし」
「そりゃそうっすよ。わっしたちは夜中しか行かないっすから」
笑うボレロをイートンが補足する。
「やっぱりあんまり目立たない方がいいっていうか……」
充駆がテーブル上のイートンに目を落とす。
「でも……夜中ってあぶなくないか」
これまで一度も夜遊びの経験がない充駆にとって、夜中の街とは危険や恐怖や不安といった“ネガティブな非日常の世界”といった印象しかないのだ。
そんな充駆にイートンは“心配ありません”とばかりに微笑んで見せる。
「都会の夜中は危険でしょうけど、誰もいないので……」
そう言われてみれば確かに、充駆の暮らすような田舎だと夜中は誰も――危害を加えるような不審者すらも――歩いていないのだろう。
それはそれでお化けや幽霊に出会いそうな気もするが、それはそれとして。
「そんな誰もいない所でなにやってんだ」
「善行ポイント集めてるんです」
今度はボレロが補足する。
「例えば、道端の落とし物とか捨てられたネコの入ってる箱を目立つ位置に移動したり、汚れてる道路標識を掃除したり、落ちてるゴミをゴミ箱に捨てたり、陰から大きな音を立てて泥棒のジャマしたりしてるっす」
そこでふと新たな疑問が湧いた。
「僕が……その……落ちた時って、ふたりはなにしに来てたんだ?」
夜中ではなかったはずである。
「あれは大会のエントリーを済ませたイートンのモチベを上げに行ったんすよ。ね?」
ボレロに促されたイートンが赤い頬で答える。
「はい。私を着てる生徒さんたちを見てがんばろって」
「なるほど。そこへ僕が落ちてきたのか」
「はい」
改めて悪いことしたなと思った。
それだけ真剣な取り組みをふいにしかけたのである。
思わず黙り込む充駆に気まずさを覚えたのか、イートンが話を変えようと明るく促す。
「他になにかわかんないこととか知りたいことってありますか?」
そこへボレロが声を上げる。
「あ、あれまだ言ってないっす」
充駆とイートンの視線を受けて続ける。
「音楽室でわっしたちが話してたのが大会参加者と制服評議会っす」
いきなり出てきた知らない言葉に充駆は眉を顰める。
“大会参加者”はわかる。
セーラー姐さんとワンピ姐さんとブレザー……だっけ。
でも、――“制服評議会”?
「制服評議会って……なに?」
「大会の主催っす。わっしと話してたのはその代表っす。評議会は……えーと八人?」
ボレロに目を向けられたイートンが即答する。
「ふたり抜けたから今は六人」
「っす」
「その制服評議会てのも擬人化された存在なのか?」
問いながら“なんの擬人化だ?”と自分でも思う。
しかし、イートンの答えは。
「擬人化じゃなくて思念体です。ざっくり言うと人間の意思や欲求だけの存在みたいな」
「なるほど。わからん」
でもいいや、わかんなくても。
というよりもわかったところでなにがどうなるわけでもない。
やるべきことは決まっているのだから。
「じゃ、次へ行くっすか」
「次? どこへ?」
校内の案内は終わったんじゃなかったのか?――そんなことを考える充駆にボレロが笑う。
「行くとこはないっすけど、やることがあるっすよ」
「やること?」
充駆が首を傾げる。
「なあに?」
イートンもわかってないらしい。
ボレロがそんなふたりに不敵に笑う。
「大会までに特訓するんすよ」




